デリシャス・フィア──2_ハッピーライフ-官能小説(happylives-novel)

牝獣(ひんじゅう)となりて女史哭(な)く牡丹の夜 ——日野草城

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デリシャス・フィア──2

15-06-14 10:49

この話はつづきです。はじめから読まれる方は「デリシャス・フィア──1」へ

_現場は4階建てショッピングモールの2階にあるトイレだった。
_2階部分はフロアのほとんどがレディス向けのショップになっていて、とうぜんトイレの利用客も男性よりも女性のほうが多い。
_しかし時刻が22時過ぎと夜遅かったため、当時は人影もまばらで、1階の食料品売り場に客が集中する時間帯でもあった。

_被害者の女性を最初に発見したのは、市内の大学に通う植原咲(うえはらさき)。
_彼女がその異変に気づいた時、それは自分を盗撮しようと隣の個室から仕切りをくぐって忍び寄る携帯電話のカメラだと思っていた。
_盗撮目的で誰かが女子トイレに侵入するといったニュースもめずらしくなくなっているから、彼女もそれを疑わなかった。
_彼女の悲鳴を聞いて駆けつけた女性スタッフに事情を告げ、すぐに警備員を呼んでもらった。
_あたりは騒然となる。
_警備員が到着する。
_女子トイレの入り口付近で二人の女性がひとかたまりになっている。
_女性スタッフと植原咲だ。
_二人をよそ目に警備員は個室の扉をノックして呼びかける。

……。

_返事はない。
_物音もしない。
_扉に鍵がかかっているのを確認すると、ぺっぺっと両手のひらに唾を飛ばして、クモ男顔負けの身軽さを見せた。
_彼がよじ登った扉の向こうの個室内に、そいつは居るはずだった。
_彼の目がそれを捉えた。
_たしかに誰かいる。
_だが、予想していたような変質者的な風貌とはちがって、一糸まとわぬ美しい女体の持ち主がそこにいたのだった。
_徳寺麻美(とくでらまみ)、20歳。
_植原咲とおなじく市内の大学に通う女子大生だ。
_彼女はほとんど意識のない状態で床面に座りこみ、着衣のない手足をだらりと投げ出していた。
_その左手に握られていた携帯電話が無意識のうちに仕切りをくぐって、それを目撃した咲が盗撮だと勘違いして悲鳴をあげたのだった。
_麻美の体には強姦の痕跡があった。
_つまり被害者は植原咲ではなく、徳寺麻美だったのだ。
_警備員の主導でバリケードをはり、彼は警察に通報するために現場を離れた。
_咲はなにげなく麻美の顔をもう一度見た。

どこか見覚えがある。
おそらく同じキャンパス内で見かけた顔だ。

_なぜだか麻美の携帯電話を手にとって、セーブモードで暗くなった液晶画面を見つめた。
_そして任意のボタンを押す。
_もしかしたら自分を盗撮した画像が残っているかもしれない、と期待していた咲の脳は、その瞬間に目の前の映像をフリーズさせてしまった。
_それは待ち受け画面でも盗撮画像でもなく、受信メールの確認画面だった。
_受信時刻と送信者の下のメッセージが、見る者の神経になにかを植えつけてくる。

『キョウフノサキニカイラクガアル。トリック・オア・トリート』

_これらのことは今朝、花織が読んだ朝刊の記事にも書かれていたのだが、ただひとつ、メールの件に関してはなにも触れられていないのだ。
_なぜなら植原咲が、徳寺麻美の携帯電話とともに行方不明になってしまったからだった。
_デリケートな内容の事件であるために、被害者や行方不明者の実名などはいっさい漏らされていないということだった。

「しばらく合コンはパスね」

_霧嶋優子(きりしまゆうこ)と待ち合わせたカフェで、バジルのきいたパスタをフォークに巻きつけながら岬花織(みさきかおり)は言った。

「パス何回目よ?」

「過ぎた事は忘れることにしているの。そういえばこのあいだ貸した千円、いつ返してくれるの?」

「それも過ぎた事でしょ?」

「死活問題よ」

_やれやれ、と優子は鼻で深呼吸して、カードで膨れた財布の中から千円札をつまみ出し、テーブルの上に置いた。
_花織の左手がそれに伸びたとき、「今朝の新聞て見た?」と今日いちばんの真顔で優子が切り出した。

「新ドラの話?」

「それってわざととぼけてる?ほら、例のアレよ、ショッピングモールで強姦事件があったっていう記事」

「それなら見たわ。あそこって私達もよく行く所だし、シャレになんないよね」

「確かにうちの学生もよく見かけるから、まさか……って事になってたりして」

「ちょっと優子、ほんとにシャレになってないし」

_そう言って花織は周りをうかがって、自分たちの話に聞き耳をたてている者がいないのを確認すると、「男性陣なら何か知っていたりして」と優子に耳打ちした。

小田くんと黒城くんか。
今回のレイプ事件をネタにマスターベーションしている人もいるだろうけど、彼らなら利害なしに何らかの解答をくれるはずだわ。

_優子がそう思うのと、花織がメールを打ち始めるのとはほとんど同時だった。

_小田から直接電話が来るときは、何かやらかそうと企んでいるときと決まっている。
_いつもならメールだけで用件を済ませてしまう、いちおう親友なのだ、と黒城和哉(くろきかずや)は小田佑介(おだゆうすけ)からの着信のコールを聞いた時点でピンときた。

「さっき花織からメールがきたよ。今朝の新聞に出ていた強姦事件に、うちの大学の誰かが絡んでいないか心配しているらしい」

「それは俺も思った。でも悪いな、これからバイトがあるんだ。小田のほうで調べておいてくれないか?」

「俺もそんなに暇じゃないんだが。まあ、研究レポートのほうも煮詰まっていたところだし、空気を入れ換えるかな」

「婚姻届を出すわけじゃないんだからさ、レポートなんて『やっつけ』だよ」

「だな?」

_女子は岬花織と霧嶋優子、男子は小田佑介と黒城和哉。
_だいたいこの四人で行動することが多く、男女の友情以上でも以下でもない関係がそこにあって、なんでもかんでもキラキラ輝いて見えた。

「くだらない事にこそ情熱を費やす価値がある」

_みんなでそんな事を言ったか、言わなかったか、なんにしろ居心地は悪くない。
_大学三年の秋、小田は自宅の一室でノートパソコンと向かい合っていた。
_いつだったか、誰かに「そんなものはナルシストの象徴だ」と嘲笑されたクラシック音楽を聴きながら、やりかけのレポートに見切りをつけて「仕事」に取りかかった。

「レポートだって、俺にとっては婚姻届みたいなものだ」

_独り言をつぶやきながらもその指先と、目線と、若き頭脳はネットワークに導かれて機械的に動作している。
_検索にヒットしたものはどれもこれも小田の興味を湧かせるものとはほど遠く、新聞記事以上の情報は得られない。

「──だろうな」

_小田はいちどコーヒーカップをあおって至福の息を吐くと、別のフォルダからサイトを呼び出して再検索した。
_通称「ディープ(深層)」と呼ばれる検索サイトで、その情報量は通常のそれとはまったく比にならないほど膨大だ。

「どれだけ隠そうとしても、出るところには出るものだな」

_小田の黒眼が収縮してなにかを捉えた。

「被害者女性、徳寺麻美さん(20)、市内S大学二年。ショッピングモール内の女子トイレで全裸の状態で発見、強姦された痕跡あり。目立った外傷はないが検査入院中。第一発見者女性、植原咲さん(19)、おなじくS大学二年。現在行方不明、被害者の携帯電話を所持しているものと思われる……か。なるほどね、花織が心配していたとおりの目が出たな」

_被害者らの実名が出たことで自分の役割を果たせたと小田は思ったが、知らされた名前が自分とおなじ大学の後輩のものだったから、さすがにやりきれない気持ちは隠せなかった。
_花織や優子に忠告する意味も込めて、この事実を彼女たちに告げなければいけないのだ。

つづき「デリシャス・フィア──3」へ


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