「宮下、今晩どうだ?飲みに行かないか?」
年上だが同期の小野が、宮下のデスクに電話をかけ、疲れきった様子の彼を誘った。
「悪い、今夜もだめだ」
宮下はそう言葉を返すと、
「すまん、忙しい、また」と言葉を足し、受話器を置いた。
40代、入社以来ずっと平社員だった宮下に、突然管理職の話が舞い込んだ。
小野には5年も先を越された、やっと与えられた部署は宮下が来る以前から
大きなミスを連続で起こし、この大企業の中でお荷物となった部署であった。
宮下に与えられた課題は、取引先企業への謝罪行脚の日々。宮下は出勤後午前のうちに
事務処理を終え、午後はほぼ毎日外回り、取引先に頭を下げる日々を送っている。
帰宅は終電であり、自宅には10年前に結婚した年上の女房が愛想無く彼を待ち受ける。
子がおらず、もちろんセックスレスであり言葉も交わさない関係だ。彼の収入だけが
夫婦の絆になっていた。それをどうこう思うのも疲れ、いまでは何も思わなくなり、
義務的に帰宅するだけになっていた。
食欲がなく、口数が減り、酒の誘いも断るようになったそんな宮下を小野は気にしていた。
宮下が午後の外回りの為に席を立ち、会社エントランスに現れるとそこには同じビル内で働く
小野が待っていた。
「よう、外回りか?」
小野がそう聞くと宮下は時計を気にするようなしぐさをしながら「ああ」とだけ言った。
小野は宮下の事が心底心配だった。年下だが同期の宮下。やっと管理職になれたと祝ったが
回された部署は沈没寸前の泥舟。小野は宮下を兄弟のように思っている。
「少し休めよお前」そう小野が言ったが宮下は目線をはずし深く息を吸うと「いや、がんばらんと」
と言った。小野は宮下の横に並び彼と共に社屋エントランスを出ると、宮下の肩を叩き「つぶされんなよ」
宮下がうなずくと小野は宮下に手にしていたビニールの小袋を渡す。「これ飲んで元気だせ、効くぞ」
と言うと笑って社屋にもどって行った。
ビルを出ると、アスファルトとコンクリートの街は夏の太陽の日照りを溜め込み、息ができないほど暑くなっていた。
宮下はすぐにスーツジャケットを脱ぎ手に持つと、地下鉄の駅を小走りに目指した。
些細な事で女房と喧嘩した時、彼が愛したはずの妻は「目が死んでいる」と彼を指して言った。
分かっていた。彼自身、あの部署の長になってから、ストレスを通り越した無心の状態になっている事を。
あまりの激務、ストレスで彼は人間身を失っていた。彼自身がそれを一番分かっていた。
だけれど彼に逃げ場はなかった。この生き方以外、もう彼には何もない、何も出来ない、そう思っていた。
会社近くの地下鉄駅は夏休みの子供たちや外回りのサラリーマン達で少し込んでいる。
彼はホームのベンチに腰掛けると、小野からもらったビニール袋に手を突っ込んだ。小瓶をつかむ。
袋からだせば、小瓶には「マカ」と書かれていた。(あいつ)小野の下ネタ好きは有名で彼も慣れている。
この小野らしい優しさを感じ、宮下は少し微笑んだ。小瓶のフタをはずすと、それを一口飲む。
喉にそれを通しながらまた小瓶のラベルに目を向ける。
「強力マカ」赤字で書かれた文字に効能の期待を感じさせる。
宮下は鼻で笑いそれを飲み干すと近くのゴミ箱にその小瓶を捨てた。
電車内も混んでいる。ショートパンツを履いた若い女性が生足をみせている。
昔はあれだけで勃起したものだと宮下は思った。いまの彼は何も感じなかった。女房とセックスレスになりもう3年はセックスを
していない。風俗さえ行かなくなった彼は疲れで朝立ちする以外、勃起させる機会などなかった。
10代の女性の綺麗な髪、着飾った色気のある熟女、電車内でみかけた女性達に彼はなにも感じられなくなっていた。
取引先でただひたすら頭を下げ終わると、彼はまた暑い街に潜り込む。次の取引先に行く前に少し時間がある。時計をみると午後15時に
なろうかという時間だった。電車に乗り、まったく関係のない駅で降りる。取引先の誰かに休憩をみられないように気を使い毎回そうやって
見ず知らずの駅で降り喫茶店、ファストフード店を探した。駅前に程よく大きなファストフード店がある。
迷わず彼はそこを選んだ。
冷房の効いた店内、レジカウンターはそれほど混んでいない。彼がレジ待ちの列に並ぶとその後ろから女性のヒールの音が鳴り、香水の香りが漂った。
恵美は昨日誕生日だった。30歳になった彼女に、3年付き合った彼氏が結婚を申し込むのではと少し期待していた一日だった。
特別とは言えないが、いつものチェーン居酒屋店とは違うバーで彼にお祝いされ、ホテルに連れて行かれ、今日は特別な日だからとナースのコスプレを
着させられ、ただセックスをしただけだった。
自称Sの彼氏は彼女を淫らなド変態ナースと罵りながら彼女を愛撫した。恵美は義務的にあえぎ声を出し、
感じているフリをした。心の中で彼とは別れようと思っていた。3年前、出会い系で知り合った彼氏。出会いが出会いだから分かっていた。
セフレと恋人の中間。そんなよくある関係。中学高校と彼女は美人で通っていた。大学でセックスを覚え、社会人になり忙しい中で出会い系サイトを
使い、男と会い、セックスを楽しみ、気があえば付き合ってきた。結婚適齢期を過ぎ、少し期待した誕生日は、彼氏の性欲を満たすだけの
単調な毎日と単調なセックスに変わりなかった。
ラウンダー業務、新卒以来ずっとこの業務に就いている。
自社商品を置いてくれる店舗関係者に愛想を振りまき、
少しでも気に入れられる為、男達が好きそうなファッションを選んで着用している。
タイトスカートに品のあるタイツ、高めのヒールを履けばお尻が上がりタイトスカートが映える。
邪魔にならない程度の香水と巻き髪、薄めの化粧に、胸元はいつも肌をみせていた。
自社の紙袋と自分の鞄を持ち、期待はずれの誕生日の次の日も、こうして暑い夏の街を歩き回っていた。
<土日、どちらかどう?またあのホテル行こうよ>
彼からのメールは彼女の気持ちを何も分かっていないものだった。
電車、車内で彼女はメールに返信せず、スマートフォンを鞄にしまうと、いつもの駅で下車した。
受身で演技をしたセックスにも彼女は飽き飽きしていた。
彼女は妄想家だった。オナニーをする日、彼女はただのセックスではなく、
痴漢や軽い強姦、複数セックスを思い描いていた。
プールで痴漢される状況や、お酒を飲まされ強引に押し込まれる妄想、
彼女はそんな妄想して興奮していた。
駅の階段を上りながら、うまくいかない恋愛、セックスに嫌気と不満を感じていた。
改札をでると彼女はいつも休憩で使うファストフード店に入る。
冷房の効いた店内はそれほど混んでいなかった。
彼女が並んだレジの列、目の前には髪を短く切り疲れた背中を見せる中年のサラリーマンがいる。
会計を終えた宮下は、注文したアイスコーヒーが出されるのをレジ横で待った。
彼が会計をしたレジで背の高い女性が髪を耳にかけ上げながら店員とあれこれ会話している。20代後半、独り立ちした営業職、そんな風に見えた。
背が高いと思ったのはその高いヒールのせいだと分かった。白のタイトスカートにお尻の形を晒し、灰色のジャケットを鞄にかけ、
優しいピンクのインナー姿は男が喜びそうなファッションだった。綺麗な茶色の髪の毛先にパーマをかけ、品のあるアクセサリーが女性を際ださせている。
胸はなさそうだが、美人だった。少しぽっちゃり目かもしれないがそれは不摂生ではなく、営業で鍛えさせられた身体つきにみえた。
「お待たせしました、アイスコーヒーのお客様」
宮下は愛想無くそれを受け取ると階段を上り三階の席を目指した。
恵美は注文したハンバーガーとドリンクを受け取る。ジャケットと鞄、自社の紙袋、トレーを上手に持ち階段を登る。
少しお尻に肉がついてきた。それを気にしていた彼女は階段を上り二階席まであがると、その運動だけでは物足りなく思いもうひと階段上った。
三階席、もともと混んでいない店内で、階段で上りあがらなければならない三階席に、人はまばらだった。
まばらというより、暑い中ホットコーヒーを机に置き
新聞を読む老人と、その席と離れた場所に陣取る中年のサラリーマンだけだった。
40代だろう、そう思った。先ほど会計のレジ前にいた男性。
灰色のスーツはジャケットが夏物で薄くすけ、中に着たシャツの柄がわかるほどだった。
うちの社内にもいるタイプ。無口で淡々と仕事をこなす中年サラリーマン、そんな風にみえた。
彼女は彼の斜め前の席に座る。荷物を席に置き財布とドリンクだけ手に取ると真っ先にゴミ箱に向かった。
その光景を宮下は不思議に思い観ていた。気にされない程度に目を向けると女はコツコツとヒールを鳴らしながらゴミ箱の前に立つ。
ドリンクの蓋をあけ、中のジュースを捨て始めた。宮下は何をいきなりを驚かされた。彼女は空になった紙コップと財布を持ち席にもどると
おもむろに鞄から小さな缶の梅酒を取り出した。それをあけ、紙コップに入れると蓋を閉じ、ストローを差し戻した。
(酒か・・・アル中だなあれじゃ)アイスコーヒーのストローに口をつけながら宮下はそう思っていた。
恵美はストローにその綺麗な形の唇をつけるとギュルと吸い上げ梅酒を身体に入れた。
お決まりの毎日。直行で現場に向かい、愛想を振りまき頭をさげ、色気を振りまき業務をこなす。自社にもどる前にこうして毎日この誰にも
会う事のない駅前のファストフード店でお酒を口にして一息つける。こうしないと彼女は毎日をこなせなくなっていた。
深く息を吐くと背中を背もたれに預けスマートフォンを手にした。
目線が気になる。斜め前の中年男性、さきほどからこちらをみている。不思議と嫌じゃなかった。
疲れきった目をしている。子供の頃に見た父親の目にそっくりだったし、高校生の頃、何ヶ月にも渡り電車内で彼女を痴漢した男と
同じ目をしていた。あの時の経験がいまの自分の性癖を作ったのだと思う。大学の時も社会人になった今も痴漢をどこか求めていた。
ただいまの時代痴漢という犯罪をするものなどいない。妄想は欲求不満に変わり彼女の単調な恋愛、単調な毎日、単調なセックスの中で
肥大していった。斜め前の男、あの疲れ切った目が恵美を自然と興奮させていた。
スマートフォンを観るふりをして男の様子をうかがった。
宮下はアイスコーヒーをゆっくりと飲む。エアコンの冷気が彼の疲れきった体を少しだけ楽にさせた。
斜め向かいの女が気になる。営業でストレスをため、昼からお酒を隠れて飲んでいる。自分と似ているとまでは言わないが
その様に親近感を感じていた。それに色気がある。男を十分知っている。男だけでなく性というものを知っている、そんな風にみえた。
ぽっちゃりっと言ったがそれは方が少しスイマーのようであり、お尻に少し肉がついているからだろう、足は細く長く綺麗だ。
正面から見た顔は端整で美形。薄化粧でも美しく見えた。両足を閉じ揃えた姿は品があった。酒で少し酔っているのだろうか赤くなっている。
彼は自分の異変に感じていた。「マカ」が効いていやがる。これだけ疲れきった身体が火照り、反応している。斜め前の女、女の白のタイトスカートから
見えるタイツを履いた足に目が離れない。綺麗で長いその足を舐めるように彼は見ていた。
恵美は男の視線を感じていた。足を見ている。彼女はまた一口梅酒を口にすると、足を組んでみせた。スマートフォンを観ているよう振る舞い
男の視線を追う。男がみている。ふと彼を顔を向けると、中年男は気まずそうに目をそらした。彼女は楽しみ始めていた。
三階席、冷房のきいたフロアには新聞に集中する老人しかいない。フロアないには曲名も分からないピアノ音楽がかかっている。
彼女はまた足を組みなおす。男の視線を感じ興奮している。お酒が彼女を大胆にさせている。
何度も組みなおす女の足に宮下は興奮していた。女はわざとやっている、そう思っていた。と彼の携帯が鳴る。彼はそれまでの性的興奮から冷め、
席を立ちながら電話にでた。部下からだった。またミスをしてしまった。間違った納品をしているとの事だった。
謝罪に行ったばかりの取引先、彼は部下に示を出すと静かに電話を切った。背中にドッと荷物が増える。身体が重くなり無心の心と何も感じない
頭に冷たい冷気を感じた。彼は席に戻ると女の足に目を向けた、女の綺麗な足が彼の空になった頭に鮮明に入ってくる。
宮下は自然とその場で勃起していた。
恵美はスマートフォンに、彼氏からのメールを写していた。<またあのホテルいこうよ>このメールにどう別れを切り出そうか考えていた。
斜め前の中年男性が席に戻ったことに気づいた彼女はまた足を組みから彼に目線を向ける。と恵美は驚いた。
男のスラックス、股があきらかにもりあがっている。(え?勃起してるの?嘘でしょ)彼女は本気で驚き、少し笑いそうになったが、
男の目が死んでいることに気づいた。
あの目、あの目が私を興奮させる。彼女は紙コップに入れた梅酒を飲みほすと、目をうつろにさせ
彼に視線を合わせる。
あなたが勃起している事に気づいている。そう思わせるかのように彼女は男に視線を合わせ、目をはずさなかった。
女の目線を感じる。さっきまでは目をそらした宮下は、目を女に向けその目をみつめた。
片手にスマートフォンを持ち、もう一方の手の指で唇をさわりながら女がこちらをみている。
トロンとした目は彼女がお酒に酔っている事と、自分に性的な目を向けているように感じた。
女の足がゆっくりと開く。あきらかに不自然に開いていく。白のタイトスカートの広げながら彼女が蟹股になるかのように不自然に足を広げた。
宮下は机の下、の自分の股をスラックスの上から手でなぞった。手の平でゆっくりとゆっくりとなぞる。
彼女と視線を合わせながらゆっくりとなぞってみせた。
斜め前の男が股に手の平をあてなぞる姿に恵美は興奮している。
自分は足を不自然に広げ少し足を自分で触って見せた。
男の股間が勃起しているのがこの位置からでもわかる。
彼女は自分も股を触りたかった。いつもひとりでしているように、この場でオナニーしたい。
彼女はゆっくりと自分の太ももを内側から触ってみせる。男が興奮している。恵美はそれをみてまた興奮した。
宮下は壊れていた。仕事場はもう元には戻らないだろう。部署は解体され俺は一生平社員だ。
子供のいない女房とは別れることになる。
そのほうが女房にとってもいいはずだ。ぎりぎりの所で耐えていた彼の糸は先ほどの電話で完全に切れてしまっていた。
マカが効いている。目の前の見ず知らずの女を抱きたい。めちゃくちゃにしたいめちゃくちゃになりたい、そう思った。
彼はチャックを下ろす。机の下に勃起したそれをだすと手で上下にいじってみせた。
驚いたと同時に恵美は味わったことのない興奮を感じていた。
開放された気分。16時になろうかというファストフード店。
新聞で顔を隠す老人以外誰もいないが、
この状況で斜め前の中年男性が机に隠れているとはいえ、陰部を出してオナニーをしている。
遠めからでもわかるその赤黒い勃起したそれは、まさに立ちあがり、堂々としている。
彼女は男から目線をはずし、ひたすらその陰部をみた。
男が勃起させたそれを、手でいじっている。
ありえないその光景は
彼女の欲求にぴたりと合わさっていた。
単調ではない非日常の世界が目の前にある。これが性だと思っていた。
彼女は自分の手をスカートの上部から入れる。
タイトスカートがむちむちと広がるが気にせずその品のない姿で自分のクリトリスをいじった。
身体をくの時に曲げ前のめりになりながら、あそこをいじる。
コツコツとヒールを鳴らし、少し周囲を気にしながら頭をさげ斜め前の机の下の男のあれをのぞく。
はずかしそうに自分のクリトリスをいじっていた。
宮下はその様子を見て無心で興奮している。
たくさんの机とイスに囲まれているとはいえ、店内で異様な光景をさらしている。
斜め前の女のそのくの字になった姿、前かがみで隠しながらあそこをいじる姿、その長い手、綺麗な足、女のうつろな目、
潤った唇、綺麗な肌が見える胸元がより一層、彼を興奮させた。女を抱きたい、宮下はそう思った。
勃起したそれをパンツにしまい、スラックスのチャックを閉じると、彼はおもむろに立ち上がり、彼女の前にゆっくりと立つ。
無言で彼女に目線を合わせると、フロア奥のトイレに向かう。コツコツと革靴を鳴らし、新聞を広げ顔を隠した老人の前を横切る。
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