この話はつづきです。はじめから読まれる方は「春眠の花[1]」へ
「小村奈保子さん」
不意に名前を呼ばれて、生唾が喉につっかえそうになった。
「検査の結果が出ましたので、どうぞこちらへ」
佐倉麻衣さんだった。彼女より二、三歩うしろを歩いて、出海陽真医師が待つ診察室へとふたたび向かう。
どんな診断が下されるのか、だいたい予想はつく。
「え……、こ……ここですか?」
彼女が立ち止まったそばの扉の上には、確かに『分娩室』と表示されていた。
美しい看護師は無言の笑顔で二重扉をくぐり、私もそれに続く。
そして──。
「はじめまして。この病院の院長の、出海森仁です」
まばゆいほどの白い部屋の、まさしく分娩台のすぐそばで、白衣を着た医師らしき人物が名乗った。
取り巻きのスタッフをはじめ、出海陽真医師や佐倉麻衣さんの表情にも緊張が浮かんでいる。院長の存在がそうさせていたのだった。
しかもだ。寝ぐせなのかパーマなのかわからない頭髪に無精髭、それに白衣の下の着衣にしてもけして清潔とは言えないほど薄汚れている。
白衣を脱げば……、ホームレスそのものだ。
とりあえず私は椅子に座った。
「それで、検査の結果は?」
「うちの若い医師の検査手順に問題はありませんでした。しかしですね、もう少し詳しい検査をさせて欲しいのですが、これは強制ではありませんので、どうするかは小村さんしだいというわけです。いかがですか?」
「あの、どこがどういけなかったのか教えてください」
「じつは、子宮内膜に小さな炎症のようなものが見えました。将来、妊娠を望んでいるのであれば、不安材料は今のうちに取り除いておくべきです」
もっともだ。医師の見解は絶対であり、断る理由もとくになかった。
「お願いします」
私は右手のハンカチを膝の上で握りしめ、再検査を承諾した。乗りかかった舟にどんな仕掛けがあったとしても、まわりは見渡すかぎりの海だから、流されるままに身を任せるしかなかった。
そこへ乗ってください、と院長が分娩台を指す。私は彼に従った。それはさっきのものよりも大型で、その隣では見覚えのある医療機器が準備完了の状態で待機している。
私は大勢の前で下着を脱ぎ、台の上で開脚した。私のそこに視線が集中する。
「高嶺の花も、色恋の微熱に惑わされ、大樹の陰に蜜が滴る」
そうしゃべったのは院長だ。意味はわからない。
「土はよく肥えているのに、肝心の種子が見あたらないというのは、持ち腐れに等しい」
その言葉には聞き覚えがあった。名見静香さんがホームレスから聞いたと言っていた言葉、それだった。
やはりそうだ。いずみ記念病院の院長、森仁こそがホームレスだったのだ。
彼がなぜホームレスの格好をして私を監視していたのかは、彼にしかわからないことだ。
みんなが口を揃えて「会わないほうがいい」と言っていた人物と、私は会ってしまった。
そして、自分の子宮を彼に捧げる行為がこれから始まる。
「私、この機械知ってます」
分娩台の隣で不気味な沈黙をつづける機器に視線を向け、私はつぶやいた。
それなら話が早い、と院長は顎髭をざらりと撫でた。
ヘラクレス──。私は夢の中で、その能力を嫌というほど思い知らされた。
不妊治療という名目で受けた慰めに女性らしさを取り戻し、私の胎内で何かが実ったのも否めない。
「私は小村さんには一切手を触れない。やるのはこのヘラクレスです。では──」
院長は軽く咳払いすると、ディルド型の挿入部を私の性器にあてがう。シリコン素材のスキニーな肌触りが、膣口径よりも太い圧力をあたえてくる。
その先端からローションを噴き出しながら、いよいよじゅるりっと入ってきた。
「ん……、うん……、ふっ……、はっ……」
これ……、すごい……。
「小村さん、これを口に──」とハンカチを渡してくれたのは佐倉麻衣さんだった。
私は相当変な声を漏らしていたのだろう。これを噛めという、エチケットの意味だ。男性に聞かれたくない女性の声にも色々あるのだ。
「んっんんっ……、んくんく……」
幾分ましにはなったものの、今日に限って体調も良好で、膣の奥から出てくるような声がしぜんに溢れてくる。
「子宮口まで届きましたね?」
院長に尋ねられて、私は微妙に頷いた。
「それではアプリを起動させます。気分が悪くなったら遠慮なくおっしゃってください」
縮こまって身構える私。出海森仁がタッチパネルをたたいた。その次には私の中の異物が動き出し、愛液がはじけた。
私はハンカチをさらに噛みしめる。
「これから内視鏡が入りますので、膣には音波振動がつたわっているはずです」
彼の言葉どおり、すごい振動が体の内側を揺らしていた。
そして何やら蠢くものが穴の粘膜を舐めはじめた。何本もの触手に犯されているような、陰湿な快楽。
「うぐっ」
挿入部本体から生えた触手状の物体が、私のDNAをかきまぜる。
「臍(へそ)の下あたりを触ってみてください」
佐倉麻衣さんに言われてそこを触ると、膣の中でうねっている器具の動きが指先につたわってきた。恥ずかしくて目眩がして気持ち良くて、アブノーマルな快感はとても甘い味がした。
白い肌に突き刺さる異物は、ヘラクレスという名の怪物だった。
「んぐっ、んっ、んん…ふぅ」
脳が喘ぐ。頭の中がぐちゃぐちゃなら、局部もぐちゃぐちゃだ。
気づけば私は、いくつもの手によって全裸に剥かれ、乳房と陰部に群がる男たちの餌になっていた。
膣を満たしていた器具も引き抜かれ、そこから湧き出る粘液で喉を潤そうと、誰もが舌をのばしている。
「あんっだっ、だめっあっああっ、いや……ひっ、やんっやめっ、てっあっあっ」
腰を逃がしてもクンニリングスが追いかけてくる。
「ううっ、おねがいしま……す、ふうん……、ああい、いい、いい、いい」
胸の先端は柔軟にころがされるし、乳房は彼らの私物となっている。
「患者の汁の甘いところだけが味覚に染みる」
「奈保子さんのような女性がいちばん甘くなる時期だからね」
「このねばつき、この感度。ほら、僕の指なら四本でも足りないくらいに膣も成熟して」
「このクリトリスもまた興味深い」
「こんなに濡れるのなら、検査の前に言ってもらわないと駄目ですよ」
「こういう事をされるのが好きか嫌いか、僕らにはわかりますよ。婦人科のにんげんですからね」
それぞれに好き勝手なことを言いながら、自分の趣味を私に押しつけてくる。
でもしょうがない。だって……、気持ちがいいんだもの……。
口では拒絶して、逆に体は受け入れてしまう。その矛盾は彼らを興奮させるだけさせて、ついに本気にさせるのだった。
「卵子には精子が必要ですよね?」
「健康な子宮があるうちに、産める体づくりをしておきましょうか」
それは何か違う。不妊の原因は別れた夫のほうにあったのだから、いま射精されれば私は妊娠してしまう。
「いや……、だめ……、やめたほうが──」
「あなたらしくないですね、小村奈保子さん」
院長の出海森仁が厳格な口調で言った。
「不妊治療を望んだのはあなたじゃないですか」
「え、でも、それは確か夢の中の話で、今日はただの検診だけのはずです。……あれ?」
「どうして私が不妊治療のことを知っているのか、という顔ですね」
「もしかして、じゃあ……、あれも夢じゃなかった……ってこと?」
「時は熟したようですね」
そう言って白衣をひるがえした彼は分娩室を出ようとして、右手で拳をつくり、人差し指と中指のあいだから親指を突き出した。
それは何かのメッセージなのか、それとも気まぐれから出たリアクションか。
彼の姿が扉の向こうに消えた直後、三日月みたいな鋭い目をした男性スタッフは私を真上から見下ろし、露出した下半身で私の骨盤を突き上げた。
私、犯されちゃう──。
グロテスクな男性器は私の膣を軽々と貫いた。余分な皮のたるみもない黒いペニスは、私の視界のすぐそばで、盛りの膣穴をずぶずぶと埋めていく。
私は砲丸投げの鉄球を思い出した。ちょうどそれが膣から入って子宮にぶつかるような危ない快感が、胃袋のすぐ下に衝突していたのだった。
私はただへらへらと舌を出して、犬みたいに「はぁはぁ」言うのが精一杯だった。
誰も助けてくれない。このまま精液を注がれて卵子と結びつき、子宮に着床してしまったらそれで終わりだ。
産めるだけ産め、精子ならいくらでもある。そんな彼の腰づかいに私は気絶寸前まで上りつめようとしていた。
イク……、だめ……、イク……、いやだイク……、もう……。
成人男女の肉体と肉体が交わる音は、おぞましくも女々しい性愛の奏でだったのかもしれない。
雄しべから吹き出した種子の流動を雌しべに感じたまま、私はとうとう快感の天井を越えたのだった。
目を閉じると膣の痙攣がはじまり、子宮の収縮とともにオーガズムはセカンドオーガズムへとつづいていく。
生殖器官が震え、女性ホルモンが増殖しているみたいに全身が潤う。
きっとこれで良かったんだ。そう自分に納得させて、私はふたたび目を開けた。
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