牝獣(ひんじゅう)となりて女史哭(な)く牡丹の夜 ——日野草城
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15-06-14 01:12
「おっ! これいいね!」
朝刊の折り込み求人広告に、そばの袋詰め作業のバイトが目に留まった。
時給1000円、年末の10日間、しかも自転車で行ける距離で、この辺では誰もが知る製麺所だ。
僕は32歳。精密機器工場で働いていたが退職し、年末のバイトを探していたのでちょうどよかった。
さっそく電話をかけ面接すると、その場で採用された。
初日の朝、20人ほどのバイトが一カ所に集まり自己紹介をしていると、背後から声を掛けられた。
「ちょっとごめん、そこのふたり。荷物降ろすの手伝ってもらえるかな」
「あ、はい、いいですよ」
僕と隣に立っていた男性はこの場を離れ、製麺所のロゴマークが印刷された段ボールをトラックから降ろし、元の場所に戻るが誰もいなくなっていた。
「あれ? いなくなっちゃいましたね」
「そうだな、どこ行っちゃったんだ」
この男性は加藤さん40歳。
道路工事の作業をしていたが、ケガをして辞めたという。
スキンヘッドでヒゲを生やし、サーフィンが大好き。
日焼けで顔が黒く、背は低いがムキムキのマッチョだ。
周りを探してみるが見当たらなく、事務所へつながる階段を上ると、先ほどのバイトの人たちが、ぞろぞろとタイムカードを手にしながら降りてきた。
どうやらタイムカードを作ったようなので、加藤さんと事務所に入ると、いきなり事務の女性に怒鳴られ面食らった。
「2枚余ったと思ったらあなたたちね! 何やってんのよ!これから忙しくなるんだから。もう初日から勘弁してよね。ほら、さっさと名前書いて!」
「……は、はい」
あまりに突然怒鳴られたので言葉が出ず、積み降ろし作業を手伝っていたとは言えずにタイムカードに名前を記入するも、加藤さんは眉間にしわを寄せ「なんだコイツ」と言わんばかりの表情をみせている。
「裏にも書くのよ裏にも! まったくあなたたち見てるとイヤになってくるわ」
僕たちは事務所を出て、タイムカードを置きにロッカーへ向かった。
「なんなんだよアイツ、ムカつくよな!」
「そうですよね、作業手伝ってたのに。あんな言い方されたらムカつきますよ」
初日からイヤになったのは、こっちの方だ。
女性はそばをパッキングして、男性はそれを段ボールに詰めて移動させる単純作業が始まると、「中里さん、これよろしくね」と男性社員が書類を渡したので、このムカつくオンナの名前は中里だと知った。
しかし、ここでも中里は作業を手伝いながら、罵声をあげる。
「あんたたち遅いわね、もっとてきぱき動けないの。これじゃ、いつになっても終わらないわよ。ただやるだけじゃなくて、効率よく動きなさいよ。頭を使いなさい頭を」
作業を始めて1時間もたっていないのに、効率よくなんて言われても分かるわけない。
それからも「口を動かさないで、手を動かしなさい」や「今年のバイトはダメね。去年の方がずっとよかったわ」など、いちいちムカつくことを口にする。
1日分のそばのパッキングが終了すると女性は先にあがるが、まだトラックに積む作業が残っているので、近くに住む男性4人が残った。
すべて積み終わると7時を回り、トラックはこれから千葉の物流センターまで行くので、往復すると帰りは12時近くになってしまうとドライバーは言う。
タイムカードを押し、僕たち4人は更衣室のロッカーからバッグを取り出し帰ろうとすると、女子更衣室から中里の声がした。
「表は閉めたから、裏から出てね。分かった?」
登ってきた階段は、いつの間にか電気が消え真っ暗になっている。
4人は首をかしげ、裏と言われてもどこか分からないし、なんせ今日は初日だ。
「ねえ、分かったの? 何度も言わせないでよね」
「あの、すいません、裏ってどこですか?」
「まったく……」
あきれた表情で更衣室から出てきた中里は、茶色のダウンジャケットを羽織り、真ん中のチャック部分を手で押さえているが、どうやら着替えの途中のようで、服を身に着けていない胸元が大きく開いている。
そんな胸元に思わず目が行ってしまった。
「そっちよ。階段の電気消えてるからつけなさい」
「はい分かりました、お疲れさまです」
僕と加藤さん、それに古田くんにアキラくん。
最後まで残った4人は商店街を歩くと居酒屋が目に入り、夕食がてら寄ることにした。
古田くんは大学生。喋り方がチャラく黒縁メガネをかけ、オリラジの藤森に似ている。
そしてアキラくんは高校2年生の野球部員。
短髪がいかにも野球部員らしく、とても礼儀正しい。
「それにしても中里ムカつきますよね。朝から事務所で怒鳴られましたからね」
「まったくあれには参ったよな。俺たち手伝ってたんだぜ」
4人は料理をつまみながら、1日のため込んでいた怒りを吐き出すように、中里の話をした。
「ところでよ、さっきの中里セクシーだったよな。アイツ性格悪いけど、なかなかイイ女だと思わね?」
「ですよね、僕も思ってましたよ。スタイルもなかなかいいし、顔だって見た目はいいと思いますよ」
そうか、やはりみんな同じように思っていたのか。
中里はおそらく30歳を少し越したくらい。
中背で、肉付きのよいがっしり体型。
キリッとした目に大きな口と分厚い唇はセクシーというよりか、はっきり言ってエロい。
人妻系のAVに出てきそうなタイプで、クールな雰囲気を持ち、有名人だと夏川結衣さんに近いと思う。
散々愚痴を言っていたのが、いつの間にか話の内容は「中里ってイイ女」に変わっていった。
「なあ、あのダウン姿の時によ、犯しちゃえばよかったな。配達のトラックだって12時近くまで戻ってこないんだろ」
「ははは、いいですね加藤さん。なんか中里ってエロそうじゃないですか」
イイ女話からエロ話に変わり、4人は今日が初対面ながらも、尽きることなく会話は弾んだ。
バイトを始めて3日目のこと、お昼の休憩が終わり作業場へ戻る途中、中里が近寄り加藤さんに用事を頼んだ。
「ねえ、加藤さん、あなた今日は車で来てるんでしょう?配達行ってるんだけど、渋滞にはまって戻って来られないのよ。そろそろ行かなきゃならない時間なのに困ったのよね。お願いできないかしら?そんなに遠くない場所だから、2人で行ってきてほしいの」
「もちろんいいですよ」
「それは助かるわ。伝票渡すから事務所来て」
納品書を確認すると、配達するデパートやスーパーは、カーナビを使わなくても、2人ともすべて知っているところだ。
「それじゃ、よろしくね」
段ボールに入ったそばを加藤さんの軽ワゴンに積み、納品先へ車を走らせた。
「うわっ、こっちも渋滞か。やっぱみんな考えることは同じだな」
すべての納品が終わるも、来た道の国道は渋滞で動かない。
加藤さんはかなり遠回りになるが、国道よりは空いているだろうと予想し海岸線に出るが、状況は同じだった。
渋滞にはまり、加藤さんはタバコを吸いながらボーっと外を眺め、僕はスマホでFacebookを見ていると、左のラブホテルから1台の車が出てきて、加藤さんは僕の肩を強く叩き大声を上げた。
「お、おいっ!! 見ろよ!!」
「えっ、どうしたんですか急に? あっ! あーっ!!」
なんと驚くことに、ラブホテルから出てきたのは中里だ。
「なあ、このベンツって……」
「ですよね、これ社長のベンツですよね」
ちょっと古めのシルバーのベンツは、何度か駐車場で目にしているが、社長は見たことない。
中里は僕たちに気付くと目が点になり、青ざめた表情をしている。
左ハンドルのベンツなので、助手席に座る中里はもろに見える。
社長は加藤さんの車も、僕たちの存在も知らないので、ウィンカーを出しながら、平然と道を譲ってくれるのを待っている。
「こりゃ、すげーぞ」
加藤さんはスマホを手にして写真を撮り、僕はFacebookにアップするために、いつもコンデジを持ち歩いているので、急いでバッグから取り出して中里を撮り、なかなか車は動かないので、動画でも撮影した。
「いいの撮れましたね!」
「おう、バッチリだな!それにしても仕事中にホテルで社長とセックスかよ。いいな、オレにもやらせてくれねえかな」
車内は中里のエロ話で盛り上がっていると、前を走るベンツは左折してどこかへ行ってしまった。
「面白の見せてやるよ」と古田くんとアキラくんを誘い、加藤さんの軽ワゴンに乗り込み帰りにファミレスに寄った。
<続く>
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