果葬◇14_ハッピーライフ-官能小説(happylives-novel)

牝獣(ひんじゅう)となりて女史哭(な)く牡丹の夜 ——日野草城

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果葬◇14

15-06-14 10:02

この話はつづきです。はじめから読まれる方は「果葬◇1」へ

「あの男の顔にヒットするデータはありませんでした」

五十嵐がそう報告した。

「そうか。あの映像を撮った場所がどこの病院なのか、それに男の名前、これがわからないことには調べようがなさそうだな」

ズボンのポケットに片手を突っ込んだまま、北条は顎を怒らせて言った。
彼らは署内の一室で、ほかの連中からの新たな報告を待っていた。
そんな頃、すぐそばの内線電話が鳴った。
五十嵐が出てみると、是非とも北条に会って話がしたいとう女性が来ていて、面会室に待たせてあるという内容のものだった。

すぐに北条と五十嵐がそこへ出向くと、少し派手めの恰好をした若い女性が、深刻な面持ちで会釈をくれた。体の線が細いので、お腹が出ているのは妊娠のせいだと思われた。
彼女は藤川愛美(ふじかわまなみ)と名乗った。

「ひょっとして、藤川透の奥さんですか?」

五十嵐が尋ねると、彼女ははっきり頷いた。

「突然のことで、お悔やみ申し上げます」

北条が丁寧に頭を下げると、次いで五十嵐がそれにならい、最後に藤川愛美が恐縮そうにぺこりとした。
妊婦だからといって特別扱いされるのを嫌うのか、パンティストッキングで覆った脚を太ももぎりぎりまで露出し、流行を意識した雰囲気がこちらにまで伝わってくる。

「我々に話というのは?」

北条は机の上で指を組んだ。

「じつはあたし、あの人の物を整理しているときに、こんな物を見つけたんです」

藤川愛美は一枚のメモ紙を刑事に見せた。そこに手書きの文字が並んでいる。

「これ、何かの役に立つでしょうか?」

そんな彼女の声に、北条は敢えて口を開かずにいた。メモ紙にある『木崎ウィメンズクリニック』という筆跡を、北条は脳裏に焼きつけた。

「見たところ、産婦人科病院の名前のようですが、あなたが通っている病院ではないのですね?」

五十嵐が確認する。

「はい。そんな名前の病院、あたしは聞いたこともありません。どうしてあの人がそんなメモを書いたのか、まったく心当たりがないんです」

「彼の仕事と関係があるんじゃないですか?」

「わかりません。あの人がどんな仕事をしていたのか、詳しくは知らされていませんでしたから」

こりゃなかなか複雑だなと、五十嵐は咄嗟に口をつぐんだ。

「奥さん」
と北条が切り出す。
藤川夫人の視線がそちらに向くと、
「ご主人がこれを、あなたに」
と北条は懐から何かを出した。
それを手にした途端、彼女は手で口を覆い隠し、大粒の涙で頬を濡らした。込み上げてくる感情が、彼女の涙腺を決壊させていた。

北条が彼女に差し出した物、それは安産祈願の御守りだった。
しかしこれには北条が一枚噛んでいた。藤川透が遺体で発見され、彼の妻が懐妊しているという報告を受けたときすでに、北条は自分で御守りを購入し、いつかその人に手渡そうと決心していたのだ。
それを夫である藤川透が準備したのだと伝えれば、彼女の気持ちも少しは癒えるのではないかと考えていた。

頼んでもいないのに余計なことをしやがって──と藤川透本人も今頃は軽口をたたいているに違いなかった。

つづき「果葬(かそう)◇15-1」へ


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