この話はつづきです。はじめから読まれる方は「春眠の花[1]」へ
「小村さんの子宮内に満たされているのは、人の体液の塩分濃度に近い水溶液です。それを吸引してしまえば自然にお腹がしぼんでくるでしょう」
彼の言うとおり、私の体格は妊婦とは呼べないほどのくびれを取り戻しつつあった。
器具で開かれたままの私の性器は粘度を増やして、思いとは正反対に快楽を求めて女の姿に変わり果てた。
「いや……、気持ちわるい……。ねえ佐倉さん、あなたなら助けてくれるでしょ?だってそのお腹には──」
「ごめんなさいね、あなたと代わってあげたいけれど、私にもこの研究を見届ける義務があるから。海外にくらべると、日本の不妊治療技術はまだまだ遅れているのよ。あなた一人の協力で、日本の少子化が改善されるかも知れない。少し大げさだけど、そういうことなんです」
女らしい声ではあるけれど、それは紛れもなく救いの声ではなかった。
これで私の逃げ道は完全に途切れてしまった。心が折れて、悔し涙がこめかみから耳までつたっていく。唇は小刻みに震えて合わさらない。
「学会という場で学者たちを口説く為には、とにかく正確なデータが必要になります。しかも生データでなくてはいけない。小村奈保子さんは年齢も若いし、容姿も優れている。僕が必ず妊娠させてみせます」
彼の熱意だけが一人歩きしていて、私の胸にはぜんぜん響いてこなかった。
「女性が純潔をまもる時代はもう終わったのです。それでは始めましょうか──」
私の体からカテーテルと膣鏡が取り除かれ、出海医師の無駄のない指使いが女性器のしくみを調べ上げていく。
「はっあっ……、んん……くぅん……、やっ……んっ……」
どうしようもなく下品な声が、こらえた口から漏れた。
それは普段しゃべっている声よりもずっと上の方で、「気持ちいい」と言っているのと同じ意味を含んでいた。
「なかなか良質なサンプルが採取できそうだ。そうですね、外側からだけじゃなく、今度は内側からも女性ホルモンを増やしていきましょうか」
その言葉にまわりのスタッフ全員が揃って頷く。なんとも奇妙な光景だ。
その時、佐倉さんは自分のマスクをはずし、上品な笑顔を私だけに向けた。私は思わず見惚れてしまっていた。
されるがままに私は全裸に剥かれ、室内をぐるりと見渡せば、私を中心にして淫らな雰囲気の円陣ができあがっていた。
「もうやめてください……、おねがい……、ゆるして……」
そこにいる者はそれぞれの手に何かを握り、それは医療とは関係のない形をしているように見えた。
そして出海医師は私にこう言う。
「あなた自身が性的欲求を高めていけば、自然に妊娠しやすい体質に変化していくのです。かなりの確率でね」
私はもう何も言い返せない状態にまで落ち込んでいたが、久しぶりに目覚めた性欲はドクドクと血管を通り、乳首を火照らせ、膣を沸騰させていた。
私を取り囲む円陣の輪がしだいに小さくなって、男の人の荒い鼻息と、女の人の興奮気味な咳払いがすぐそばまで迫ってきた。
ここは病院なんかじゃなくて、無菌状態の研究施設と呼ぶべきだ。
だとしたら私はいったいいつから騙されていたのだろうか。騙す方がわるいのか、騙される方がわるいのか。これから私は何をされ、どうなってしまうのか。
尽きない疑問をめぐらせているうちに、ついに理不尽な治療が再開された。
「産道の通りをスムーズにする為に、小村さんの膣を拡張します。痛い時には痛いと言ってください。それとですね、気持ちいい時にはそれなりの返答をお願いします、よろしいですか?」
「……、こんなこと……、ぜったい許さない……」
泣き寝入りをすれば、そこで私の負けが決まる。
乱暴に犯されようが、気味の悪い道具や薬物でもてあそばれようが、私がこの陰湿な組織の存在を公表さえすれば、どれだけの女性が救えることか。
私は出来る限りの正義感を眼にたぎらせて、生意気な医師を睨みつけた。
「小村奈保子さん、僕があなたに出会えたことは一生の幸運です。ドクターとクランケのあいだに生まれる信頼関係、これを脳が勘違いして恋愛感情だと思い込んでしまうというのだから、女性とはつくづく愛に弱い生き物だと思いませんか?」
そう言いながら彼はトレイの上に並べられた器具を品定めすると、その中のひとつを潔癖な手つきで摘み上げた。
それはとても不潔な形をしていて、おそらく大人のレディスグッズの機能を備えているのだろう。
回転がどうとか、太さや素材がどうとか、いちいち胸焼けがしそうな説明をしてくれる。
それなのに私の下半身は処女を取り戻したように半熟に湿り、それでいてローズの蕾(つぼみ)みたいに陰唇をめくらせていた。
「呼吸を楽に……、そうです……、そうです……、入りますよ……、ゆっくり……、子宮に感じてください……」
「ああっ……、あっいふっ……、ふぅ……ふぅ……、あはぁんぁんぁ……」
許容範囲を超えたものが私の中に入ってきた。
「痛い」と「気持ちいい」のギリギリのところ、どうせならどっちかにして欲しい。そうじゃないと、どんなリアクションをしていいのかわからない。
「出血はないようですから、少し動かしてみましょうか」
彼は左手の器具を私の局部に挿入させたまま、右手でタッチパネルを操作した。
数切れないほどのいやらしい視線が、私の生裸にチクリと刺さる。
こんな物で中を掻き回されたら、そんなの……気持ちいいに決まってる。気持ち良くなったらエッチな汁もいっぱい出ちゃうだろうし、秘密にしておきたいことまで告白してしまうかも知れない。私はどうしたら──。
そんな不安を瞳に浮かべていると、出海医師のスマートな指がまた画面をタッチした。
「イグニッション……」
彼が放ったその言葉の理解に苦しんでいると、通電を知らせる低い音が私の中で唸った。まだ動いてはいない。
「ケミカル……」
彼は教育実習の講師を気取って、まわりのスタッフに上から目線で目配せをする。
その時、静止していたはずの器具が前後に微動し、その柔軟な素材で私の膣をしごきはじめた。
「いっ……いいっ……、んんぅ……」
正直あせった。男性経験も少ない未開発な部分が、一瞬で液体になったみたいに溶かされてしまったのだ。
「開発部のにんげんに造らせた最新医療機器と連動するアプリの威力がこれだ、よく見ておくといい。デュアル……、トリミング……」
彼は私の体には指一本触れず、ただタッチパネルをたたいているだけなのに、レイプと言うにはあまりにも違和感のある反応を私はさらしていた。
「あっあっ……、だめあっうんっ……、ああっああっ……、やだ……んっくんっ……」
体験したことのないサイズの異物が、私の中で男性的な動作を繰り返す。
乗り物に揺られている感じ、ついでに気持ちいい。
「小村さんも調子が出てきましたね。これならすぐに排卵も促進されることでしょう」
真面目な顔をして、言っていることはめちゃくちゃだ。
産科医に股をひらくのは、歯科医に口をひらくのとはわけが違う。
そんなこと分かり切っていたはずなのに、結局残念な結果になってしまった。
本当にそうなのだろうか。いや、そうじゃない。物足りなかった気持ちを満たしているのは、不妊治療という名のこの行為だ。
見れば佐倉麻衣さんもふくよかな自分のお腹をさすりながらも、私に同情の目を向けている。
「どんな気持ちなのか、本音で言ってみてください。それとも、自分で言うのが恥ずかしいですか?」
彼女に問われて、私は遠慮がちに頷いた。
「とても気持ちがいいと、そう言いたいのですね?」
私は熱っぽく「イエス」の意思表示をした。
そして彼女はその先の質問をまわりに聞かれることをはばかり、私にしか聞こえない距離で耳打ちしてきた。
「こんなところでイクのは恥ずかしいけど、イっちゃいそうでしょ?」
ふふっ、と可愛らしい女笑いをする彼女に、またしても私は首を縦に振るのだった。
私たち女二人の密かなやりとりが、分娩室のシリアスな雰囲気に花を咲かせたらしい。
しばらく力の抜けた空気が漂った。それが彼女なりの気配りだ。
「男ばかりの職場では、なかなかこうはいきませんよ。佐倉さんの仕事に対する姿勢は、院長だって評価していますから」
そう言ってから、なにやら余計な話を持ち出してしまったという顔をして、出海医師は医者の面構えをつくりなおした。
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