美沙_ハッピーライフ-官能小説(happylives-novel)

牝獣(ひんじゅう)となりて女史哭(な)く牡丹の夜 ——日野草城

ホームページ 戻る 

美沙

15-06-14 10:22

朝食を食べ終わると、“ごちそうさま”も言わず、
2人の息子は食卓の席を立ち、それぞれ学校へと家を出る。 もちろん“行ってきます”の声は聞こえなかった。 夫は目の前に置かれた食事に手をつけず、新聞を読んでいる。 美和は息子たちの成長に合わせパートとして事務員の職に就いた。

だけれど毎朝早朝に起き、こうして息子、夫に朝食とお弁当を作っている。 夫は新聞を閉じ、ソファに捨てるとカバンを手にし、息子たちと同様に “いってきます”を言わずに家を出た。 美和は家族が食べた食器を洗いながら、なにをしても反応のない家族に さびしさとつまらなさを感じていた。 仕事をしながらこうして母である事を辞めないのは、
同居している 姑から小言を言われない為であり、
美和自身、家族に対して義務的な 気持ちしか残っていなかった。 その姑は朝から老友たちと喫茶店へ、朝食を食べに出かけてしまっている。 美和は食器を洗い終えると、おぼんに“もう一食”乗せキッチンを出ると 階段をあがり、2階、奥の部屋のドアをノックした。 「ゆうちゃん、ご飯ここに置くね」 美和の長男勇太は23歳だが中学の時から部屋に閉じこもり、 ひきこもっている。何度も社会復帰させようとしたが 姑は一番最初に生まれた初孫の勇太を溺愛し、厳しく責める美和を 逆に攻め立て勇太を守った。
そのせいで勇太はひこもり続け、 こうして今朝も部屋から出てこない。 美和が最近驚いたのは勇太の携帯電話料金だ。 勇太を溺愛している姑は勇太の好きなものを買い与える。
といっても ひきこもった部屋でパソコンから通販でものを買い、
支払いを姑が するだけである。掃除で姑の部屋に入った際、
何気なく置いてあった 勇太の携帯電話料金明細書は月に10万円を超えていた。 「こんなに・・・」美和は驚いた。どんな事につぎ込んでいるのか、 明細を凝視すると、あるSNSにアクセスしている。 携帯、パソコン音痴の美和はただそのサイトが気になってた。

美和は事務職のパートに就いて1年になる。
職場は年齢層が高いが最近入してきた20代の女性がいた。
美和はその女性、朋美を昼食に誘う。美和から誘うのは、はじめてだった。
「ねぇ朋ちゃん、○○SNSって知ってる?」
美和は目の前で元気良くハンバーグを食べる朋美に聞いた。
「んーゲームサイトですよね、携帯とかスマフォの」
ハンバーグを口に入れたまま答えた朋美は幼い表情をしていて
美和は自分が歳をとった事を改めて感じた。
「あら、ゲームをするの?携帯で?」
朋美はハンバーグを飲み込むとカバンから携帯電話をだし、
そのサイトを開き、目の前の美和に画面をみせた。
「これですよね?大手のゲームサイト。登録してIDを作って
アバターとかプロフとか作るとサイト内で
いろんな人と出会えるんですよ。」
「へぇ…。」
朋美は器用に片手で携帯電話をいじりながらもう一方の手で
お箸をうまく使いご飯を口に入れる。
「ほぼ出会い系サイトですね。いまは規制もされはじめてるけど。」
「出会い系…」
朋美はお箸の先を口に入れたまま美和をジッと見つめる。
「興味あるんですか?」
朋美がニタニタしながらそう聞くと美和は恥ずかしそうに
「違うの、息子がねハマってるみたいで」
そう言葉を返し野菜炒めを口に入れ、食事を続けた。
47歳。美和は歳をとってしまったと
最近感じている。
朋美が入社し、朋美と仲良くなり、お昼や買い物を共にする事がある。
その度に20代の朋美と自分を比べてしまう。
着れる服、身体のライン、髪型やそれに食べる物。
朋美は好きな物を沢山食べる。美和は野菜を中心にしないと
すぐに太ってしまう。47歳になったいまでも一応細身を保っているが、
ハンバーグを食べるとすぐにお腹が出てしまいそうで、
美味しそうにハンバーグを食べる朋美を羨ましく思った。
でも朋美を嫉妬するわけではない。朋美はさっぱりとした正確で
歳が離れているが、まるで友達のように向き合えた。
「美和さんも登録してみたらどうですか?」
朋美はそう言いながら美和の携帯電話を手にとった。
「私はわからないから…」
そう言いながらも美和は朋美から自分の携帯電話を奪い返す事はなかった。
朋美はそのサイトをブックマークすると登録の仕方を美和に教える。
「時間があったら触ってみるね」
美和はそう言うと携帯電話を閉じカバンに閉まった。
「いい人に出会えるかも知れませんよ」
朋美はニタニタしながら美和言うとまたハンバーグを口に入れた。

美和の帰宅は毎日18時。17時に仕事を終えると
一目散に帰宅し夕飯の仕度をする。
今日も時計が17時をさすと上司にお疲れさまでしたと挨拶し、
席を立ち、女子更衣室に入った。身支度をし、携帯を開くと
姑から着信と留守電がある。『老友たちと外で夕飯をとります。』
いつも通り簡潔な内容だった。主人からもメールがあり、
『接待、帰宅は深夜』とこれも簡潔な内容だった。
親子ねぇ。そう思うと今夜の夕飯の仕度を急がなくていい事に気づいた。
まだ学生の息子2人 はお小遣いから外で夕飯を食べる。
引きこもりの長男は誰もいない昼間の時間にキッチンに入り、
カップラーメンなどを自分で用意し、美和の夕飯にはほとんど手をつけない。
美和はカバンを手にすると女子更衣室からでて朋美のデスクに向かった。
「あら朋ちゃんは残業?」
お茶に誘おうと思った朋美はパソコンの画面、Excelとにらめっこをしている。
お疲れ様と言葉を交わすと美和は自由だがする事のない不自由な時間を感じた。
普段、仕事と家事に追われ自由な時間を得られない美和は
何をして過ごしていいかわからなかった。
会社をでると駅前大手チェーン店のカフェに入る。
アイスティーを店員から受け取り、比較的人のいないエリアの席に座った。
携帯電話を開く。ブックマーク、○○SNSを選択し開いてみた。
アバターはいかにも若者向けのデザインで47歳の美和には少し幼稚にみえた。
アバター用の着せ替える服など沢山の課金アイテムがある。
(こういうのにつぎ込んでるのかしら)
引きこもりの長男、勇太が10万円近くつぎ込む理由はわからなかった。
IDを新規作成。少しためらいはあったが、美和はそれを選択し、自身のIDを作成する。
プロフィール。どう記載すればいいか美和は悩んだ。
正直に自分を表せば、47歳、主人がいて息子三人がいるおばさん。
女性としての自分をあきらめたわけではないが、
男性を意識する機会はなく、つまらない女だと思っていた。
40代、関東地方在住とし、初心者です仲良くしてください、とだけ記載した。
アバターはデフォルトのままいじらず、サイト内をみて回る。
すると10分もしないうちに、ID専用メールに着信がある。
(あら…)美和はその早さに驚いた。男性からのメール。
ありきたりの挨拶文であったがその早さと見知らぬ人と繋がる事に感心していた。
『こんにちわ、プロフ拝見しました、仲良くしてください』
何通もくるメールに戸惑い、美和は返信どころか、メールを読み切る事に終われた。
美和はどこか嬉しかった。家事を一生懸命しても一言も褒めない夫、
感謝しない息子、引きこもり心閉じた長男、それになにかと咎める姑。
美和は久しぶりに自分をかまってくれる人に出会えた気がした。
沢山くるメール。読み慣れるとそれが誰彼構わず送っている内容に思えた。
その中に一通、気になるメールがある。
20代後半の会社員。住んでいる地域が近かった。
年上の女性が好きでメールしたという彼。気になった美和は
『おばさんですよ』と返信した。
すぐに返信がくる。『気にしないでください。本当に好きなんです、年上の女性』
ぜひメールを続けたいという彼に美和は『返信、ゆっくりですが』
とだけ送り携帯電話を閉じた。美和は氷が溶けきったアイスティーを飲み干すと店を出た。

それから毎日彼からメールが来る。なんでもない会話だか、朝のおはようや、
夜のおやすみの挨拶が嬉しかった。こんな会話さえ日常にはなかった美和にとって
彼からのメールは美和の楽しみになっていた。
一週間がたち、彼がこんなメールをくれる。
『お酒、飲みに行きませんか?』
会うなんて考えてはいなかった。美和は返信せずに一日おいた。
昼食、また朋美を誘う。
「朋ちゃん、私ね、登録したのよ」
朋美の目は、やっぱりなという目であった。ニタニタしながら美和に聞く。
「それで…?すごいメールきたでしょ」
「うん。」
美和は朋美の髪型をみる。昨日美容院に行ったのか、綺麗なパーマとカラーで艶艶していた。
「すごい量のメール。それでね1人の男性とメールしてるの」
朋美は美和の話に集中し、大好きな豚カツに手をつけていない。
「でね、その人が会いたいって」
携帯電話の画面を開き、メール内容を見せながら美和がそう言った。
朋美は携帯電話を凝視するとメール内容とプロフを読んだ。
「28歳かぁ若いよね…」
美和がそう言うと朋美は
「んー有りじゃないかぁ」
と言った。続けて「美和さん、見た目若いし」
そう言うとまたニタニタした顔で食事をはじめた。
「朋ちゃんみたく自分に自信がないのよ」
美和はそう言うとお味噌汁のお椀を手に取った。
「お世辞じゃなくて美和さんは若くみえるし、髪型と服装を変えてみるとか」
美和はセミロングの髪をまとめ、服はユニクロや無印良品で揃える主婦だ。
朋美のようにトレンドや色気を意識した服装からもう15年離れている。
「どんな服装すればいいのかしら」
美和のつぶやきに朋美は「任せて」と笑顔で答えた。

『来週の金曜日なら。』
美和は帰宅時の電車内でそうメールした。
日曜日に時間を作り、朋美と服選びと美容院へ行く。
金曜日に会社の懇親会があると夫と姑に言い、朋美がアリバイ工作してくれる。
朋美は実際に職場の飲み会を開き、美和を出席扱いにした。
美和はいままでの自分の人生ではありえなかった経験を身体中から感じていた。


コメント
お名前:
気持ち:

コード:

お知らせ

なし

小説を検索