牝獣(ひんじゅう)となりて女史哭(な)く牡丹の夜 ——日野草城
高校の同級生に、ボーイッシュな女の子がいた。名前は麻美。華奢だけれどパワフル、一人称は「わたし」だが少し乱暴な言葉使い、下ネタにも顔色一つ変えない。胸も小さく校内ではいつもジャージ姿で、スカートをはいている所をホトンド見たことがなかった。中型バイクを乗り回し、平気で雑魚寝・野宿をするような子だ。 けれど嫌味な感じはなく、自然に女を意識させないそんな感じ。工業高校で周りが男ばかりというのもあったのかもしれないが、仲の良い男友達のウチの一人という扱いだった。そんな麻美だが、俺は意外な一面を見たことがある。渡り廊下ですれ違った麻美と、冗談を交わしていた時だグラッそんな音が聴こえるような揺れだった、俺も一瞬びくっとするほどの地震。「ヒャッ」黄色と桃色を足したような、甘い声だった。麻美の白い手が、俺の制服の襟元をしっかり握っている。すぐに収まった揺れに、落ち着きを取り戻した俺。「お前、なんて声だしてんだよ」「あ…」みるみる顔色の変わっていく麻美。そして襟をいっそう強く握られ、俺は壁にドンと押し付けられた。「い、今のなし…」麻美は顔を下に向けたまま小さくつぶやいた、イヤ正確には顔を上げられなかったのだろう。「ブフッ」たまらず吹き出した、可笑しくてしかたなかった。クラスの仲間に見せてやりたかったぐらいだ。皆の進路も大体決まり、登校日も減った頃の事。卒業旅行というわけではないが、クラスのバイク仲間でツーリングに出かけた。俺、麻美、他の男二人。かなり長距離を走り、コンドミニアムとは名ばかりのプレハブ小屋についたのは夕方の事だった。体力にはソコソコ自信のある俺でさえ、疲労で腕がシビレ、尻が痛い。男でさえそうだというのに、麻美はピンピンして軽口を叩いていやがる。ぎこちなく歩いていた俺の尻を、パーンと叩いてなんだよ、だらしね〜ぞ?というような顔で笑いやがった。やっぱアイツはスゲーな…口にはださないが、日頃から認めざるえない事だ破格の安い料金なのだから文句は言えないが、宿泊場所はチャチな作りだった。軽く料理の出来る台所と、8畳ほどの畳の部屋。色気も何もあったもんじゃねぇ、テレビすらねぇときた。ところが、備品で麻雀牌が借りられる事が解かったのだ。「お?、麻雀牌あるみたいだぞ」「おお、やろうぜやろうぜ」色めき立つ男ども。「三麻ってどうやるんだっけ?、マンズ抜くんだっけか?」「大丈夫、俺ルールしってるからかりに行こうぜ」その時、畳の上に大の字で寝転がって伸びをしていた麻美がヒョイと首をあげた。「ん?、わたしも麻雀できるぜ?」「なっ、マジで?」「さすが麻美!」「お前カッコイイなぁ〜」麻美はそしらぬ顔をしていたが、まんざらでもなさそうだった。誰もこの時には、後に待ち受けている出来事なんて露ほども想像していなかった事だろう。なにもないが滅茶苦茶楽しかった、コンビニで仕入れてきたレトルトや惣菜が不思議なほど美味かった。麻美とから揚げを取り合いながら、ビールを飲む。本当は飲めない俺が、その場の勢いで1缶開けて自分のガキ心を満足させていた。だがビール2缶飲んだ上に、俺の口をつけただけの2缶目まで綺麗に飲み干した麻美を見てションボリ。酔いのせいか、麻美とかなりじゃれた覚えがある。そんな流れのまま、メインイベントの麻雀へと突入したのだ。「レートどうするべ?、点5くらい?」「点5ってどれくらいだっけ?」「千点50円だよ、箱で1500円」「えーまてよ、俺全然金ねー」いつも特に金の無い、「金無し」が真っ先に言った。なにしろ貧乏高校生どもだから金なんてある訳がない。すると器用に牌を積んでいた麻美が「麻雀、賭けずにやっても面白くないじゃん」事もなげに言いやがった。うおっ、ノーレートでやろうと言おうとした俺が恥ずかしい…他の男二人も同じ気持ちだったろう。「脱衣麻雀にするかっ!」金無しの言葉だった。「おお〜、面白れぇかも」もう一人がニヤニヤしながら、手をポンと鳴らす。「はぁ?、馬鹿じゃないの」さすがの麻美も、焦って甲高い声を上げた。今まで観た事の無い、麻美の慌てふためく姿に俺は調子に乗っていた。「−10ごとに一枚脱ぐって事にすると丁度よさそうだな」「明日も早いし、ハンチャン2回くらいか」顔を少し赤くし始めた麻美から、目が離せなかった。「まてって、お前らの裸なんて見たくねぇ〜しっ」ムキなって抵抗していた麻美だが「なんだよ麻美〜、お前恥ずかしがるようなタイプじゃないじゃん」何の気無しに言った俺の言葉が、予想もしない効果を見せた。一瞬「え?」という顔をした麻美。「ま、まぁ、そうだけどさ…」一気にトーンが落ちていく。「よーし開局開局〜」俺は揺れる麻美にとどめをさすように、サイをほうり投げた。俺にしたって実戦経験がそれ程豊富という訳ではなかったし、別に麻美を狙い打とうなんて浮かびさえしなかった。金無しにいたっては、完全に「絵合わせ」「初心者」レベルだという事がすぐ解かった。それに比べ麻美はナカナカ打てるようだ、キチンと押し引きが出来ている。「脱衣」なんてことはスッポリ抜け落ち、純粋に麻雀を楽しんだ。金無しがリーのみカンチャンを二度も一発でつもったり、俺が初のリャンペーコーを上がったり、麻美が白中さらしてビビらせたりと大盛り上がり。終わってみればかなりのいい勝負。麻美が-10程、金無しが-20程だった。怪しげな鼻歌を歌いながら靴下をほッぽり、シャツをシナシナと脱ぐ金無し。俺たちは下品な手拍子と喝采を送る。麻美は体育座りの格好で足をチョコンと浮かすと、スポンスポンと両足の靴下を引っこ抜きほうり投げた。目に飛び込んできたのは麻美の小さな足の指、赤みがかっていてまん丸で女の子の指だった。ドキッとして顔を上げると、両膝を胸に抱え込みその上にチョンと頬を乗せている麻美と視線が絡む。「なんだよ?」目が挑戦的にそういっている。俺は慌てて目をそらした。夢中になっていたらしい、気が付けばかなり良い時間なっていた。早く終わらすため&メリハリをつける為に最後のハンチャンを「割れ目」でやる事に。金無しに「割れ目」を説明する麻美は、このルールが自分を剥く事になるなんて思っていなかっただろう。その場に居る誰もが思っていなかったはずだ。ラスあがりの俺がサイをふる、自5そして自9「俺が起家か〜」もう一度振ると出た目は右10、麻美の割れだった。「よーし、一気に終わらすよん」麻美は歌うように言って、俺にウインクしてきやがった。「なんだよ、俺狙いかよっ」嵐の前の静けさ、和やかな笑い。親の俺の配牌はまったくやる気がない、出来面子がないうえペンチャンが目立つ。唯一光ってるドラトイツをなんとか生かしたいよな〜赤セットが集まってきた時などもそうだが、こんな時はえてして手が進まない物だ。だがこの日の俺のツモは凄まじかった、面白いようにシャンテン数を減らしていく。しかし、それは俺だけではなかったようだ。6巡目ぐらいだったろうか、麻美の張りのある声が響いた「リーチ!」「げっ、はえ〜」「マジかよ、割れリーかよ〜」麻美は得意満面という感じで、俺に目配せしてきやがる。俺にだせってことか…わけのわからん「一発ツモの歌」とかいうのを楽しそうに歌い始める。対面、金無しと二人とも安牌を手出し。実はこの時俺の手はイーシャンテン。待ち牌はドラトイツとのシャボ受けと、カンチャン一つ。ちと厳しいし、危険牌なら当然降りる気でいた。ところが、ツモってきたのが事もあろうかドラ牌。おれはのけぞった、出上がりは効かないカンチャンだがリーチすればマンガンか…チラリと麻美を見ると、ニヤニヤ笑ってやがる。ムクムクと日頃の対抗心が首をもたげる。ここで振っても笑いが取れそうだな、よしっ! 俺は決めた「とーらばリーチ!」麻美の顔からみるみる血の気が引いていくのが解かった。反して場は一気に盛り上がる。恐る恐るツモ牌に手を伸ばす麻美の顔が忘れられない。それはもう、完全にか弱い女の子の顔だった。あまりの弱弱しさに、追っかけた事をチト後悔したほどだ。なんだろう、ある種予感のようなものが頭をよぎった。はたして麻美の白い指から、こぼれるようにして落ちた牌はまさに俺の待ち牌。「一発!!、12000は24000!!」ドッと爆発する場の空気「おおぉぉぉぉ!!!」「まてっ、まてまて、リー棒でてるから丁度0点?」「0点は飛びじゃないよな」「お、おう!こっからだよ、こっから」麻美は気を取り直すように、強がっていたが潤んだ目が完全に泳いでいた。小さい手がシャツの胸の辺りを握りしめている。牌牌を積もってくるのにも、手がおぼつかない。決着は直ぐについた、ノーテンでも飛ぶ麻美が金無しのリーチに振り込んで終局。「きたー!!」「あっけね〜、東1で終了かよ〜」「24000は酷すぎるよな」その時おれは考えた。イヤ、ちょっとまて、そんなことよりも麻美は-30だろ?シャツを脱いで、ジーンズを脱いで、もう一枚は… ブ、ブラか?「麻美-30か〜、3枚ぬ…」男二人も何かに気が付いたらしい。3人の目線が、ゆっくり麻美に集まっていく。テーブルに突っ伏していた麻美が、ガバッっと立ち上がった。「おおおお!」「麻美行け〜!!」金無しが手拍子を始める。俺はこの時でも半信半疑だった、ホントに脱ぐのか?そんな訳ないよな?そんな俺の気持ちはよそに、小さな指が裾に掛かりシャツがゆっくりめくられていった。陶器のような白い肌が、あらわになっていく。無駄な脂肪のないなめらかなお腹、控えめなオヘソ、うっすらと見える肋骨。動悸が激しくなっていくのが自分で解かった。頭の中が揺さぶられているような気がした。麻美は意を決したように一気にシャツを頭から抜き、乱暴に投げ捨てた。スポーツブラに近い、質素な水色のブラが飛び込んでくる。麻美らしい、とても似合う物だった。麻美はすぐに前かがみになってしまう。だが、ブラを隠したわけではない。ジーンズのボタンをはずし、一気にズリ下げる。細めの艶のある太ももが眩しい。麻美は片足を抜くと、もう片方の足でジーンズを蹴り捨てた。小さな白い布切れを少しズリ上げる。そして麻美の動きが止まった。華奢で小さいが、スリムな体は蛍光灯の光を反射させていた。そこに居るのはいつもの麻美ではなく、幼さはあるものの女性の体をしたまぎれもない女の子だった。漫画雑誌のミス〜というようなグラビアの子達から、お尻と胸を一まわりか二まわり小さくした、そんな感じだ。俺も男二人も無言で固まっていた。スタイルの良さに完全に見とれていた。普段スポーツ刈りに近い髪形をしているので気にならないが、本来麻美は顔も十分可愛いのだ。美人ではないが、キュートと呼ぶにピッタリ。その麻美の顔が恥ずかしそうに伏せられ、まつ毛が震えている。麻美の体が鎖骨のあたりまで、赤くなっていた。「も、もう無理しなくていいぜ?」無意識のうちに、上ずった声が俺の口から出た。それなのにその俺の声に弾かれたように、麻美の腕が背中にまわる。緊張を解かれた紐が緩む、胸の前でブラがすこし下がる。なにかスローモーションを観ているような、現実感のない情景だった。金無しが唾を飲み込むのが聴こえた。麻美は乱暴に水色の布を掴み、投げ捨てた。衝撃的だった。麻美は胸が無いとおもっていたが、大の間違い。確かに小ぶりではあるのだが、お椀形をした張りのある胸がつんと上を向いていた。恥ずかしげなうす桃色の小さな先端部に、目が金縛り状態に。ヌード写真などで見る物とは全く違う、エロさが微塵もない新鮮な胸。綺麗だと本気で思った。もの凄く長い時間に感じたが、実際は数秒だったのだろう。麻美はたった今気が付いたというかのように、突然胸を腕で隠すと「もういいだろっ」慌てて服を拾い、台所へ駆け込んでいった。3人の視線は麻美の後ろ姿が消えた時にやっと開放され、はっと我に返る。男達は取り繕うように、上ずった声で大袈裟に喋り始める。ついさっきの感想戦を語りながら、山を積みドラめくりの練習を始める面々。どいつの目にも、麻美の裸体がちらついたままだったろう。ん?俺視界に、水色の物が入った。「あいつ、ブラ忘れてるよ」俺は誰ともなしにつぶやくと、立ち上がり拾いあげた。あまりの軽さにビックリしながら、俺はそのまま台所へ向かう。電気の付いていない薄暗い部屋の中で、麻美は服も着ずにボーとしていた。ギクッとした「お、おい、これ忘れてんぞ」ハッとした麻美は、俺に気が付くと「おぉ、サンキュ」とブラをひったくった。どうしても、胸のうす桃色部分に目がいってしまう。俺の視線に気ずいた麻美は、あわてて胸を隠す。「なんだよ?」口をチョイととがらせ、ちょっと睨むような仕草で言った。いつもの麻美の顔だ。安心した俺は、次の瞬間 間抜けな事をいってしまう。「ちょっとさ、さわってもいい?」はぁ?俺はなにを言ってるんだ!?麻美も完全に意表をつかれていた、あんなに間の抜けた顔を見せるのは初めてだった。俺はなんとか取り繕おうと必死に言葉を探すが、なにも出てこずますます慌てる。すると、麻美が胸を隠していた腕をゆっくりとさげていくではないか。えええ!?本格的にパニった俺は後ろを振り向く。隣の部屋では二人が牌をいじりながら「ダブル役満」がどうとか言っている、手役でも並べているのだろう。「ん」麻美の声にあわてて顔をもどす。麻美は胸を突き出したまま、じっとしていた。俺に見られないようにか、そっぽを向いている。なんなんだこれは!?薄暗さも手伝ってか、おかしなところに迷い込んだような感覚に包まれる。きっとここにいるのは俺一人だけで、目の前にあるのは麻美の体だけ。俺の視線は麻美の膨らみに釘付けになり、なにも考えられなくなった。手を恐る恐る動かしてみる。俺の腕が俺の物でないような錯覚に陥る、全然いうことをきかねぇ。落ち着け俺!鼓動が手を通して伝わるんじゃないかと思うほどうるさかった。俺の指が白い膨らみにそっと触れた時、麻美の肩がピクリと動いた。それは一瞬で、すぐにまた動かなくなった。麻美の腕がピンと張って、蝋人形のように固まっていた。麻美の胸から最初押し返されるような感触がした、張りのある弾力感。だが少し力を加えると、今度は一転して吸い付いてくるような感触に襲われる。揉むというより、押し付けるようにして胸をまわした。ポチっと飛び出す小さな先端部を親指で触れてみる。麻美の体が、小さく震えたような気がした。俺はそこまで無心だったが、どんな顔してるんだろうと気になった。目を上げてみると麻美は上気した顔を斜め上に向け、目を細くして唇をかんでいた。耐えかねたかのように、麻美の唇からフッと息の漏れる音がした。俺はたまらなくなった、抱きしめたい衝動にかられた。「ドンッ」次の瞬間、俺はおもいっきり突き飛ばされた。「はいっ、着替えるんだからあっちいってろよっ」片腕で胸を隠し、手をシッシッと振っている。「おっおう」俺の足取りは、きっと夢遊病者のようだったろう。仲間達との会話も、完全に上の空だった。手に残る感触、上気した麻美の顔、唇からもれた吐息。しかし、着替えて出てきた麻美は完全にいつもの調子にもどっていた。「おおー麻美ごくろう!」「おつかれ〜」そんな仲間達の声に「もうお前らとは二度と麻雀しねぇ」なんて毒づいている。俺もホッとしたような置いていかれたような歯がゆい気持ちながら、いつもの調子を取りもどす。ストリップの事など無かったように、その後も楽しいツーリングが続いた。麻美は言うまでも無いが、他の男二人もさっぱりした性格で俺もそこが好きだった。いつまでも悶々としていたのは、俺だけだったのかもしれない。無事に帰ってきたときには、ガラにも無く仲間達との一体感みたいな物を感じた。別れ際に麻美が恨めしそうな顔をして蹴りを入れてきた、脱がせた事、胸を揉んだ事だろうと思い少し後ろめたかった。それぞれ別の道に進んだ俺達が、その後一緒にツーリングに出かける事はなかった。だからいっそう忘れられない思い出だ。得がたい仲間達と共有した時間、ふざけあい 叱咤しあい 馬鹿をやった。そしてきっと、俺は少し麻美に惹かれていたんだろう。いや、惹かれていたんだ。卒業してから会う機会がなくなったがこの半年程の後に、たった一度麻美の事を生涯忘れられなくなる体験をさせてもらう事になる。そして麻美は地元を離れ、それ以来連絡が取れない。今となっては少し難しいのだが、いつかまたあの面子で酒でも飲みに行きたい。俺の淡い夢。俺の脱衣麻雀話は、これで終わりだ。大学生活も体に馴染み、俺は新しい環境にすっかり順応していた。そんなふうに言えば聞こえはいいが、環境の変化に多少の張りがあった生活も、すっかりだれてしまったと言った方が正しいかもしれない。しかもまさに生かすも殺すも自由な夏期休暇になると、さしてバイトも入れていない俺は悠々自適な毎日を送っていた。同級生から麻美の噂を聴いたのは、そんな時のことだ。就職した麻美に遠慮し、俺はしばらく連絡をとっていなかった。正直に言うと麻美の電話番号をディスプレイに表示させて、ただ眺めるなんて事が何度かあったのだがそんな事はどうでもいい。なんでも麻美は、就職先でかなりの才能を発揮していたらしい。上司にも気に入られ、それなりの肩書きまでもらっているそうだ。少しも不思議じゃない。いかにも麻美らしい、いや麻美なら当然だろうと思った。何故か俺が誇らしい気持ちになる。だが重要なのは、ここからだった。その目をかけていてくれていた女性上司が、地方で新しい店を手がける事になったらしい。それに一緒にこいと誘われ、OKしたとの事だった。行動派で決断の早い麻美の事だ、二つ返事でOKしたのだろう。直接なんの連絡も来ていないことに一抹の寂しさを感じながらも、堂々と連絡する理由ができたとに俺は喜んでもいた。「よ〜う、久しぶりじゃんか〜全然連絡くれないから、てっきり私捨てられたのかと思ってたよ〜」しょはなっからハイテンションで電話にでた麻美は、俺が知ってる麻美以外のなにものでもなかった。まったく、どう話そうかとウジウジ考えてた自分が馬鹿らしくなる。だが麻美の本領はここからだった、俺は次々とビックさせられる事になる。まず麻美の新天地がとんでもない僻地だという事、ちょっとやそっとで戻ってこれる場所じゃない。しかも夏休み開けにはすぐに引っ越すという事。残りはもう一週間もなかった。続いて、つい最近バイクで転んで怪我をしたという事。そしてそれを期に、あんなに好きだったバイクを止めたという事。休む間もなく突きつけられる、驚きの連続。とりあえず二日後に会う事に。「どこ行くか、なんだったらバイクだそうか?」「実はさ、まだちょっと足が痛いんだぁ」「マジで?、ホントに大丈夫なのかよ?」「いや大した事ないんだけどさ、ちょっと出歩くのは辛いからウチこない?」なんでも高校卒業と同時に両親は田舎に帰ってしまい、今は会社で借り上げてくれているアパートにすんでいるらしい。「おっけーおっけー」「手土産わすれんなよなっ」「お前ふざけんなよ?」数ヶ月の間話していなかったとは思えない。高校時代そのままの、麻美との会話がめちゃくちゃ楽しかった。待ち合わせ場所は、麻美の家の最寄り駅。そこに現われた麻美を一目みるなり、俺はかなり動揺した。あのスポーツ刈り頭は微塵も無く、ふわっふわのショートカットになっていた。それは顔の小さい麻美にピッタリマッチしている。そしてなにより、あの麻美がスカート姿だったのだ。小柄でキュートな女の子、実際すれ違う男の視線を何度か引き付けていた。「あぁ、麻美ってこんなに可愛いかったんだなぁ」そうシミジミ思った。俺の視線に気づいた麻美が、コツンと蹴りをくれる。「なによ?、私だってスカートくらい履くのよ」チョット拗ねた様に口を尖らせる。「あ、いやさ、予想外に似合ってたからさ」「ドカッ」すかさず強烈な蹴りが入る。「イテッ!、おまえ足平気なのかよ?」「あぁうん、たいした事ないんだって、なんか捻ったみたいになっちゃってさ違和感あるだけ」「単独だったの?」「実はさ…、たちゴケしちゃって…」麻美はバツが悪そうに頭をかいてみせた。「はぁ?、お前が?、なにやってんだよ」「仕事帰りでボーっとしてたみたいでさ、会社からバイクやめろって言われちった」「そっか…」「まぁどうせ向こうにバイク持って行くのは無理だったしさ、思い切って手放したんだ」俺は上手く言えない寂しさのような物を感じたが、麻美自身はもっとそうだっはずだ。沈んだ空気を蹴散らすように、麻美が声を上げる。「で、その手にもってる袋なによ?」「あぁ、近所にケーキ屋が出来てさ、結構有名な店らしいのよ」ケーキを受け取った麻美は、悪戯っぽい目をして言った。「お?なんだよ、私に小細工使うようになったんだ?」「お前が手土産もってこいっていったんだろ!」すかさず麻美も言い返してくる。「私がそんな図々しい事、いつ言ったよっ」はぁ、おれは大袈裟にため息をついて見せる。「お前っばかっ、それケーキだって、ブンブン振り回すなよっ」「遠心力〜」麻美は、ケーキの袋を楽しそうに振り回していた。まったく…一緒に歩いていて思った、俺たちってずっと兄妹みたいだったな。いや、姉弟かもしれんが…少しドキドキしながら入ったその部屋は、いかにも麻美らしい部屋だった。色気のあるものは皆無。機能的で必要な物が必要な所においてある、そんな感じ。そして部屋に不釣合いな馬鹿でかいベットだけが、やけに自己主張していた。どうしても俺の目が、そちらに行ってしまう。なにかよからぬ妄想をしそうになる自分と闘っていると、麻美がキッチンから皿を取り出して出てくる。「そうそう、ケーキあるんだけど良かったら食べない?」「俺が買ってきたんだろ」「まぁまぁ、遠慮しないで」「お前が遠慮しろっ」正直助かったよ麻美。それから俺たちは、時間を忘れて喋りあった。こんなにも喋る内容があったのかと思うほどに。話に合わせてクルクルと動く麻美の表情、アクションを見せる腕、滑らかに動く指先。いくら見ていても飽きなかった。一番多く話したのは麻美の仕事の話。仕事の話をする麻美はイキイキと輝いていて、饒舌だった。本当に仕事が楽しいんだな。俺はそんな麻美を、誇らしく思い、羨ましく思い、なぜだか寂しくもあった。実際にその仕事が、麻美を遠くへ連れ去ろうとしているわけだ。そう思うと、俺の気持ちがますます沈んで行く。胸と腹のあいだ辺りに押さえ込んでいた「モヤモヤ」みたいな物が、一気に膨らんだ気がした。「お前、ホントに行っちゃうんだな」麻美は少し間を置いてから、力強く頷いた。「うん」「なんか俺さ、麻美にはいつでも会えるって気がしてたんだ」麻美は俺の目をじっと見ている。「うん」「また麻美とツーリング行きたいと思っててさ、行けるもんだって思ってた」「うん」「でももう、それは無いんだと思うと、寂しいな…」俺は自分のつま先の辺りを見つめて、うつむいた。ふと、自分が泣くんじゃないかと思った。すると不意に麻美が立ち上がった、そして俺の隣にやって来てトサッと座った。ピッタリと体が寄っていて、麻美に触れた部分がすごく熱く感じた。「私、上司に誘われた時ね、その場ですぐについて行こうと思ったの」俺はだまって聴いていた。「友達の事、バイクの事、家族の事、なに一つ頭に出てこなかった」「不思議なほど、障害になるものが何もなかったんだ」そういうと麻美の言葉は途切れた。でも何か真剣に考えている様子だったので、俺は黙って待った。しばらくして麻美は小さく呟くように言った。「でもさ、ひとつだけ、ひとつだけ頭に浮かんできたのが(俺)の事なんだ…」俺にとって、これ以上ない衝撃の言葉だった。後ろから頭を強くなぐられたような感覚。「ホントは私ね、黙っていなくなるつもりだったんだよ」「だから(俺)から電話が来た時はビックリした」ゆっくりと、独り言のように話す麻美。「昨日さ美容院いって、スカートも買ってきた」そういって良く似合っているスカートの裾を引っ張っる。「めちゃくちゃ緊張したぞ」照れくさそうに笑ってみせる麻美。だけど麻美はまたすぐ真面目な顔に戻る。「ツーリング行った日の夜さ、私の胸揉んだ事覚えてる?俺の心臓が驚いて、変な音を立てた。もちろん忘れる訳がない、いや忘れられる訳がない。だがその時俺は、パンチの連打を浴びたボクサーのような状態。さっきからの強烈な言葉にすっかり参っていた俺は、首を立てに振るだけで精一杯。「一緒に付いて来てくれない?って真剣な顔の上司の前でさ、何故だか私(俺)に胸揉まれた時の事思い出してんの」そう言うと麻美は、自分の膝に顔を突っ伏して可笑しそうに笑った。いつまでもそうして肩を震わせているものだから、俺は一瞬麻美が泣いているのかと思った。次の瞬間サッと顔を上げ、俺の顔を見つめてきた。柔らかなやさしい目。「あの時私の事、抱きしめようとしてたでしょ?」「うん」「隣にみんながいたしさ、私恐くなって突き飛ばしちゃったの」俺はあの時の、裸で胸を隠す麻美の姿を思い出していた。麻美はコクリと喉を鳴らすと、俺の目を見たまま言った。「でもさ、私今なら突き飛ばさないと思うんだ…」KOパンチだった。目の前がチラチラして頭が真っ白になった。これは、行かなきゃ駄目だよな。俺は最後の力を振り絞るようにして、肩に腕をまわす。そしてぎこちなく麻美の体を引き寄せる。とたんに俺は麻美の匂いに包まれる。俺の胸で、麻美が大きく息をつくのが解かった。なんて細くて小さいんだ。あの生き生きとみなぎるパワーが、この体から出てくるなんて信じられない。麻美の手が俺の背中にまわりしっかりとつかまれた時、俺の頭の中は麻美だけになった。麻美の裸は透き通るほどに真っ白で、俺が触れた場所だけ赤みを帯びた。俺は麻美の体を、隅ずみまで赤くさせるので夢中になった。最初はされるがままだった麻美も、しばらくすると俺の体を撫でてくる。少しひんやりとした、柔らかな手で触られるのは夢のような心地だった。ただ触れ合うっていう単純な行為が、とんでもなく気持ちの良い事だと俺は初めて知った。財布から前日忍ばせたゴムを取り出したときの、麻美の茶化すような目が忘れられない。「なんでそんな物が入ってるんですか?」そんな風に笑っているようだった。なにか全て見透かされている気がして、俺の顔はその日で一番赤くなった。俺はそれを誤魔化すように、乱暴に麻美に覆いかぶさる。しばらくすると俺の動きに合わせて、麻美は時折小さな声を上げるようになっていた。俺はその声がもっと聴きたくて、必死で体を動かす。麻美は首を反らせ小さな顔を火照らしていた、何かに耐えるように強く目をつぶっている。小さく開いた口からは絶えず熱い息が吐き出され、時折耐えかねたように悲鳴のような小さな声が漏れる。白い手はシーツを強く握り締め、さざなみの様なしわを作っていた。そして麻美の小ぶりで張りのある胸が、弾むように上下に動く。なんだか幻想的な姿だった。いつまでもこのままいたい、そう思った。夢のような出来事なんて、いつだって一瞬ではかない。俺はすぐに耐えられなくなり、麻美の隣に倒れこんだ。急速に体から熱が逃げてゆく。充実感と気だるさ、まるで正反対の波に漂いながら体を離した後も、二人そのままの姿で長い事寝転んでいた。気が付くと麻美の手が、俺の手をしっかりと握っている。長い事一緒にいたが、手を握る事なんてなかったな。このままずっと握っていれば、麻美はどこにも行かないんじゃないか?そんな子供じみた事を考えたりした。しかし俺は、麻美の事を良く知っている。麻美は行動を始めたら、なにかに未練を残したり後ろを振り返ったりするような奴じゃない。全てを捨てて、全力で前に向かっていく。今までもそうだったし、そしてキットこれからも。そしてだからこそ俺に体を許したんじゃないか、そんな気がした。麻美は軽く目を閉じ穏やかな顔をしていた、呼吸に合わせてゆっくりと胸の膨らみが上下している。俺はそれをいつまでも眺めていた。夕方から用事があるという麻美は、俺を駅まで送ると言った。用事があるなんて嘘だろうと、俺はすぐにわかった。だが俺だって男だ、麻美の気持ちも察っしていたし覚悟もできていた。外に一歩出ると、なんらいつもと変わらない空気。部屋のなかでの、ついさっきまでの出来事が嘘のようだった。俺たちはいつもと同じように冗談を言いながら歩いていたが、駅が視界に入った時、麻美が突然腕をつかみしなだれかかって来た。最後の本当に短い時間を、俺達は無言で歩いた。駅の近さを呪うなんて、おかしな話だ。麻美の腕がゆっくり離れていった時、俺は深い喪失感みたいなものを感じた。麻美は俺の腕を放すと、スキップするみたいに ひょいっひょいっと 後ろに下がる。そして片手を上げるとニコッと笑って言った。「じゃ〜な」俺は胸がひしゃげた。その じゃ〜な の意味するところを悟ったからだ。それは「またな」とかいうニュアンスの物では無かった、本当のさようなら そういった響きだった。お互い頑張ろうな、そんなふうにも聴こえた。すぐに気を取り直した俺も、麻美の目をしっかり見つめて想いをぶつけてやった。「麻美、じゃ〜な」麻美も一瞬ハッとした顔をしたが、すぐに顔をクシャっとさせて笑った。その表情は、笑っているようにも泣いているようにも見えた。俺はクルリと背を向け歩き出すと、もう二度と後ろは振り返らなかった。振り返ったりしたら麻美に笑われる、きっとがっかりさせる、そんなふうに思ったんだ。麻美の視線を背中に感じながら、俺は構内へと入っていった。夏が終わろうとし始めている、そんな頃の話だ。休みが開け、普段の日常が始まれば時間なんてあっという間だ。時の流れなんてエスカレータみたいなもんで、いくら俺が立ち止まっていようとグングン進んでいってしまう。麻美の事も、今ではなんだか昔の出来事に感じる。その年の暮れの頃だったか俺は一度だけ麻美の携帯に電話をしてみたんだが、その番号はもう使われていなかった。「あぁ、あいつ頑張ってるんだな」そう思って俺はひとりでニヤッと笑ったものだ、清々しい気持ちだった。麻美もたまに、俺の事を思い出したりしてくれるのだろうか。そうであってくれれば嬉しいのだが、あいつは意外と冷たい奴だからな。俺には今、付き合っている子がいる麻美とは全てに置いて正反対のような子だ。のんびり屋でおっとりしていて、部屋のヌイグルミに名前をつけるような子だ。俺の携帯の通話履歴やメールは、今や八割方この子の名前で占領されている。だけど俺の携帯のアドレスには、今でも麻美の番号が残っている。もう使われてもいない番号だが、この先も消す事はないだろう。女々しいとか言うなよ、これくらいはいいだろ?この番号は俺にとって特別、お守りみたいなものなんだから。これで俺と麻美の話は完全に終わりなんだが、最近ひとつだけ思っている事があるんだ。それは、麻美がバイクで足を怪我した事。あれは嘘だったんじゃないのかと、最近思ってるんだ。小さな体でも、自在にバイクを操っていた麻美。いくら疲れていたって、あの麻美が立ちゴケなんてどうしたって考えられない。それにあの日麻美は、外傷どころか特に足をかばってる様子もなかった。会社にバイクをやめろと言われたのは本当かもしれない。向こうに持っていくのも無理だったのだろう。でも立ちゴケして、足を怪我したなんていうのは嘘だ。それはあの日、俺を部屋に誘うための嘘だったんじゃないか〜そんな風に思うんだがどうだろう?これはあまりにも都合の良い考えだろうか?もしもいつか麻美と再会する事があったら、この事を聞いてやろうと思ってる。そうしたらきっと麻美は、俺の大好きだったいたずらっぽい目を見せて笑い、蹴りを入れてくるそんな風に思うんだ。 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