その日の夕方も中川樹里は駅に立っていた。
いつも通り、迎えが来るのを待っているんだろう。
オレが樹里に目をつけた日から1年がたつが、駅から歩いて帰ったことは一度もない。
高級住宅街とよばれる街の、この駅で降りて、樹里の家は歩いて15分程なのは調べてある。だが、樹里はいつも迎えを呼ぶ。だから一人になることがない。
駅周辺は人が多すぎるし、樹里が夜遅くに帰ることもない。
大学が終わればほぼまっすぐ家に帰るか、親と待ち合わせして出かけるか。
友達と遊ぶ日は、最後は結局いつも兄らしき男が車で家に送って帰ってくる。
樹里に目をつけた時から、かなり行動パターンやいろいろなシュミレーションを試してみたが、やはり、彼女を襲うには駅から家までの、この15分しかないのだ。
せめて車に連れ込むことだけでもできれば…!
こんなにガードの固い女ははじめてだ。だからこそターゲットにしがいがあるというべきか?
しかも、樹里自身のガードではないようだ。
どうやら迎えを呼ぶことも、一人にならないことも、親からキツく言われているんだろう。
樹里自身気づいているのかわからないが、昼間はボディーガードらしき男が影からそっと交代で樹里の身を見守っている。あれも親の差し金に違いない。
そして樹里に手をかけたいが一向に近づくことすらできない理由。
それはとにかく、樹里自身が目立ちすぎるのだ!
色々な女を長年物色した経験があるオレですら、その姿を電車の中で一目見たときには時間を忘れて呆然としたほどだ。
驚くほど色が白く、肌が透き通っている。
長くのばした髪と目は吸い込まれるように黒く、それがまた異様なほどの美しさだ。
流行の格好はしないが、身につけている衣服からそのカラダのラインが想像できる。
そのウエストの細さ。
カタチのいい尻。
何より男の視線をとらえて離さない、あの胸。
あの白い膨らみに、血がにじむほど爪をたてて揉みしごきたい…!!
いったい、何度想像したことだろうか?
樹里に出会ってからは、今まで襲ってきた女のことなどきれいさっぱり忘れた。
あれこそ、あの女こそ、オレが生涯かけて手に入れるべき獲物なのだ。
しかし、樹里はその容貌ゆえにどこに行っても目立ち、人の視線を集める。
樹里の利用している駅から大学までには、見守るだけで幸せを感じているような男たちが山のように存在するのだ。
超有名私立の女子校に幼稚舎から大学へエスカレーター式に進学した樹里に、男が近づける隙はなかったはずだ。
しかも、あのボディガードときたもんだ。
もっと早く樹里に出会えていれば!
もっとチャンスがあったはずだ。
けれど、これからも必ず樹里を手にかけるチャンスがあるはずだ、オレはそう信じて1年間、ずっと樹里を監視しているのだ。
なんとか調べた情報によると、中川樹里は大学の2年だ。
家族は大企業の取締りを務める父親とカルチャースクールを運営する母親、そして一つ年上の兄がいるようだ。
とにかくこの兄と仲が良く、よく二人でどこかへでかけている…。
駅の2階にある喫茶店からガラス越しに迎えを待つ樹里を見つめる。
行きかう人々がちらちらと樹里を見ては、ため息をつくように見惚れて通り過ぎる。
やや離れた場所に止まっているあの紺のセダンが、ボディーガードだ。
迎えの車に樹里が乗り込むのを確認したあと、どこかへ去っていくのだ。
こうやって樹里を上から眺めながら、オレは毎日色々なことを想像する。
樹里を車に連れ込んだら、まずは薬で眠らせよう。そして誰もいない、誰も気づかない場所へ連れ去るのだ。
そこで思う存分にあの体を味わう。
今までの女たちより、さらにいっそう手の込んだ方法で。
そして最後には樹里のほうからオレを求めてくるようにしてやるのだ…!
オレがそんなことを考えているうちに、いつものベンツがロータリーに入ってきた。母親の方の車だ。
樹里がゆっくりとした動作でその車の助手席にすべりこんだ。
車が、ロータリーを出て行く。
オレはそれを見てから、伝票を手にとって席から立ち上がった。
次は家の前で張り込みだ。
樹里の家の様子がよく覗え、しかもうまく隠れられる、いい場所があるのだ。レジに進んで清算をすませる間、あの紺のセダンが走り去るのが横目に見えた。
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