この話はつづきです。はじめから読まれる方は「愛染の鳥籠[1]」へ
目覚めて隣を見てみると、そこには雪のように真っ白な乳房があった。
そうか、夕べの出来事は夢じゃなかったんだ──そんなふうに僕はようやく自分の居場所を見つけた気になっていたんだ。
僕は運が良かった。
彼女と結ばれたその時すでに、名もない新しい命の営みが始まっていたのさ。
そうして生まれたのが、彩花(あやか)、君だよ。
僕は出産に立ち会った。
ママの子宮から産道を通ってきた君は、新生児特有の何とも言えない匂いがしていて、小さな手足は力強くて、その産声を僕らに聞かせてくれていたんだ。
変なふうに受け取らないでくれよ。
女性の体がどれだけ神秘に満ちているのか、ママとおなじ女性である君にも知っておいてもらいたくてね。
それはそれとして、産湯から上がった君のことをママと二人して抱きかかえ、どっちに似ているのかって囁き合ったんだ。
まだ生まれたばかりなんだし、そんなのわかりっこないのにね。
だけど僕にはわかった。
優しい目元がママにそっくりで、きっとチャーミングな女の子に育つだろうって。
『彩花』って名前は、ママと二人で決めたんだ。
彩りある人生に可憐な花を咲かせていって欲しい、そうしていつか実りあるものをその手に掴んで欲しい、そんな思いが込められているんだよ。
それらしく聞こえるように後から理由を付けたわけじゃないから、そこは安心しておくれ。
誰が何と言おうと、彩花、君は望まれて生まれてきたんだ。
僕らに愛される為にね。
……あ、ごめん。
自分で言ってて照れる歳でもないんだけど、今の台詞はちょっと恥ずかしいな。
娘の前では格好良い父親でいたいからさ。
それでね、君という家族が増えたことによって、僕はまるで人が変わってしまったんだ。
煙草を止めて、お酒もできるだけ減らし、仕事が終わればすぐに帰宅、休日には育児と家事を手伝うようになった。
「そういうのを『親馬鹿』って言うんだぞ」なんて、会社の上司からも認められるほどの変わりようだったらしい。
小さなガールフレンドの写真を肌身離さず持ち歩いて、社内の女の子たちに見せびらかしたりもしたものさ。
そんなわけで、僕の株は上がる一方だった。
家でも外でも父親の顔になっていた。
彩花のおむつを替えたり、一緒にお風呂に入る度にね、体は小さくてもちゃんと女の子なんだなあって、当たり前の感想を抱いたりしてた。
絶対に嫁になんか出すもんかって、そんなふうに気の早いことまで考えたりしてさ。
ママも口には出さないでいたけど、きっと僕のことを呆れた目で見ていたと思う。
君に最初に買ってあげた誕生日プレゼント、今でも大切にしているんだろう?
あれはそうだ、まだ君が一歳か二歳の頃だったね。
テディベアの縫いぐるみを欲しがった彩花の為に、僕は町中のあちこちの玩具店を走りまわって、ようやく見つけた時には僕の心も少年みたいにはしゃいでいたよ。
ついでに言うと彩花は、ケーキの上に苺が乗っていないとすぐに駄々をこねて、蝋燭の匂いもあまり好きじゃなかったね。
今でもそうなのかな。
どんなイベントの時でも君が主役で、パパとママはそれを全力でサポートしたりして、君の成長を微笑ましく眺めていたよ。
親がいなくたって、子供は勝手に学習して大きくなっていくんだろうけどね。
寝返り、はいはい、たっち、よちよち歩き、桃の節句に七五三、保育園、小学校、中学校、高等学校、春も夏も秋も冬も、どんなに些細な変化も見逃さない、そうやって僕ら家族は絆を深めていったんだ。
彩花の初潮の時もそうだった。
誰よりも先にその変化に気づいたのが、君の父親である僕だった。
世間一般には母親が先に気づくんだろうけど、うちの場合は少しわけが違う。
どう言えば誤解されずに済むんだろう。
早い話が、僕が彩花の下着の汚れ方を毎日チェックしていたってことだよ。
これはママにも内緒でやっていたことなんだ。
娘の心配をするのは親として当然だろう?
だからあの日、彩花が学校から帰ってくるなりごみ箱に棄てた物を僕が拾い出して、赤い『しるし』の付いた下着を見つけたのさ。
君は小学六年生だったね。
大なり小なり、親子のあいだにも誤解は生まれるものさ。
軽蔑したいならそうすればいいよ。
歪んでいるとか、異常だとか、愛情の見た目ばかりをつつきたがる連中は、その奥底にある本質を知ろうとはしない。
僕が彩花を思う気持ちはもっと純潔で、血統さえも越えてしまっているんだよ。
ほかの男に汚されてしまうくらいなら、この僕が『最初の男』になってやろうと思った。
来る日も来る日も彩花の私物をチェックしながら、別のところでは君に変な虫が付かないように監視したんだ。
ちょうど僕の知り合いが探偵事務所を構えていてね、彼らに依頼して彩花の身辺を調べてもらっていたのさ。
そうして君に言い寄ってくる男を突き止めては、僕自身がわざわざ出向いて、彩花の代わりに断っておいてあげたんだ。
君は小学生の頃からよくもてていたから、この作業はかなり大変だった。
それからもう一つ告白すると、僕は自分でも知らないあいだに、赤いランドセルを見だけで欲情するようになっていた。
彩花に出会う前の僕なら、きっとそんな大人にはならなかったはずさ。
けれども神様は僕に悪戯をした。
この世でいちばん愛しい存在を僕のそばに置くことで、僕という人間の器を試したのさ。
そうして僕はまんまと君に恋をしてしまった。
君が中学生に上がった途端に、今度は性の対象がセーラー服に変わり、君が高校生になれば、僕の目にはもう女子高生しか映らなくなっていた。
ママとの性生活も疎遠になっていたし、こっそりアダルトビデオを観ながら気分を紛らわせようともしたよ。
レイプ、痴漢、盗撮、人妻、レズビアン、オナニー、SM、それから女子高生、ありとあらゆるジャンルを試してみたけど、射精した後の虚しさは僕を孤独にさせるだけだった。
ごみ箱の中に埋もれたティッシュの山からは、自分自身の臭いしかしない。
もうこんなことはうんざりだ。
女の子の匂いが嗅ぎたい。
乳房や陰部に触れたい。
この目に焼き付けたい。
じっくり味わいたい。
自分の思い通りにしたい──。
そんなことばかり考えているうちに、それは決して不可能なことなんかじゃないって思えるようになっていた。
今の世の中、警察の人間だってお金で未成年を買っているくらいだからね。
だから僕はやってやったのさ。
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