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第15話『Midnight Fairies - 真夜中の妖精』
部屋を出て、由紀の手を引きゆっくり歩くと、『バタン』とドアが閉まる音が予想以上に大きな音を響かせた。
よちよち歩きの赤ん坊のような歩幅の由紀はドアの閉まる音に驚き、体をびくんと震わせ歩みを止めてしまった。
「由紀、カードキー部屋の中だ、フロントを呼ばないと部屋に入れない」
「もう、玲様ったらぁ。からかわないでください。実可子さんが部屋にいらっしゃるじゃないですかぁ」
「あれ?わりと冷静だな由紀は」
少しパニックを起こすと思っていた玲には、意外な由紀の反応だった。
「玲様のお陰で落ち着きました。もう大丈夫です、さぁ行きましょう」
「さすがだな、由紀。大高さんのDNAを引き継いだ瞬時の判断力だったね」
玲が、由紀の手を引きながらゆっくりと歩き始めると、歩幅は相変わらず狭いが、もう赤ん坊のようなよちよち歩きではなくなった。
玲の部屋からだと製氷機の位置は、廊下の突き当たりまで真っ直ぐ行き、更に右に曲がって進んだ右側になる。廊下を三分の一進んだところにあるエレベーターホールを通過するのが最大の難関だった。
玲に繋がれた由紀の手に、より一層の力が入ったのは、エレベーターホールから聞こえてくるケーブルを巻き上げるモーターの音やフロアに止まる合図のチャイムが聞こえていたからだった。目隠しをされたことで、由紀の感性や聴力は間違いなく鋭敏になっていた。
「大丈夫、上か下のフロアだ」
「玲様ぁ、これ以上ドキドキすると由紀お漏らししそうですぅ」
消え入りそうなほど小さな声で呟く由紀の姿を改めて見ると、小振りな乳房の先端で乳首はこれ以上の突起はない位に突起し、両方の太ももをギュッと内側に押し付けた下半身は及び腰で、その場にしゃがみこんでしまいそうに見えた。それはまるで、本当にお漏らしをしそうな幼児を想わせるものだった。
「由紀、このまま戻ろう、氷は後で取りに行くから。それとも、ここで待っていられるか?」
「玲様の意地悪ぅ。ひとりにされたら、本当にお漏らししちゃいそうです」
ギュッと閉じられた由紀の太ももは溢れる蜜が、一筋の小川のように左右の太ももに流れていた。
「さあ、戻ろう」
玲の部屋までは普段なら十歩足らずで戻れる距離だが、お漏らしを我慢しながら内股で歩く由紀には倍以上の距離になっていた。
一旦は『バタン』と大きな音を響かせて閉められた部屋のドアであったが、今は完全には閉じられておらず隙間から実可子がこちらの様子を伺っていた。
「由紀ちゃん、大丈夫?」
「もぉうドキドキし過ぎてお漏らしするかと思っちゃいました」
由紀の手を引き、転ばないように体を支えながら部屋に引き込むと、実可子は玲に由紀の目隠しを外していいか確認すると、帯状のハンカチをほどいた。
「ああぁ、眩しい」
視界を取り戻した由紀は、目を細めながら言った。
「やっぱり、スリルもあるし興奮しますね。真夜中とは言え、全裸でホテルの廊下を歩くって。。。特にエレベーターの音が」
「そうよね、誰かに見られたらって思うとドキドキするわよね」
「見られたら大変っていう思いと。。。でも、ちょっとだけなら見られてもいいかなぁって思いました。ひとりじゃ、絶対無理ですけど」
「話を聞いてると、わたしまでドキドキしてきちゃった」
ほんの数分とは言うものの、初めての体験を楽しそうに話す由紀に、実可子が予想外の提案し玲を驚かせた。
「玲様、目隠ししては無理ですけど、わたしを連れて行ってくださいませんか?」
「全裸で?」
質問をした後すぐに間抜けな質問をしたと玲は思った。まったく予想すらしなかった実可子の言葉に動揺と共に責任を感じたのだった。
実可子の両親はアメリカで実可子を育てるのに、日本にいる以上に日本的な淑やかな女性に育てる努力をしたことを実可子から聞いていた。そのせいもあり、帰国子女でありながら国際人を気取ることもなく、多少せっかちなのが短所だと聞いていたが、どちらかと言えば古風な印象を抱かせる女性だと感じていた。
「もちろんです」
実可子が答えると、由紀も実可子の提案に興味を示した。
「玲様ぁ、実可子さんと由紀がふたりで行ってきますから、玲様はエレベーターのところで見張っててくださいませんかぁ?」
「やっぱり、エレベーターが鬼門?」
「はい、あのピンポンという音が」
到着を伝えるチャイムが自分のフロアなのか、上の階か下の階か、特に真夜中を過ぎた静寂の中では逆に分かりにくいのだ。
「さあ由紀ちゃん、行きましょう」
アイスバケットに残った溶けかけの氷と自らがソーダファウンテンのように吹き出した液体をバスルームの洗面台に溢すと実可子が声を掛けた。
「実可子さん、なんか楽しそうなのは由紀の気のせい?」
「そうね、でも不思議な感覚。見られたら見られたでいいかなぁって」
「わぁー大胆」
実可子の意外な言葉に驚いたような感心したかのような由紀の言葉が出発の合図になった。
玲は部屋のドアを開けと正面の廊下と右方向の廊下の二方向を確認した。このホテルは八基のエレベーターが四基ずつ向かいの合うエレベーターホールを囲むように廊下が楕円形に配備され、廊下の外側に客室が配置されているからだった。
「大丈夫だ、人の気配はないよ」
エレベーターホールの手前で、玲は実可子と由紀を手招きした。
「玲様、カードキーはお持ちですね?」
小声で確認する実可子に、玲は胸のポケットを二度叩き声に出して返事をすることを控えた。
アイスバケットを抱えた実可子と、まるで実可子の後ろに隠れるように後に続く由紀が部屋を出て来ると、音をたてないように慎重にドアを閉めた。文字通り生まれたままの姿のふたりは、それでも足音を気にしてか、ゆっくりと玲が立っているエレベーターホールの手前まで歩いて来た。
エレベーターの作動音がまったくしないことを確認すると実可子と由紀は小走りに廊下の突き当たりまで急いで移動した。
『まるで座敷童子だな』
もちろん本物の座敷童子など見たことはないが、小さな歩幅での小走りに、玲は呟いた。
廊下の突き当たりで立ち止まると実可子は廊下の様子を確認した。由紀は相変わらず実可子の陰に身を潜めるような立ち位置だ。安全を確認した実可子が走り出すと由紀が後に続き、全裸のふたりの女が視界から消えた。
『ガラガラ、ガラガラ』と氷の塊がステンレス製のアイスバケットに落ちる音が、真夜中過ぎの静寂の中では、思った以上に大きく響き渡った。
製氷機のボタンを押した実可子より、由紀が想像以上の音に驚いたのか思わず笑ってしまった。
「びっくりしたぁ、こんなに大きな音だなんて」
「本当ね、さぁ戻りましょう」
製氷機室の扉を少し開き、廊下の様子を確認すると実可子が由紀に先に進むよう促した。
「角で確認してね」
「はい、わかりました」
由紀に続きながらも、実可子は後方の廊下にも気を配った。
「実可子さん」
そう言うと由紀は人差し指を口の前に立て、角から左方向の廊下を覗き込んだ。エレベーターのチャイムが聞こえた気がしたことより、そこに立っているはずの玲の姿が見えないことで立ち止まったまま様子を伺っていた。
「Oh! You’ve scared me! What are you doing here?」
エレベーターから出て来たのはワシントン・レッドスキンズのTシャツを着たさっきのアメリカ人だった。突然目の前に現れた玲に驚いたのだった。
「Sorry, I didn’t mean to scare you, but what are doing?」
玲は驚かせたことを詫びると、そのアメリカ人に何をしているのかを尋ねた。
「I am coming back to my room. I got some beer, whisky and sake with my colleagues. We couldn’t sleep for a jet lag!」
時差ボケのアメリカ人は同僚の部屋で酒を飲んで、自室に戻るところだった。
「You want to join us for some drimk? Actually, I was waiting for ladies getting some ice.」
「Ladies? Not just a lady I met?」
「Yeah, two of them」
「That sounds great, but no thanks. I am too sleepy. Just let me say good night to ladies. My room is across from the ice machine」
玲は、外交辞令で一緒に飲むか訊いてみたが、睡魔が襲っているのかアメリカ人は飲むのは止めるが、ふたりのレディにおやすみだけ言いたいと言い出した。
「OK, let’s do so」
由紀と立ち位置を変えていた実可子が玲とアメリカ人の会話を聞き、由紀に玲とアメリカ人が製氷機室に来ることを伝えた。
「由紀ちゃん、見られてもいい?」
「えぇ、恥ずかしいですぅ」
「じゃあ、走って」
実可子と由紀は、廊下を反対方向に走り出した。廊下をグルッと回れば玲の部屋まで辿り着けるからだ。それでも、最初の角を曲がる瞬間の後ろ姿を、ちょうど角を曲がって来たアメリカ人に見られたようだった。
「Are they ladies you mentioned? Aren’t they naked?」
走り去る実可子と由紀の後ろ姿を見て、アメリカ人は驚きながら、『裸じゃなかった?』と尋ねた。
「No kidding! You drank too much, didn’t you? or you have just seen midnight fairies!」
玲は、笑いながら飲み過ぎのせいで妖精の幻覚を見たんじゃないかと言葉を濁した。
アメリカ人は自室に入ると、玲はいま来た経路を戻った。角を曲がると正面に抱き合うように身を寄せ合う実可子と由紀の姿を捉えた。
「玲様ぁ、もうびっくりしました」
玲がドアを開けた部屋に入るなり由紀が言った。
「実可子さんがいたから助かりました」
「ふたりの後ろ姿はしっかり見られたけどね。全裸だったこともバレてたよ」
「本当ですか?まさか、あの機械の前の部屋だったとは」
「会話、聞き取れてたんだね」
「あのアメリカ人、声が大きいですから助かりました」
「おふたりは、どんな会話をされてたんですか?」
会話の端々しか理解出来なかった由紀が尋ねた。
「玲様ったら、一緒に飲むかって」
「きゃぁ、本当ですか?」
「それでね、あのアメリカの人がわたしたちにおやすみだけ言いいに来るつもりだったの」
「もぉ玲様ったらドSなんだからぁ。羞恥プレーですか?」
「見られる側と見る側の反応を見るのも面白いかと思ったんだよ、咄嗟にね」
「咄嗟にそんなことを考えるなんて、やっぱりS様です。アメリカ人になんて言ったんですか、わたしたちのこと」
「You have just seen midnight fairies てね」
「玲様ったら気障ぁ」
由紀よりは状況を把握している実可子が、由紀の口調を真似して言った。
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