この話はつづきです。はじめから読まれる方は「裏・アイドル事情 1」へ
「ヤバっ、早紀、起きて。もうこんな時間」
優香は全裸のままだった。
「ん~、眠い」
昨夜遅くまで愛し合った二人はいつの間にか
寝入ってしまったのだ。
今日もコンサートのリハーサルである。
二人は急いで布団を戻し、身支度をした。
「ハアア~、もう最悪」
何とか集合時間には間に合ったが、
根が優等生タイプの優香は尋常じゃない程
心臓がバクバクしていた。
「御免ね、昨日私が・・・」
明らかに落ち込んで不機嫌そうな優香に、
早紀が気遣うように謝る。
「そうじゃないの。
そうじゃないんだけど・・・」
(そうなんだ、彼女が問題じゃない。
こんな大事な時に流されるままあんな事して
しまった私の自覚が足りなかった)
息を切らしながら自己嫌悪に陥っていた時、
何やら研修生達が集まってざわついていた。
「ええ~、私初めて生で見るんだけど。
どうしよう」
二人もその輪の中に入っていく。
「どうしたの?」
「あっ、早紀ちゃん。心配したよ。
遅かったね。それより聞いて聞いて。
今日あの向井涼子さんが来てるんだって」
瑠璃子が嬉しそうに飛び跳ねて答えた。
「ええっ‼何処に?」
早紀は思わず周りに聞こえるぐらい
大きな声をあげてしまった。
向井涼子。
ピーチガールズ1期生にして不動のエース。
殆どのシングル曲でセンターを務め、
個性派集団と言われるピーチガールズの中に
あっても、ずば抜けた存在感を放っていた。
そして早紀の意中の人。
何を隠そう、早紀がこのアイドルグループに
入った真の目的は、推しメンであるトップの
向井涼子と付き合いたいからであった。
もちろんそれは体の関係も含めてである。
「会いたい。会いたい。今何処にいるの?
会ってちょっとでもお話ししたい」
早紀は瑠璃子におねだりするように
彼女の手を振り回した。
「へえ~、早紀ちゃんの推しメンなんだ。
でもダメに決まってんじゃん。
うちら、まだ研修生なんだよ。
見向きもしてくれないって。
向井さん、ずっと映画の撮影が忙しくて
リハーサルに来れなかったんだから。
私達と話してる暇なんてあるわけないじゃん」
「ええ~、でも・・・」
早紀はどうしても諦めきれない
という顔をした。
「あれ~、皆どこ行っちゃったの?」
ドームの舞台は専用会館と違って異常に広い。
100名を超す女の子達が一堂に会すだけに
縦横に広がりアリーナ席を区切るように
伸びていた。
早紀は元来の方向音痴も手伝って、
研修生達と逸れてしまったのだ。
「研修生なんですけど何処に
行ったらいいですか?」
「さあ?」
近くのスタッフやメンバーに聞いても
誰も答えてくれない。
(どうしよう)
パニックの中、一度アリーナ席に出てみた。
するとそこに一人、大の字で
寝そべっている人がいた。
「えっと・・・」
早紀はダメもとで聞いてみようと、
ジャージ姿で寝そべるメンバーらしき人に
近付いていった。
「誰?・・・沙織?」
その人は目を閉じたまま天井に
話しかけるように近付く早紀に問いかけた。
聞き覚えにあるその声に早紀の足が止まった。
向井涼子だった。
一瞬で、迷子になり困っていたことなど
すっかり飛んでしまった早紀の口から
思わず出てしまった言葉は、本人すら
びっくりするような意外なものだった。
「あの・・・あの・・・好きです。
ずっとずっと・・・向井さんが好きでした。
白戸早紀って言います。今度研修生に・・・」
ようやく頭を上げた涼子が早紀の方を見た。
「ごめん。一人で集中したいの」
「あっ、ご、ごめん・・なさい」
涼子の冷たい声に舞い上がっていた気持ちが
一瞬で凍り付いた。
(何大胆なこと言ってんだろう、私)
「好きって、貴女が私の何を知ってるの?」
「・・・」
恥ずかしさと涼子の厳しい言葉に
何も言えなくなってしまった早紀は、
ただその場で立ち尽くすだけだった。
「涼子!いい加減戻らないと・・・」
その時リーダーの石塚沙織が涼子を
連れ戻しに来た。
挨拶もそこそこに早紀はその場から
逃げるように走り去った。
「あの子確か・・・どうしたの?」
「さあ?知らない」
涼子は再び大の字に天井を見上げた。
早紀は走りながら泣きそうになるのを
ぐっと堪えた。
間近で向井涼子に会えた嬉しさよりも、
二人の間を隔てる天文学的距離に
打ちのめされた気分だった。
(こんなんじゃダメだ。こんなところで
のんびりとしていたんじゃ全然ダメだ。
もっと早く、もっともっと早く
私はこれから誰よりも人気者の
アイドルになってやる。
神と呼ばれるメンバーになって
あの人達の仲間に入るんだ。
そうでなければあの人の
横に並ぶことなんて出来ない。
況してや抱くことなんて)
それともう一つ、早紀は実際に会ってみて
確信したことがあった。
向井涼子は孤独なんだと。
誰とも共有できない気持ちを
抱えているんだと。
早紀は寝そべっていた涼子の胸の膨らみや
長い足、そして艶やかな唇を想い返した。
(絶対にあの人の全てを
私のものにしてみせるわ。身も心も)
彼女の胸にようやくアイドルとしての炎が
点火された瞬間であった。
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