幻想交響曲第1楽章『夢、希望』_ハッピーライフ-官能小説(happylives-novel)

牝獣(ひんじゅう)となりて女史哭(な)く牡丹の夜 ——日野草城

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幻想交響曲第1楽章『夢、希望』

15-06-14 10:02

初めて任されたプロジェクトの集大成であるクライアントへのプレゼンテーションを終えて、あやは大きな達成感を感じていた。

当然、あやが勤務する広告代理店を含む数社がコンペに参加しており、最終結果が出るのは何日か先のことである。それでも、自分自身がコンセプトを考え現地調査にも相当の時間を費やした。クライアントの質問にも的確に回答し好感触を得ていた。

その夜、あやは現地調査で馴染みになったレストランでオーストラリア産のワインと親しくなった女性シェアによる料理を堪能した。そして、同様に現地調査のために滞在し、お気に入りとなったまるで隠れ家のように感じるホテルの部屋に戻ると、今までの自分自身からは考えられないような行動をしてしまった。

大きな仕事をやり遂げた達成感はと共に、アルコールに強くはないあやにとってはオーストラリア産のワインが気分を高揚させるきっかけになっていた。それ以上に、今まで冒険をせずに慎重に生きてきた自分自身を変えたいという思い、好奇心などが複雑に交錯していたこともあるだろう。そして、どちらかと言えば奥手であった性に対する関心、どちらかと言えば嫌悪感すら抱いていた自慰行為への思いが覆ったこともあるだろう。

この日、あやはクライアントへのプレゼンテーションを終えるとひとりの男にメールを送っていた。返信が来るかどうかも確実ではない、一月前にたった一度だけ会った名前も素性も知らない男にだった。

その男と会ったのは映画館だった。座席の指定がない古い小さな映画館、会社帰りにひとりで立ち寄った映画館でたまたま近くに座ったことがきっかけだった。

成人指定の映画だったこともあり、スクリーンではセックスシーンや淫ら言葉を発しながらのオナニーシーンが映しだされ、館内のスピーカーからは女の喘ぎ声が反響していた。あやは、スクリーンに映し出された主人公に自らの姿を投影するほど性に対する関心はなかった。それでも、体温が少し上昇した自覚はあった。映画のストーリーが半分ほど進行したそんなとき、席をひとつあけ座っていた男があやの隣に移動してきた。

まるでストーリーの展開に合わせたように男の肩に寄りかかり、男の指先により蜜を溢れさせ、知らず知らずの間にオナニーまでさせられてしまっていた。

そんな男にメールを送ってしまった理由は自分自身でも解らない。それでも、男に気付かぬうちに渡されていたメールアドレスが書かれたメモを棄てずにいたことは事実だった。

そして、自ら腰を浮かせ、男の指の侵入を許してしまったことを夢で見た朝は、恥ずかしいほどの蜜を溢れさせ下着を濡らしていた。今また映画館の男にメールしている、理由は自分にも理解できていない。

男からの返信に対し、仕事の達成感から気分が大胆になった事実を伝えた。そして、あの映画館の時のことを度々夢で見たこと、また同じように感じたいという願望を告白してしまった。

男はあやの『夢』や『希望』を察知するとメールで恥ずかしい命令をすることを伝えてきた。

男とのメールのやり取りだけで体が熱くなる感覚を覚えたあやは、どんどん大胆になる自分に酔いしれ、メールを読むだけで感じてしまっていた。

メールでの男の命令に背くこともなく、鏡の前に立ち自ら感じている姿をスマートフォンのカメラで撮っていた。ホテルの部屋に鳴り響くシャッターの電子音すらあやの感情を更に高ぶらせていた。その昂った感情は、その姿を男に見て欲しいと感じさせ、あやは撮ったばかりの写真をメールに添付して送信した。ひとりでするオナニーよりも、見られている感覚を得ているせいか余計に感じている。

映画館での男の指先の動きは脳ではなく身体が記憶しているのだろうか?あやの指先は忠実に男の指先のリズム、強弱すら再現させたため、あやは何度も波が押し寄せる感覚を覚えていた。

『You got a mail』

『淫らな写真が素敵だ。もう上り詰めたか?あの映画館のときのように。。。』

男からのメールを読みながらあやは、全裸のままミニバーの冷蔵庫からミネラルウォーターのボトルを取り出すと、半分近くを一気に飲み干した。喉がカラカラに渇き、全身からはうっすらと汗が滲んでいた。淡い柑橘系のコロンの香りすらかき消してしまうほどの雌の香りがした。

全裸のままベッドの端に座ると男に感じたことを正直に告白した。

『とても気持ち良かったです、あなたにされたように。でも自分がしたことが恥ずかしいです。裸の写真を撮って送るなんてこと今までしたことありませんでした』

ペットボトルからミネラルウォーターを更に一口啜ると大きく深呼吸をした。

『そうだな、写真にもその様子が表れてた。恥じらいと淫乱な姿の両方が。でも何も恥ずかしがることないだろ?おれはオナニーする女は可愛いと思うよ。じゃあ改めて聞くよ、思い出?それともきっかけ?』

男にいつの間にか渡されていたメールアドレスを書いたメモに添えられていた言葉が繰り返されていた。

『ごめんなさい、まだ自分自身でも解らないんです。思い出をいただいたことは間違いありません、二回も』

『わかった、じっくり考えて欲しい。おれとしては三度目の正直を期待するよ』

『あなたのこと何も知らないのに怖い気持ちがあるんです。これ以上はいけないという思いと、もっとわたの知らないわたしを引き出して欲しいという思い』

『当然だよな、今ここで答なんか出す必要もないし、またこうして欲しいならいつでもメールしてくれ』

『ありがとうございます、きっとまたメールしてしまうと思います。そう言えば、あの映画館、閉館してしまったんですね』

『そうなんだよ、お気に入りの映画館だったんだけどな。あやのような女性と出逢えた映画館でもあるし。今度、成人映画館にでも行ってみるか?』

『えっ、成人映画館ですか?それは、ちょっと。。。』

『いずれ、連れて行きたいと思うよ。そう言えば、なぜあのとき、あの席に座った? 女性専用席もあったのに』

『自分でもわかりません。女性専用席は結構混んでましたよ。真ん中の方は空いてたけど何人もの前を通るのも申し訳ないと思ったので。結構ギリギリの時間だったので』

『そうだったね、でもおれの列に来た理由は?』

『あなた以外の人はみんなスーツで、いかにもサラリーマンって感じでした。あなたはカジュアルな姿で』

『ああなるって思ってた?』

『心の中では思ってたかも知れません。恥ずかしいです、聞かないでください。シャワー浴びて来ていいですか?』

『じゃあ、メール待ってるよ。アダルトサイトだけど、おれのプロフィールのリンク送っておくからシャワーの後にでも見といて』

『おやすみなさい、楽しみにしてます』

シャワーを浴びる前に男のプロフィールを見てみたいと感じたあやは、バスタブにジェルとお湯を注ぎ入れ泡立てた。ほどなく、男からのメールを受信した。メールには二つのリンクが貼り付けてあり、『少し心を落ち着けないと眠れないかな?おやすみ』と短い言葉で結ばれたいた。

リンクのひとつは、YouTubeだった。盲目の日本人ピアニストがグランプリを取った世界的なピアノコンクールの動画、そして、もうひとつはアダルトサイトの男のプロフィールだった。外国人のハンドルネームを名乗る男は緊縛姿の女性の画像を貼り付けていた。黒いコートの下は上半身を赤い縄だけで縛られている女性、どこかのカフェと図書館だろうか?テーブルの上にはふたつコーヒーカップ、そして背後には天井に届きそうな大きな本棚が写っていた。

第1楽章『夢、希望』完


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