島崎武の姉、映子と初めて会ったのは高校一年の冬、彼女は三年生であった。島崎に誘われて家に遊びに行く途中、
「武ちゃーん」
振り向くと制服にスカートの裾を翻しながら駆け寄って来た。
「お友達?」
私は紹介されて顔に熱を感じながら挨拶をした。
「家に行くんでしょ?シュークリーム買って来たからみんなで食べましょ」
映子はちょっと首を竦めて小さな紙袋を掲げてみせて口元を弛めた。
次に会ったのは翌年の春、彼女は大学生の時、島崎と親しさを増してきたのはこの頃で、毎週土曜日には学校帰りに必ずといっていいほど彼の家に立ち寄ったものだ。夕方になると映子が帰ってくる。明るい声が聞こえてきてすぐに分かるのだ。二階の部屋でその声を耳にすると私は落ち着かなくなってそわそわする。映子に会える嬉しさに胸を弾ませながら、そろそろ辞去する時間でもあった。
玄関で靴を履きながら、私は出来るだけ時間をかけて島崎と話をする。映子が気づいて出てくるのを待っていたのである。
「あら、江藤君、もう帰るの?」
私は嬉しさを押し隠してぺこんと頭を下げた。
「ごはん食べていけばいいのに。ねえお母さん」
両親も気さくな人柄だった。島崎が、
「そうだ。飯食って、泊まっていけよ」と言うと、映子も同調してすすめてくれた。
「でも、きょうは学校の帰りだし…」
「そうね。今度は家に帰ってからおうちの人に断ってくるといいわ」映子のやさしい眼差しと微笑みが眩しかった。
彼女は歯を見せて笑うことがあまりなかった。何か含んだように口元を綻ばせ、目を細めてじっと相手を見つめるのである。何ともいえない魅力があった。
「お姉さんって、あまり大声で笑わないんだな」
いつだったか島崎に訊いたことである。
「小さい頃味噌っ歯を気にして隠すようにしているうちに癖になってしまったらしい」
映子からそう聞いたと島崎は言った。私はその微笑みが好きだった。恥じらうような、何かを示唆するような不思議な微笑みであった。
一度泊まると、次からは当然のように夕食の用意がされてあり、泊まる前提で家族が動いていた。暑かった日は風呂にも入るようになった。部屋で話をしていると、ときおり映子がやってきて話に加わったり、トランプをして夜更けまで遊ぶこともあった。
八月の半ばのこと、両親が旅行で三日間留守だというので泊まりに行くことになった。
「本当は姉貴もいない方が自由なんだけど」
覚えたての煙草を吸って酒を飲もうという目論見だったので気になるところではあったが、私は映子と三日間過ごせることの方が嬉しかった。
「飯を作ってくれるからしょうがないか」
島崎は楽しそうに笑って、
「淋しいからお前を呼べって言ったのは姉貴だぜ」
それを聞いて胸が締め付けられるほど悦びを感じた。
島崎の部屋にいると隣の映子の部屋からクラシック音楽が流れてくる。それが聴こえている時は彼女がいるということだ。時々、歩く気配やちょっとした物音が彼女の存在を伝えてくる。想像が膨らみ、たおやかな姿態が頭から離れなかった。
(映子の部屋を見てみたい…)
その願望はドアの前を通るたびに胸に満ちた。
その日の夕方、思いがけず機会が訪れた。お風呂が沸いたと映子が言いに来て、
「俺たちは後でいいよ。姉貴、先に入っていいよ」
島崎はその間に煙草を買いに行くつもりでいた。近所では見知った顔が多いのでわざわざ駅前まで行くのだ。散歩がてら買いにいっても何の事はないのだが、やはり未成年という引け目があったのである。
私も一緒に行くつもりで立ち上がると、
「姉貴が一人で風呂だからいてくれ」という。
その時点で私の頭には映子の部屋が広がった。駅前まで往復すると三十分ほどかかる。映子もそのくらいは出てこないだろう。聴診器を当てたみたいに鼓動が聴こえた。
ドアの前に立ち、階下を窺った。ドアには猫のキャラクターの小さな伝言板が画鋲でとめてあり、ノックしてね、とシールが貼られてある。
部屋の中には言いようのない異性の匂いが籠っていた。大きく吸い込むと微かに膝が震えた。ベッドは窓際にある。ピンクの夏掛けと色を合わせた枕。私はひざまづいて布団に触れ、顔を埋めた。
(お姉さん…)
映子の匂い…。布団をめくるとしみ込んだ体臭がほんのり漂う。私はいきり立ったペニスを引き出して枕に鼻を押し当てた。生々しい女の匂いに陶然となった。ここに映子が寝ている。…目を閉じてその姿を浮かべると急激な突き上げが起こって、私は慌ててペニスから手を離した。彼女の下半身の位置するあたりにうつ伏せになる。このまま放出したい高ぶりであった。時計を見ると二十分経っている。布団を元に戻そうとして新たな昂奮に見舞われた。一本の陰毛が目に入ったのだった。
そっとつまんで掌に置いた。自分の息遣いと動悸だけが聴こえていた。(アソコに生えていた……)自分のより細く、茶褐色である。口に含んでみた。映子の草むらに口づける場面が浮かんできた。玄関を開ける音がして、私は驚いて部屋を出た。
つづき「姉の微笑み2」へ
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