春眠の花[17]_ハッピーライフ-官能小説(happylives-novel)

牝獣(ひんじゅう)となりて女史哭(な)く牡丹の夜 ——日野草城

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春眠の花[17]

15-06-14 10:39

この話はつづきです。はじめから読まれる方は「春眠の花[1]」へ

病院というところは居心地がわるくてあたりまえだが、ここに来るとその体感温度はさらに私を萎縮させた。
見れば私のほかにも数人の女性が、それぞれの悩みを抱えた表情で座っていた。

私と歳の離れた若い女の子もいれば、可愛い産着にくるまった赤ちゃんを抱いた同世代の女性もいる。
どんな目的で来たにせよ、この扉の向こうでは皆おなじ格好になるのだ。どんなにすました顔をした女性でも、する事をされればそれなりの反応をしてしまうのだから。
その時、自分の体の思わぬ部分に血が集まっていくのがわかった。熱くなるというのか、意識過剰になって触りたい衝動に駆られる。
不謹慎な感情がすぐそこまで来ていたのだ。

「小村さん、小村奈保子さん、1番にお入りください」

自分の名前を呼ばれたのに、すぐには動くことができなかった。心のどこかでまだ他人事のように思えて、しかも独特なアウェイの空気に孤独を感じたからだ。
私は緊張した呼吸をできるだけ整えた。そして諦めを瞳に浮かべ、けして開けてはならないその四角いドアを、私は開けてしまった。

「そこは鬼門だよ」

どこからか声が聞こえた──ような気がした。
それはつまり、風水で言うところの鬼門のことを指しているのだろうか。
しかし声の主はどこにもいない。
いま私の目の前にいるのは、ひとりの若い男性医師と、こちらもまた若く見える女性看護師だ。
女性の方はお腹のふくらみが目立ち、おそらく妊娠の何週目かに入っているのだろう。
二人に面識はない。それなのに、それなのにだ。どうも初対面という感じがしない。
男性医師は出海と名乗り、女性看護師は佐倉と名乗った。胸のネームカードにはそれぞれ出海陽真(いずみはるま)、佐倉麻衣(さくらまい)と書いてある。

「よろしくお願いします」と私は会釈しながらも、この不可思議な出会いを必然のように思いはじめていた。

「それでは小村さん、先に検体を預からせていただきますね」

さりげなく上品な仕草で看護師は言った。
事前に知らされていた検体はぜんぶで三つ。
ひとつは今朝の分の尿。これは専用の容器に入れて持参した。
ひとつは排卵日のおりもの。これは付属のおりものシートに付着させて、ビニールパックに入れてきた。
それともうひとつ、バルトリン腺液やスキーン腺液と呼ばれる体液、いわゆる愛液だ。これもまた付属のタンポン状の物を膣に挿入し、任意の回数だけ出し入れをして体液を付着させる。
その三つを漏れなく準備し、私は彼女に手渡した。
そうして出海医師による問診がはじまり、生理痛や排卵痛の有無、程度、頻度、周期、そのほか当たり障りのない質問がいくつか続いた。
看護師は彼の横で私の受け答えを聞きながら、問診票をチェックするペン先を目で追う。
そして時折私と目が合うと、マスクをふかふかさせながら目を細めて微笑む。
それはとても純粋で、嫌みのない眼差しだった。

「そうしたら上着と、下はぜんぶ脱いで、ベッドに横になってください」

やはりそれは避けられないなと思いつつも、こういう時にはなかなか決心がつかないものだ。
医師としては見慣れたものかもしれないけれど、女性器には変わりない。
観察されたり触られたり指摘されれば、泣いてしまう女性だっているくらいだ。私はどうだろう。

「恥ずかしいですか?」

上着は脱いだものの、その先がなかなか行動に移せないでいる私を見かねて、看護師が声をかけてきた。

「いいえ、大丈夫です」

ぜんぜん大丈夫じゃないくせに、ついそんなことを言ってしまう私。

もう、なるようにしかならないんだから、小村奈保子、女を見せるのよ!

私は自分自身を激励した。そしてようやくショートパンツのウエストに指をかけると、まるい体型に沿ってスルリと下ろしていった。
先生の視線が気になるけど、なるべく気にしないように、でもやっぱり気になってしまう。
戸惑う手つきで下着を下ろしていく姿は、まさにこれからセックスをしようとしている女の恥じらいに似たものを錯覚させていたに違いない。
空気がそわそわと恥部を撫でる。若くもなく老いてもいない、ほど良く熟れた下半身を私は晒した。
恥ずかしさのあまり、爪先立ち気味にベッドまでの歩幅をとりながら、肝心な部分には手を添えた。

「そこに両脚を乗せて」

私の裸にはまったく興味がないという風に、出海医師は先を急がせる。

「ここに右脚を、そうです、力を抜いて楽にしてください」

看護師のサポートで私の準備はできた。男性視点からすれば、正常位で犯すにはとても都合良く、無防備な姿の女が目の前にいるのだから、この好機に甘えない手はないだろう。
しかしここは病院だ。私ひとりが舞い上がっているだけで、私以外は至ってクールだ。

「触診しますから、少し我慢してください」

医師の言葉は優しいが、何をどう我慢すればいいのだろう。
私の上半身と下半身は薄いカーテンで仕切られ、医師と看護師は私の下半身側にまわりこむ。
醜く割れた女性器はもう彼の手の届くところで、花びらがめくられるのをじっと待っている。
そして嫌な汗が背中を不快にさせはじめた時、冷たい感触が陰唇の両側にやさしくタッチした。

「……!」

臍(へそ)に力が入り、お尻の穴がきゅっと締まる。なんとか声だけは寸止めできたが、腰がビクンと浮き上がったのは取り消せない事実だ。

「少しずつ入りますよ、力まないで、いいですよ、あと半分、ゆっくり、入りました」

出海医師が私の体の中に挿入したものは何なのか、ここからは確認できない。でも相当大きな器具であることは実感できる。ビューラーのお化けみたいな、あの器具だ。とても切なくて、くすぐったい。

「開口します」

それには潤滑ゼリーのようなものが塗ってあるのだろうか、膣が左右に開いていくあいだにも、粘膜への刺激やストレスはほとんどない。
股間の皮膚が突っ張る感じはあるから、ひょっとしたら……いや、確実に私の性器の中身は彼の視線を浴びている。
ほっぺが紅潮すれば、あそこも火照る。牡丹の紅(あか)、椿の朱(あか)、薔薇の赤(あか)、どの赤よりも赤く、自分を偽れない色。
そこに触れればすべてが露わにされるのだ。体調や病状どころか、深層心理まで読み取れてしまうほどに素直な反応をあらわす女性器。
彼の指先には目がある、まるでそんな指使いで膣の隅々までをいじくるのだった。
男対女、診察の一線を越えた異常な関係を妄想せずにはいられない。そんな状況で出海医師は私に問いかける。

「ここはどうですか、痛くないですか?」

「だっ大丈夫です」

気持ちがいいです、先生。

「このあたりはいかがですか?」

「とくに、なにも」

すごく濡れてきました、先生。

「指で押されてる感じ、わかりますよね?」

「はい、普通に」

そこをそんなふうにされたら、おかしくなっちゃいます、先生。

今にも本音がこぼれそうで、私の心臓はますます活発に血を循環させるのだった。
淫らな不発弾を抱えたまま、私は彼の前で股を開きつづけた。

診察が終わってみれば、良い意味で期待外れというのか、これっぽっちというか、私が恐れていた事態は何も起きなかった。
それもそうだ。善意と良識を重んじる医学界のトップクラスに君臨する、老若男女の何人(なんぴと)も拒まない医療組織の人間なのだから。

「検査結果が出るまでしばらくお待ちください」

「は、はい」

女性看護師の佐倉麻衣さんの立ち居振る舞いに、気後れしてしまう私。適材適所とはまさに彼女のような人を指す言葉だと思う。
そばにいるだけで癒されるし、私が男なら必ず彼女を振り向かせたいと思うだろうな。だってほら、妊婦にしてはしなやかな髪艶。それとわずかに見える太ももから足首までの、絞られた肉の無駄のなさ。
そんな彼女を……、私は彼女のことを……、そうだ、夢の中で私は彼女と会っている。そして出海陽真という医師とも、夢の中では顔見知りの関係にあった。
なんということだ。こんな場所で、こんなタイミングで淫らな夢の正体を思い出すなんて。しかもあと少しですべてを思い出せそうなところまできている。
検査結果を待つあいだ、私はこれからどうするべきかを考えていた。
たかが夢、されど夢。あんなにリアルな夢を見せられて、これが偶然だとはとても思えない。
もっと色んな人物との接点が絡み合って、不妊で悩むひとりの女性にあらゆる手を尽くし、合理か不合理かを患者自身に問う。その不妊患者こそが私だ。
ふと、待合室の掲示板に視線を向けてみた。几帳面に掲示されたひとつを見た瞬間、私は頭痛のような衝撃を受けた。

『最新のアプリケーションで女性の悩みを解消する不妊治療機器、Hercules(ヘラクレス)』

その名前がきっかけで、私は淫夢のすべてを思い出すのだった。
臨月、看護師・佐倉麻衣との出会い、想像妊娠、医師・出海陽真への疑念、望まない絶頂、第二の治療、女子高生・愛紗美の介入、正体不明のホームレスの気配。
一気に押し寄せる夢と現実の記憶に飲み込まれ、私の脳はエクスタシーを感じはじめる。

いけない……、いけない……、いけない……。
きっと私は誰かに騙されている。
今日のこの婦人科検診だって、おだやかに終えたと見せかけてじつは裏があるに決まっている。
はやく帰らなきゃ──。

つづき「春眠の花[18]」へ


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