春眠の花[15]_ハッピーライフ-官能小説(happylives-novel)

牝獣(ひんじゅう)となりて女史哭(な)く牡丹の夜 ——日野草城

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春眠の花[15]

15-06-14 10:39

この話はつづきです。はじめから読まれる方は「春眠の花[1]」へ

結局私は彼女から夢の話のつづきを聞くこともできなくなり、後ろ髪を引かれる思いで仕事先へと足を向かわせた。
もやもやしたものを抱えたまま店に着くと、店長の名見静香さんがちょうど鉢植えのチューリップを店先にレイアウトしているところだった。

「おはようございます」

「小村さん、おはよう。通勤も電車になると大変でしょう?」

「いいえ、慣れればどうってことないです。それに車、今日には点検が終わるはずなので」

「それはそれでいいとして、例のホームレスの彼には会ったの?」

「まだですけど、また今日も来るんですかね、お店に」

「どうかしら、普通のお客さんなら有り難いんだけれど、なんだか、ねえ」

彼の風貌の悪さが、名見静香さんの表情から推測できた。
そういえば、と名見さんは何かを思い出した。

「その人が昨日ここに来た時に、独り言で何か言っていたのを聞いたわ」

「なんですか?」

「確か──」

いちばん美しい花があると聞いてここに来たが、どうやら嘘ではなさそうだ。しかし、土はよく肥えているのに、肝心の種子が見あたらないというのは、持ち腐れに等しい。もったいない──。
そう言っていたらしい。

「どういう意味なんでしょうか」

「さあ……、お店にクレームを言っているわけでもなさそうだったし、だけどあんまり歓迎できないわね」

仕事に支障が生じるといけないということで、その話はさっさと切り上げることにした。

その日、ホームレスらしき人物はとうとう現れなかった。愛紗美ちゃんとも今朝の一件から連絡をとっていない。
一日の仕事を終えた私は二日ぶりに愛車との対面を果たし、微妙な機嫌のままマンションに帰宅した。
あれから彼女はどうしているのか、私がもっと大人の態度で接していれば傷つけずに済んだのか、そんなことばかり考えていた。
車のキーケースを靴箱の上に置くと、今日届いた郵便物をまとめてリビングのテーブルに散らかした。
結婚した友人からの手紙、カードの明細、それとB4サイズほどの大きな封書が珍しく届いていた。
見ればどこかの病院からの通知らしい。おもてには可愛らしいシンボルマークが中央にあって、それは緑色の四つ葉のクローバーによく似ていた。
はてな、と私は首をかしげた。以前にもどこかで、これと同じものを見たような気がする。
私はいまデジャヴュに遭遇している、そう感じた。曖昧が曖昧でなくなるとき、それは確信に変わるのだ。
そしてそこに書かれた文字を目で追ってみて、私は確信した。

「いずみ記念病院院長、出海森仁」

知らないはずのこの病院の名前を、私は知っている。けれども無理矢理思い出そうとすればするほど、骨盤のあたりがしくしくと疼いてくるのだった。
お腹に手をあてたまま、しばらくその文字を眺めていた。そして中身を確認する。
近頃メディアで頻繁に取り沙汰されている婦人病のことや、少子高齢化社会はもう未来の話ではないということ、それに女性らしい一生涯を送る為の医療のあり方などなど、とても興味深い内容がそこには書かれていた。
それらに軽く目を通した後、私は別紙のうちの一枚を広げてみた。婦人科検診の受診票、それだった。
別れた夫、風間篤史とのあいだに子どもをつくらなかったので、産婦人科にはほとんど縁のない生活をしていた私。いや、つくらなかったのではなく、つくれなかったのだ。
おそらく夫婦のどちらかに不妊の原因があって、私たちが離婚したいちばんの理由はそこにあったのだから。
しかしこうやって社会での女性の役割をあらためて突き付けられると、もう30だからと年齢のせいにしている場合ではないなと思いはじめていた。
種子があれば花は咲く。子孫を残すための種子ではなく、綺麗な花を咲かせるための種子があってもいい。不妊症だからといってセックスを避けていたら、女を諦めるのとおなじだ。

その夜、私は久しぶりにオナニーをした。とてもしたい気分だった。
頼れるものは指しかないのかと考えて、避妊具があることを思い出し、とたんに私の脳は快楽物質の泉となった。
なんでもいい、とにかく膣を満たしたい。
適当なものが目に入るとそれに避妊具を被せ、女の本音が溢れ出したそこに挿入していく。

「ん……はっ、あぁ……」

ねちねちした声が自分の耳をくすぐる。それこそ場所も素材も選ばず、キッチンでは人妻のひとり遊びを妄想し、ベッドルームでは会社の上司と密会する新入社員の叶わぬ恋とセックスをイメージしたり。
素足、素手、素顔、素肌、そして素股。全身が性感帯であり、性欲のかたまりだった。
私はずっとこんなオナニーがしたかった。男の人が想像するよりもっとアブノーマルで、レイプされるより狂暴な快感をくれるオナニー。

これっきりにするから、だから、これだけはやっておきたいの。

そうして私は、おそらく夢の中で経験していたであろう行為を、自らの手で仕上げていく。
右手の5本の指先で陰唇を掻き分けて、深呼吸をしながら膣に挿入していった。
この感覚、私はどこかで味わっている。脳が……、イキそう……。
指さえ入ってしまえば、あとはもう関節を詰め込んだらいいだけだ。

じゅぷっちゅぷ……くちゅっ、にちゃにちゃ……、ちゃぷっ。

「はうっ」呼吸を止めて、「んふぅ」また息を吐く。
一人暮らしの女性の部屋でこんな格好を見たら、私をどんな女だと思うだろうか。私の右手首の先は今、完全に膣内へ入ってしまった。
その異様すぎる光景は私をさらに興奮させ、体が割れるような異物感が子宮に襲いかかる。
入り口は狭くても奥の方は広いつくりになっていて、ちょっとやそっとじゃ抜けない仕組みだ。
どろどろした熱い粘膜の中で拳を動かせば、臨界点まではあっという間だった。

絶頂の言葉を言う間もなく、私は果てた。
女として最低で最高な自慰行為。私の性欲が消滅しないかぎり、それはいつまでも続いた。

つづき「春眠の花[16]」へ


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