この話はつづきです。はじめから読まれる方は「タチとネコの関係」へ
凛の携帯にメールがきたのは昼休みの時間。
『今夜7時にいつもの場所でどう?』
外れの寂れた喫茶店、凛はほとんど飲み干したミルクティー片手に焦点の合わない
眼差しで、道行く人達を眺めていた。時計は7時20分を指している。自然と溜息が
洩れる。伝票を手に取ろうとした時、店の扉が開いた。息を切らして
入ってきたのは田所部長だった。
「ごめん。打ち合わせが長引いて。待った?」
凛は6時半から待っていた。だがどこか寂しげな笑顔を見せながら首を横に振った。
「あ゙あ゙っ、あおぅっ、あおぅっ、あわわわああっまたイっちゃう~」
田所は波打ってくねる白い女体を捕らえて離さないように、しっかりと
腰を抱えこみ、女の弱点を決して外さない舌使いで凛を狂わせる。
「もう・・・もう、ゆ・・る・して。狂っちゃううう。ひィィィ-」
田所の自宅のベッドでうつ伏せになって、凛は先程の余韻にしばらく浸っていた。
凛はこの僅かばかりの時間が好きだった。複雑な関係を一切無視し、快楽の波に
自らの魂を漂わせる。至福の時間が凛の上にだけ流れる。
「ああ、さっぱり。貴女も早くシャワー浴びてきなさいよ。いつまでも裸でいると
風邪引くわよ。沢山汗掻いたんだから」
(もうちょっとこのままでいさせて)
久しぶりになる秘密の逢瀬でリビドーを爆発させ、凛の肌は確かに汗だくに
なっていた。田所の声で現実に戻された凛は、仕方なく重い身体をゆっくりと起こす。
フラフラした足取りで風呂場に向かいシャワーを浴びた。
田所と関係を持ってもう1年になる。こういう夜を幾度過ごしたろう。田所は
相変わらず七海と凛の二股をかけているし、凛も同じように最愛の恋人、初音を
裏切り続けていた。当然七海と初音は、二人がこの1年秘かに逢瀬を重ねていた事など
知る由も無い。
「もう坂口なんかとは別れなさいよ。あんな小娘、貴女には不釣合いだわ。
早いとこ私だけのものになりなさい」
田所はいつも凛を抱くとそう言う。だが決して本気で言ってるのではないことを
凛は知っている。
「駄目よ。だって初音ちゃんのこと愛してるんだもん。私の恋人はこれからも
初音ちゃんだけよ」
「じゃあ私は貴女の何?」
「・・・セフレ?・・・でもないか。愛人・・・かなあ?」
二人はSEXする度に決まって微妙な関係について、こういった言葉遊びをする。
それがまるで正当化する儀式のように。
凛にとって田所は説明のつかない存在だった。愛してはいない。愛しているのは
初音だけである。だが田所にはそれを裏切らせるだけの魅力があった。いつも
自信満々で、男性顔負けの仕事っぷりは今でも凛の憧れである。反対に
頭が良過ぎるのか、時折見せる狡さが鼻についた。好きか嫌いかと問われれば
好きだし、彼女に対して欲情もする。背徳的な後ろめたさはあるが、基本
彼女に抱かれることは嬉しかった。
「これ、凛にプレゼント。可愛いでしょ」
そう言って田所はハートのピアスを凛に渡した。これが初めてのプレゼントだった。
「えっ、いきなりどうしたの?」
凛は突然の事に戸惑いひどく動揺した。
「あら、好きな人にプレゼントしたらおかしい?貴女は憶えてないのかもしれないけど
1年前の今日、私達初めて結ばれたのよ」
実は凛も知っていた。だが何も期待してなかったし、そういう関係ではないと
自分に言い聞かせていた。それだけに嬉しくて熱いものが込み上げてきた。
思わず田所の胸の中で泣いてしまった。
「それでね、貴女が言うようにこれからもこの関係が続くように、このピアスを
秘密の合図にしない?凛がこれを付ける日は私から誘ってもOKという意味。どう?」
凛は泣きながらコクリと頷いた。そしていつかは訪れるだろうこの関係の終わりが
怖くなった。
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