「智子さん、今更気にしても仕方ないわよ」芳美が自分に言い聞かせるように言った。智子は芳美をちらっと見て、「ええ・・・」と小声で答えた。「もう引き返せないんだから」「・・・」「後悔しとるのか?」僕が聞く。「いえ」智子はきっぱり否定した。それから皆黙々と食べ続けた。気が付けば、混んでいた店内もいつの間にか空いている。悠然と食べていたら、僕の携帯電話が鳴ったので胸のポケットから取り出した。「あ」友里恵さんからだ。『何だろう』「もしもし」<久し振り。あれからどうしてるの?>「普通にやっとるよ」<今、何してる?>「「・・・女たちと食事しとるんだ」<・・・>「女三人とね」<・・・>「君も来れば良かったのに。楽しいよ」<・・・それ、本当なの?>怪しむように声の調子!
下がっている。「本当さ。人妻二人と、叔母さん一人」<何だ、変な言い方しないでよ>それから少し間があった。<ねえ、会いたいんだ>「俺の事、もう嫌いなんだろ?」<そんな事ない>「学校じゃ冷たいじゃないか」<それは・・・>「皆の目が気になるのか?」<ええ・・・。それに、雄君、私の事あんまり構ってくれなかったし・・・>「・・・」<ねえ、駄目?>「そりゃ、いいけど・・・」<ありがとう。今日、会えない?>「今日は・・・」僕は女たちを見た。電話の相手が同性だとわかって彼女たちは食事をしながらこちらを見ている。「ちょっと無理だな」<そう・・・。じゃあ、あした学校が終わってからならいい?>「いいよ」<じゃあ、あした学校でね>「うん」電話を終えて携帯をポケットに戻した。!
「誰からですか?」芳美が意味ありげな笑い!
浮かべて尋ねた。「学校の友達」僕はナイフでステーキを切る。「彼女ですか?」「まあな。だけど、まだ抱いてないよ」「・・・」「気になるのか?」「別に」「高校生はぴちぴちだけど、まだ青いからな」心にも無い事を言ってステーキを口に運んだ。その心の中を見抜いているのか、芳美は一層意味ありげに笑っている。 遅い昼食を終えて店を出、車に戻った。いよいよ別れ別れか・・・。「このまま皆でどこかへ行ってしまいたいな・・・」芳美が運転席にもたれてぼんやり呟いた。「私も・・・」助手席の智子も同意した。「蒸発か?」僕が軽い調子で言う。「どこへ行くの?」加奈さんも何気無く言った。沈黙が続いた後、芳美が、「テレビで公開捜査ってあ!
るけど、ああいう人たちって自分の意志で行方をくらましているのよね」と言った。「・・・近所の主婦同士が一緒にどこかへ行っちまった例もあるぞ。旦那が探してた」「私がもしいなくなったら・・・」智子が言い掛けてやめた。夫や子供のいる身にとっては円満に解決出来そうもない重い現実が待ち受けている為、それらからいっそ逃げてしまいたいのだろうが、まだ理性があるのだった。僕だって、叔母と密通している事がばれるのが怖いから逃げたいけれど、学校がある。「はあ・・・」どうにもならない中、芳美はエンジンを掛けた。 道を間違えながらもようやくおばあさんの家に着き、加奈さんと共に玄関に入った。「こんにちは」返事が無いので、大!
な声でもう一度「こんにちは」と言ったら、「はあ!
い」という返事が聞こえ、しばらくしておばあさんが現れた。「雄ちゃん、遅かったんだね」「はい、すみません」おばあさんは加奈さんを見て、「おまえ、本当に治ったのかい?」と疑うように娘の顔を見詰めた。加奈さんは上目づかいで、「お母さん?」と聞く。「そうだよ!私だよ!」おばあさんは満面笑顔で娘の背中を何度も軽く叩き、「治ったんだねえ!」と僕に言った。「少しは思い出したようですが・・・」と答えると、「いいんだよ!これから少しずつもっと思い出していけば!さあさあ!」おばあさんは嬉しそうに娘を上げさせる。「雄ちゃんも上がって」「すみません、僕はもう・・。人を待たせているので・・・」「そうかい?」おばあさんは残念そうに言った。「じゃあ、これで・・・」「うん、お母さん!
よろしくね」「はい」僕は軽く頭を下げて玄関の戸を開けた。気の進まない役を終えて後部座席に着く。「どうでした?」智子が尋ねたので、「おばあさん、喜んでた」と答えた。「治ったと思ってるんですね」「・・・」おばあさんは、加奈さんが記憶を取り戻した理由を聞くだろう。そうしたら加奈さんは何と答えるのか・・・?高校時代の友達が僕に強姦されて泣いている光景を見て自分の屈辱の体験を思い出したなどと答えられたら・・・胸に鉛が入ったような重苦しさを感じ、強い不安を覚えた。 車は〇〇駅に向けて走った。いよいよ三人別れなくてはならないのでほとんど会話は無く、ラジオから流れてくるベストテンの流行歌などを漫然と聞い!
いた。三人それぞれ現実の壁を前にしてなす術も無!
。自分たちが非常識だという事は承知していたけれど、あまりの快感の虜になっている身、理性ではどうしようもなかった。もしも自分が一人暮らしで働いているなら・・・もしも自分が独身で子供がいなければ・・・などそれぞれ都合の良い事を考えていた。
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