狂女_ハッピーライフ-官能小説(happylives-novel)

牝獣(ひんじゅう)となりて女史哭(な)く牡丹の夜 ——日野草城

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狂女

15-06-14 09:09

僕が初めて加奈さんに会ったのは今から四年前。
まだ中学生だった僕は高校受験を控えて勉強の最中だったが、息抜きを兼ねて一人で名古屋のCDショップへ行った時だ。
よく晴れていても寒く、厚着の上にジャンパーを着込んで駅から目的の店に向かっていた。

若いカップルの姿が目に付く中、向こうから勝叔父さんが一人の女性を連れて歩いて来るのに気付いた。
叔父さんも僕に気付いたが、少し困ったような顔をした。
それでも近くまで来ると、「やあ」と声を掛けてくれた。
「こんにちは」
僕は挨拶をして、その隣の女性をじっと見た。
三十過ぎの、色白でスリムな体型、綺麗な顔立ちだ。
彼女は僕を見て笑みを浮かべてくれたが、どこか暗い感じだ。
「ばれちゃったな」
「誰なんですか?」
「うん・・・俺の妹。君の叔母なんだよ」
「え!」
驚いて又その女性を見た。
そんな叔母がいるなんて知らなかった。
「しょうがないなあ・・・。今、時間はあるかい?」
「はい」
「じゃあ、ちょっと話すか。おいで」
僕は叔父さんたちに付いて行く事にし、やがて階段を下りて地下街へ入って行った。          

とある喫茶店の空いた窓際の席に着き、皆一緒にコーヒーを頼んだ。
店内は休日らしい賑やかさに包まれており、軽快な[ジングルベル]のBGMが流れている。
しかし僕たち三人はどこかぎこちなく、しばらくは誰も話さなかった。
コーヒーが運ばれて来て砂糖を入れる段になってようやく叔父さんが、「こいつは加奈と言ってかわいそうな子でな」と口を開いた。
「昔、或る男に強姦されたんだ」僕は思わず叔母を見た。
叔母は首を傾けてにっこりと虚ろな目で僕の方を見た。
『頭がおかしいのか・・・』
「高校生の時。それまでは明るくて勉強も良く出来たのに・・・それからおかしくなっちまってな・・・」
叔父さんは気の毒そうに加奈さんを見た。
僕も事情を知って叔母がかわいそうになった。
当然独身だろう、家事や育児とは無縁な、さらに全く世間慣れしていない、やや年を取った娘さんという感じだ。
それにしても肌の白さはどこか陰気で不健康、気味が悪いくらいだ。
きっと日の光をあまり浴びていないのだろう。
叔父さんは僕の目の前で加奈さんの手を取って優しく撫でたり、片腕で体を抱いたり、まるで恋人のように接している。
自分の妹なのに随分馴れ馴れしいな。
おかしくないか?と思ったが、その頃の僕には男女の様々な関係について深く知る事もなかったのでそう思ったまでだった。
それにしても両親や親戚は僕にこの叔母の存在をわざと隠して来たんだと思い、そう扱われて来た加奈叔母さんが何となくかわいそうでもあった。
叔父さんは加奈さんについてあまり知られたくないのかそれ以上話す事も無く、コーヒーを飲み終えると、「まあそういう訳だ。コーヒー代は払っとくから」と言って立ち上がり、加奈さんを連れてレジに向かった。
僕は残りのコーヒーを全部飲んで続いた。
「今日の事はお母さんに内緒にしといてな」叔父さんは店から出ると僕に頼み、「じゃあこれで」と言って加奈さんを連れて地下街の出口へと向かった。
僕は立ったまま二人の後ろ姿を見ていた。
加奈さんは兄の腕に手を回しており、彼らは仲睦まじく人混みの中に消えて行った。

家に帰り、買って来たCDのピアノ音楽を早速聴いたが、いつしか加奈叔母さんの事を考えていて音楽は空しく流れているばかりだった。
あの人の優しそうな笑顔・・・気が抜けて一言も喋らないおとなしさが、昔強姦されたせいだと思っていると気の毒で仕方がなかった。
他の叔母さんたちが皆快活な性格なのに加奈さんだけはそのか弱い外見共々日陰に咲く花のようで、それが僕にはいじらしく感じられた。
加奈さんが僕の母の妹だという実感は湧かず、一般の年上の優しい女性という気がして、彼女の笑顔を思い出すたびに胸がときめくのだった。
それに反して、勝叔父さんの加奈さんへの異常なまでの優しさを思うにつけ彼には好意を持てず、時に反発もした。
いくら強姦されてかわいそうだとしても、ちょっとおかしい・・・。
それに、今日会った事を母さんに知られたくないだなんて・・・。
加奈さんが強姦された顛末や、それから後の事などについて知りたかったが、叔父さんから口止めされていたばかりでなく、母さんに直接尋ねる勇気は無かった。
気が変になった実の妹の存在をわざと隠していたのだから、いきなりその話をされたら驚いて困惑するに違いない。
『叔母さん、どこに住んでいるんだろう?』
会いたかった。

つづき「狂女2」へ


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