牝獣(ひんじゅう)となりて女史哭(な)く牡丹の夜 ——日野草城
はじめに言おう。俺は変態だ。頭がおかしい。なんせ妻の妹である沙耶を盗撮しているのだから。俺が結婚をしたのは二年前。 一年付き合った妻と成り行きで結婚をした。式も挙げない、静かな婚姻だ。そして情けなくも、俺は妻の実家に転がり込んだ。ただ妻の家の周りの方が住みやすいし、妻の両親の勧めもあったから……そんなくだらない理由でここに住み始めた。妻には妹がいる。名前を沙耶という。義理の妹である沙耶は美しい。170cmの長身にスレンダーな肉体。肩まで伸びたやわらかなショートボブ。元読モというのも容易にうなずける美貌は、女優の真木よ○子に似ている。19歳……本当に美しい女だ。しかし彼女は実家にはいない。彼女は東京で男と暮らしている。最初それを知った時、俺は特になにも思わなかった。沙耶は二ヶ月に一回、実家に戻ってくる。両親が過保護でもちろん新幹線代は両親持ちだ。結婚して一年、それが当たり前に続いた。そんな夏のある日のこと、いつものように沙耶が帰ってきた「こーくん、ただいま」こーくんとは俺のことだ。妻がそう呼ぶからつられて呼んでいるらしい。「おかえりなさい」「あはは。まだ敬語つかうの?」そう。俺は沙耶に敬語を使う。女子との出会いをあまり経験してこなかった人ならわかると思うが、美人には見えない壁がある。こちらを妙に緊張させる雰囲気や匂い。それらはまず男から言葉を奪うのだ。俺もその一人だ。沙耶の美しさは俺を普段の俺にさせてはくれない。別に好きってわけでもないのに。「ご、ごめんね」「もう一年以上も会ってるのに変だよ。ねえ、お姉ちゃん?」妻はうなずいた。俺は笑うしかなかった。夏らしい暑い夜だった。みんな風呂に入り、俺は最後に入った。明日は出不精の俺を除いた四人でどこかへ遠出するらしい。家族水入らずはいいよね、なんて俺は笑ってた。それは本心だった。しかし、それは真夏の夜の出来事で変化する。午前二時過ぎ。みんな二階で寝ていた。俺と妻は同じ部屋で寝て、廊下を挟んだ反対側の部屋で両親と沙耶が寝ている。ふと目が覚めた。おしっこがしたくなったのだ。トイレは一階にある。俺は妻を起こさないよう、こっそり一階へ降りた。シンとした一階の廊下を抜けトイレで用を済ます。スッキリして反対側の洗面所に入った。バシャバシャと手を洗い、タオルで手を拭く。「ん?」タオルが臭い。こういうのを見ると、洗濯機に入れたくなる。俺は洗濯機を開いた。そこにはみんなの脱いだ服が入っていた。そこでふとあるものが目についた。ネットに入ったカラフルな物。そう。沙耶の下着だ。好奇心だった。あの時の俺はきっとそう言い訳するだろう。俺は無意識にそれを掴んでしまっていた。そして静かにファスナーを開く。それは紛れもない沙耶のブラとパンティーだった。俺は自分を抑えられない衝動にかられた。股間は熱くなり、手が震えた。喉も渇く。なにしているんだ、と諭す自分がどこかにいるような気がした。いや、いないかもしれない。なにより俺はその混乱が心地よく思えた。震える指でブラのタグを見る。『Eの86〜92』沙耶はEカップ。あのスレンダーに見えた肉体には巨乳が隠れていた。俺は沙耶の顔や肉体を思い返す。その瞬間、さらに股間が熱くなるのを感じた。続いて、もうひとつのブツに手を出す。パンティーは85〜90。これも素晴らしい数値だ。俺の中で沙耶というパズルが組み立てられる。ウエストに関しては、たしか沙耶は妻が感心するほどにくびれている。数値は想像でしかなかった俺の中の沙耶を具現化した。俺はまるで沙耶という一体の人形を手にしたような気がした。もう我慢はなかった。それを掴んで、俺はトイレに忍び込んだ。鍵を閉めて、改めてパンツを広げる。「あっ……」パンティーのクロッチは微かに黄色く汚れていた。それは沙耶の分泌物であり、俺にとっては沙耶の陰部への入口に見えた。気付いたら、俺はそいつを舐めていた。苦さが余計に艶めかしく俺の心をまさぐる。「!?」ポトリとパンティーを落とした。……俺はすでに射精していたのだ。翌朝、俺は眠れずにリビングにいた。一番に起きて来たのは沙耶だった。妻から借りたシャツはだらしなく、キャミソールの肩紐が左から覗いている。「おはよ、こーくん。早いね」俺は固まった。動けない、と言った方が正しい。「……おや? まだ眠いのかな?」沙耶はやさしく問いかけてくる。首をかしげると、ゴムで縛った彼女の後ろ髪が揺れた。「そんなことないです……」「また敬語だ!」「ちがうよ! ……そっちこそ早起きだね」「あたし、東京のカフェでバイトしてるからさ。癖になってるんだよ」「そうなんだね」「うん。相方ともそこで会ったわけだしね!」朝から眩しい沙耶。早起きは嘘じゃないらしい。俺はまだバレたんじゃないか、なんて怯えている。もちろんそんなはずはない。下着はまるで何事もなかったように、洗濯機に戻したんだから。そうこうしてみんなが起きて来た。そしてあれよあれよという間に、前日に予告していた通り、みんなは車で出掛けていってしまった。妻がこう一言残して。『洗濯機しておいてね!』適当に見送る時も俺は興奮を抑えられなかった。それは免罪符だった。沙耶の下着を好きにして良い、という意味でだ。「じゃあ、洗おうかな」俺は誰もいないリビングに、まるで確認するように叫んだ。返答はない。当たり前といえば当たり前だ。それは俺の中のなにかを納得させた。まず俺は洗面所に入り、全裸になった。そして洗濯機から沙耶の下着を取り出した。「沙耶ちょっと借りるよー」また叫ぶ。もちろん家には俺一人だけ。納得して、俺はブラを身につけ、そしてパンティーで陰茎をくるんだ。これはセックスに等しい行為だ。沙耶の陰部に長時間触れていた部位にイチモツを当てる。ほぼ性行為と呼べる。俺は笑みを抑えられない。その格好でリビングに出た。ちゃんとカーテンは閉めてある。自分のずる賢しさに感心しながら、俺は沙耶の荷を探した。彼女のキャリーバッグは二階にあった。俺は中を開き、それぞれの位置を確認して、下着を探す。しかしあるのはパンティーがもう一枚とブラトップだけ。「ふざけんな!」叫びながら、俺は一階へ駆け降りた。もしこの姿を妻に見られれば間違いなく離婚されるだろう。しかしそのスリルこそ沙耶の下着への愛の様に感じられた。リビングに戻り、沙耶のパンティーでくるんだイチモツこすり始める。熱さはすぐにやって来た。「ああ、沙耶! イクよ!」俺は射精した。沙耶のパンティーは精液にまみれた。興奮は収まらない。沙耶は薬物だ。俺の感情をむちゃくちゃに振り回し、下着へ射精するまでに貶めた。俺の中の沙耶は、自らを切り売りする売女に思えた。麦茶を飲んで、俺は冷めたようにパンティーを洗い、洗濯機を回した。夕方まで大人しくしていた。妻からメールがあり、夜に弁当を買って来てくれるらしい。外に出て洗濯物を触ると乾いていた。パッパと取り込んでいると、沙耶のブラとパンティーが目に入った。頭がイカれている時は悪知恵も働くものだ。俺はそいつを持ってトイレに駆け込む。そして便器に向かって射精した。手についた少量の精液。そいつをブラのちょうど乳首が触れる部分とパンティークロッチにこすりつけた。わずかな量。匂いは鼻を近づけないとわからない。満足してトイレを出た。まるで良い子のように洗濯物を畳んでいると、みんなが元気な顔で帰って来た。「ただいま、こーくん!」笑みを浮かべる沙耶。俺はできるだけ笑ってみせた。風呂を洗ってあげて、ちらちらと洗濯物を見つめる。沙耶の順番になり、彼女は予想通りあのブラとパンティーを持ってお風呂場に行った。胸が高鳴った。それはドキドキ感とある種の征服感、そして沙耶と暮らす男へ向けた卑しい微笑にも思えた。「上がったよ〜」リビングに火照った顔の沙耶が戻って来た。また妻から借りたシャツとショートパンツ。キャミソールの肩紐が見えないのは、きっとあのブラをしているからだろう。「じゃあ、次は俺が入るわ」そう言って、俺はお風呂場に向かう。二回射精して疲れた身体でも流すか。そんな気分で服を脱ぎ、洗濯機を開いた。「…………えっ……?」俺は口を押さえた。洗濯機には、なんとあのブラとパンティーが入っていたのだ。なぜだ?俺は壁に背中を打ちつけ、腰を抜かした。言い知れない恐怖で手が震えた。バレた。そう思った。あの女、実は知っていて、俺をからかっているのか?俺はそのまま五分間固まり、すべてを忘れるように風呂桶に飛び込んだ。風呂を上がると、「こーくん、お疲れー」なんて沙耶はやさしく声をかけてきた。淫売のくせに、俺を欺いている。彼女は俺が下着を愛撫しているのを知っているのに、知らない振りをしている。そう思った。我慢できず、俺は一人部屋に戻った。追いかけて来た妻は不安そうに疑問を投げかけてきたが、興味はなかった。きっと俺は怯えて見えただろう。名前も知らない不安は胸ぐらを掴んで言った。『この変態野郎め。淫売以下のクズ野郎』俺は小さく笑いながら、妻に「大丈夫だよ」と答えた。ふと顔を上げるとカレンダー。今日は土曜日。沙耶は月曜日に帰るらしいからまだ時間はある。俺にはそれでもやりたいことがあった。日曜日。相変わらず妻と沙耶は出掛けていた。俺は電気街に出ていた。目的はただ一つ。小型カメラだ。沙耶へのたくさんの勘くぐりはあるが、なにより肉眼でその下着をつける姿を見るのが一番と考えたのだ。性欲はいかなる事象を勝る。時間がないことも尻を叩き、沙耶の思いなどは超えて、結論は、俺はただ彼女の裸が見たい、ということに行き着いた。カメラはあらかじめスマホで調べておいた店にあった。買うのはAVを買うより躊躇したが、素っ気ない男性店員、というのもあって問題なく買えた。俺はすでに勃起していた。もちろん男性店員にではない。あのカラフルな下着の中に潜んだ血の通った肉体に、だ。Eカップとくびれ、デカイ尻。フェロモン剥き出しの分泌物を吐き出す陰部とそれを守る陰毛。考えるだけで精子が出そうだった。俺はそそくさと家に帰り、使用方法を予習し始めた。使い方はすぐに覚えた。今日ほど機械が得意だったことに感謝する日はないだろう。次に洗面所へ向かった。都合よく、斜め上にカゴがある。下着なんかを入れる何段にも連なった小さいタンスの上。俺はワクワクしていた。同時にバレたら終わるとも思った。二階に戻り、カメラのレンズだけ出るように布で包んで充電を開始した。適当な夕ご飯を終え、同時に二人も帰宅した。沙耶はホクホクした顔でブランド物の紙バッグを持っていた。俺は迷わず彼女の服を見る。襟の付いた藍色のワンピース。スカートは膝上まであり、そこから彼女の線の細い足が伸びている。2012/12/20(木)俺は迷わず彼女の服を見る。襟の付いた藍色のワンピース。スカートは膝上まであり、そこから彼女の線の細い足が伸びている。成功すれば、あの向こう側が拝める。俺はすでに勃起した股間を隠しながら、毎度毎度の安い笑顔を振りまいた。すると、沙耶は手のひらをこちらに向けた。「お土産はないよ! 東京からのやつがあるしね!」「いや、そうじゃないから」俺は首を横に振った。沙耶はいつものように接してくれた。疑いを持った顔ではない。じゃあ、あの下着は?なんで着もせずに洗濯機に入れたんだ?気が変わったとか、そんな理由か?わからない。わからないが……まあ、いい。俺は運転に疲れた妻の肩を揉みながら、「な、なんか沙耶ちゃん、眠そうだね?」もちろんそんなことは思っていない。「そうかな?」と、沙耶は目をこすった。妻は、あー、なんて気持ち良さそうだ。話に興味はないらしい。その時、俺は立ち上がった。妻は不機嫌そうにこちらを見上げる。「俺、先に入っていいですか?」「もう! また敬語だ!」「ああ、やっちゃった……」道化を演じる。なごむリビング。そうして俺は何事もなく、洗面所に入った。ここからがスタートだ。まず俺の下着入れにあらかじめ仕込んでおいた充電済の小型カメラを取り出す。次にカメラの配置を確認。上のカゴであることは間違いないのだが、レンズの位置や広がりも考慮して、尚且つ見つかりにくい場所を選ばなくてはいけない。しかも時間がない。自意識過剰かもしれないが、長時間に洗面所にいることは不自然だ。そそくさとカメラをセットして、これまたそそくさと風呂を上がった。「上がったよ〜」ひっくり返りそうな声を押さえながらリビングに行くと、案の定、沙耶が風呂の準備をしていた。「ね、眠いんでしょ?入りなよ。俺の後だけど」「気にしないよ、そんなの」沙耶は笑顔を浮かべながら、俺の肩を叩いて洗面所に入っていった。それは俺にとって、初めての沙耶への肉体的接触だった。上にいるわ、なんて言って二階へ。俺はすでに勃起していた。沙耶が俺に触れた。それは今の俺にとって性行為に等しい。しかしマスはかかない。すべてはカメラと共にある。二階では、風呂場の音が反響して聞こえる。コンコンと音が鳴り、少しして鼻唄が聴こえて来た。最近人気のバンドだ。沙耶の雰囲気に合っている。まあ、俺の手中で風呂に入っているわけだが。十数分、落ち着かない時間が過ぎて、洗面所の開く音がした。俺はすぐに下へ降りた。顔を火照らせた沙耶がリビングにだらしなく寝そべっている。へそが出ているが気にも留めない。「眠いから歯磨きしていい?」俺は嘘をついた。妻はいいよ、と答えた。洗面所に入り、何気なくドアを閉めてカゴからカメラを回収。計画通り、あとはパソコンで見るだけだ。よし、とつぶやいてカメラをポケットに仕舞った。「……こーくん?」その声に俺は振り向いた。「……沙耶……ちゃん?」俺は喉をつまらせて咳をした。なんと洗面所の前に沙耶がいたのだ。「どうしたの、こーくん?」答えられない。声が出ない、と言っていい。いつからいた?カメラを見たのか?やっぱりすべてを知っていたのか?固まる俺をよそに、沙耶は洗面所に入ってきた。そして何事もなく、歯磨きを始めた。「あ、あの……沙耶ちゃん……?」「悪いけど、先に借りるよ〜ん」口角に白い泡をつけながら、沙耶は歯ブラシをくわえて去っていった。どっと疲れが押し寄せる。ギリギリバレなかったらしい。俺はマウスウォッシュを済ませて、二階へ向かう。パソコンはすでについている。迷わずmicroSDをセットした。形式はwmv。無料のプレイヤーで再生する。暗い画面が十秒続き、失敗を微かに匂わせたが、画面は自然といつも見かける洗面所が映した。胸がドキドキしてきた。今まで生きてきて、こんな恍惚とした罪悪感はない。それは嬉しさそのものだった。イコールで沙耶への愛だとも思った。彼女と住む名も知らぬ男よりも深い愛を、俺は確信的に持っていた。洗面所に沙耶が入ってきた。外に行っていたこともあり、化粧を落としている。カメラ位置は初めてにしては上出来だ。むしろ素晴らしいと言える。なんなら家の前で販売したい。そんな自惚れすら感じた。「あっ……来た!」思わず声が出る。沙耶は着ていたワンピースを脱いだ。カメラには背を向けている。ブラ紐が見える。パンティーもだ。そこであることに気付いた。「同じやつだ……」そう。沙耶はあのカラフルな下着していたのだ。しかし今日洗濯した。……つまり謎は解けた。彼女は同じブラとパンティーを持っていたのだ。そういえば沙耶はこだわるタイプと妻に聞いたことがある。同じ物でないと落ち着かない、と。それは下着だけでなく、ノートや靴などの消耗品もだ。「驚かしやがって!」俺はディスプレイを笑顔で小突いた。まるで恋人の肩でも突つくように。映像の沙耶はカメラに身体を向けた。俺の股間はすぐに反応した。血液がどんどん注がれるのがわかる。下に落ちていく手を押さえながら、映像に目を向けた。その瞬間、沙耶はブラを外した。あの夢にまで見たEカップが露呈した。グラビアアイドルのような均整の取れたお椀型。乳首はまだピンクで幼い。俺は頬を伝う涙に気付いたが、放っておいた。これは感動だった。あの沙耶裸がここにある。原始人が初めて美しい彫刻に出会えば涙を流すだろう。沙耶の身体に潜んでいた彫刻を見つめながら、俺は微笑した。「次はアソコだよ」俺はまたつぶやく。沙耶はもう俺の玩具だった。愛玩とは彼女のためにある言葉だ。言われるがまま、沙耶はパンティーを脱いだ。「来た……!」あまり多くない沙耶の陰毛は、まるで俺を誘っているようにも見えて、ひどく興奮を盛り上げた。俺はすでにイチモツを握りしめていた。五回こすったら射精するだろう。それくらいに興奮は悦を超えていた。その後、沙耶は風呂に入った。画面から彼女は姿を消した。俺はすぐに射精し、ティッシュにくるんで捨てる。今日、沙耶のすべてを見た。俺はクズ野郎。最高のクズ野郎だ。「これで……終われるのか……?」俺は自問自答した。答えはもちろん「NO」だ。ある種の出来心から始まった俺の盗撮DAYS。沙耶が実家に戻る度に実行した。何度見ても美しい肢体。顔。乳。陰毛。俺はお礼として精液を飛ばした。抜き終わった後に気付く。興奮は射精ではなく、もしかすると盗撮行為のスリルの方が上かもしれない、と。そんなことも思うが、しかしレンズ越しの沙耶を見つめるとその裸体がすべてと思わざるを得ない。そんな日々が一年続いたある夏の日。妻が妊娠した。そうか、と俺は思った。瞬間、なにを血迷ったのか、俺は盗撮を続ける誓いをした。まったく最低な父親だ。カス。ゴミ。でも今の俺は「褒め言葉だろ?」と狂ったように笑う。間違いない。つまり、沙耶への愛は違うのだ。妻は妻として生きているが、沙耶は俺の手の中で生きている。まるでガラスの小屋に住んでいる少女が遊ぶ新喜劇のような家に住んでいるわけだ。ディスプレイを撫でる。しかし沙耶には触れられない。ガラスの向こうにいるのに。もうわかっていた。俺はすでに用意していたあるブツを引き出しから取り出した。強力な睡眠剤。非合法のアレだ。小型カメラなんか比ではない。二階の自室で、そっと床に耳をつける。リビングからの楽しい声。生まれくる天使を祝う声だ。俺は明日の計画を経てる。沙耶はどうするか、それはまだわからないが……しばらくして、沙耶が部屋に来た。漫画を借りに来る約束をしていたのだ。俺はすでに閉じたノートパソコンに肘を付き、用意していた漫画を床に置いた。「これで全巻だよ」「うわあ、多いね。いる間に読めるかなあ?」「明後日の月曜日の朝に出るって言ってたね。10巻まであるから、難しいかも」「そっか。明日全部読もうかな……」そこで俺はハッとした。しかし顔には出さない。グッとこらえた。「あ、明日は家なの? 出掛けないの」「たまにはね。DVDレンタルしたりするよ。お母さんはお姉ちゃんと病院行くらしいから、自宅警備ってのをするの」と、沙耶は笑顔で答える。「俺も行くべきだよな、病院」すると、沙耶は首を横に降った。「行かなくていいよ。明日はお姉ちゃんじゃなくて、うちのお母さんの子宮検診だからさ。お姉ちゃんは付き添いで、本当の目的は帰りに子供服を見ることだって」「そうか」俺は勃起をこらえていた。明日は沙耶と家に二人きり。土曜日は確か義父もどこかへ行っている。つまり、最高の睡眠薬記念日ってところだ。「じゃあ、俺はなにしよっかな?」「たまにならかまってあげるよ。漫画の合間とかさ」「俺、子供じゃないから」ふふふ、と沙耶は笑った。俺は彼女の裸を知っている。乳首の色も形も、陰毛の感じも見た目の肌のなめらかさも。そんなことは知らず、笑顔で話しかける沙耶。こんな陵辱行為があって良いのか? 悪だ。俺は最も悪と書いて最悪と読むクズ野郎だ!笑いをこらえながら、沙耶を部屋から追い出した。次の日、朝から早速二人きりになった。沙耶はだらしなくキャミソールのままでいた。もう俺に対しての遠慮は皆無だ。彼女はいつか勝手に裸になるかもしれない。もちろんそれはやめてくれ。俺の楽しみが減ってしまうのだから。「レンタル屋さんっていつ開店かなあ?」沙耶の問いに、10時と答えた。今はまだ9時前。ちょっと早すぎる。俺は椅子に座り、沙耶が飲んでいたカップを探す。少しコーヒーの残ったカップ。俺のポケットには、すでに睡眠剤がある。作戦はすでに組み上がっている。早くしたい。そう思った。時計が9時半を指す頃、沙耶はリビングのテーブルに伏していた。俺は確認のため、髪に鼻を寄せる。匂いは妻と違う。沙耶の匂い。そうとしか呼べないものだ。「バツグンだな、沙耶」敢えて沙耶に尋ねる。しかし彼女は夢の底。寝息を立てている。俺は人殺しの気分で彼女を二階に運んだ。睡眠剤の適量を入れた。効果は約二時間。まだまだ時間はある。「楽しもうか、沙耶。準備はバッチリさ」俺はゆっくり沙耶の身体に手を伸ばす。布団に寝転ぶ沙耶。足の先に二本の指を立て、まるで散歩でもするように、彼女の身体を指で歩いていく。少々硬質で締まった太ももへ進み、陰部の土手で一休み。また歩き出して、へそを抜けて、乳房の先に指が降り立つ。最後は首を伝って彼女の唇に不時着だ。指の旅。心地よい旅だった。乳房の先に指が降り立つ。最後は首を伝って彼女の唇に不時着だ。指の旅。心地よい旅だった。さて、と俺は道具を持ってきた。ビデオカメラ二台、小型を一台、そしてただのカメラも一台。一台のビデオカメラは上の方から、小型カメラは横、そしてもう一台は手に持つ。「ああ、そうだった」俺は全裸になった。イチモツはすでにへそにつきそうだ。先走り汁を指で掬い、そっと沙耶の唇につける。「はじめようか、沙耶」俺はゆっくりと沙耶の服を脱がしていく。もちろん元の形で戻せるように丁寧に。高ぶりは止まらない。なんせ、あのレンズに守られていた秘部のすべてが感触としてあるのだから。恐ろしい高揚感。やばいな。これが口癖になる。やばい犯罪者は自分のはずなのに、カメラにも残っているのに、言葉と震えは止まらない。心地よく止まらないのだ。俺は立ち上がる。沙耶の全裸が目に映る。貝を開くように服を脱がされた沙耶。キャミソールは丸まって、床に置いてある。レンズ以上の感動……になるはずだった。「違うな」俺のイチモツ次第に活気を失っていく。違うのだ。沙耶の裸体ではあるが、違うのだ。俺はそこで初めてレンズ越しの物に本当の愛を感じていることに気付いた。そこから一時間、カメラは沙耶の身体を舐め尽くした。そうだ。これなのだ。またイチモツが起き上がる。イチモツはアンテナ。俺の性欲のベクトルを正しく導いてくれる。快楽へのバイパスだ。よだれや汁を垂らしながら、夢中になって沙耶をカメラに収める。その時だった。「ん……」沙耶が寝返りを打った。寒気がした。俺のわずかに残った普遍性に軋みが鳴る。俺はすぐにカメラたちを部屋に戻して服を着た。沙耶のところへ戻る。彼女はまだ寝ていた。俺は繊細なガラス細工に触れるように、あるいは、寝ている赤子を扱うように、沙耶に服を着せた。その十五分後。沙耶はリビングで目を覚ました。キョロキョロして、寝ぼけた顔のまま、テーブルのコーヒーを口にしている。「こーくん?」俺は顔を上げた。手には漫画。まるで今まで読んでいたような顔をしてみせる。「沙耶ちゃん、寝ちゃってたね」「そっか。こんなの初めてだよ、寝落ちなんて」沙耶は太ももをポリポリ掻いている。俺はちょっとの不信感も出せないようにまくし立てる。「そうだ。この漫画もおもしろいよ。貸すから読めば?」「えー、読み切れないよ〜」沙耶はこちらを見ず、爪を見ながら答える。「大丈夫、っていうか貸してもいいよ」「でも、荷物になるからいいや」「じゃあさ、短編集の方を貸すよ。この漫画家の短編集なら一冊で楽しめるし。二階から持って来るよ。ちょっと待っ……」俺が立ち上がったその時、唐突に沙耶は手をつかんできた。心臓が掴まれた気分。それが正しい比喩だと悟った。「ど、どうしたの、沙耶ちゃん?」「これ」と、沙耶は爪を俺に向けた。引っかかれると思った。「な、なんだよ。爪がどうかしたの?」「せいし」「えっ?」沙耶は爪の溝を指差した。なにかカスのようなものが詰まっている。「あ……あたしの太ももに……精子がついてる……」俺はすぐに沙耶の手を振りほどいた。震えがすぐに来たからだ。マズイ。太ももに俺の汁が落ちて固まっていたらしい。拭ったつもりだった。たぶん目に見えない形で付着していた。付いた本人は皮膚が引っ張られていたのだろう。「……こーくん?」「なんで精子ってわかんの?」アホみたいな質問をしてしまった。沙耶は猫のように俺を見上げたままだ。「匂い。嗅いだことあるから」「……そうか」「ねえ、こーくん」沙耶は立ち上がり、俺の前に立つ。もう恐怖しかなかった。次第に力が抜け、俺は尻もちをついた。沙耶はコーヒーを口にする。すっかり冷めた飲み物だ。俺は正座をしている。そんな俺を沙耶は仁王立ちで見下ろしていた。「ねえ、こーくん」「ごめん、としか言えない」「一時の気の迷いだよね?」言葉選びに悩む。こんな劣勢、親からも受けたことはない。でもすべては俺のせい。重々承知している。「黙ってたってわかんないんだけど……?」強気な沙耶はあのレンズの向こうで無垢に動く少女とはちがう。恐怖でしかない存在だ。「ケーサツ呼ぶ?」「いや、ま、まま、待ってくれ! それは……」「じゃあ話せるよね?」沙耶は地べたにぺたりと腰を下ろす。目線が重なった。笑顔はない。俺には恐怖がある。「……ねえ、こーくん。あたしの裸見て、なにがうれしいの?」すげえ質問。だが答えない。答えられないが正しい。なんせ声が出ないんだから。「それってさ、最低なことだよ。相手の同意なく裸にして、その、アソコいじってさ。精子つけてさ」「……はい」「気持ち悪いよね」俺は吹っ飛びそうだった。言葉で殴られた。ガツンと後頭部を。鼻血が出てもおかしくない。失禁しそうな気分になった。するといきなり、沙耶は俺の胸ぐらをつかんだ。「セックスしたいんだ?」「……いや」「ウソツキ」そう言って、沙耶はテーブルの携帯をつかんだ。マズイ。警察か?もしくは妻かもしれない。俺は走って、沙耶の手をつかんだ。「なに?」「や、やめてください」「なにを? ケーサツ? お姉ちゃん? お母さん? なに?」まくし立てるその声すべてが冷たい。心がつららで刺されたようだ。ジワジワと痛みが押し寄せる。「なんでもするからさ」と、俺は膝をついて頭を下げた。「頼むから許してくれ!」額がフローリングに当たった。痛みはある。でもそれより沙耶の落ちてくる視線の方が何倍も痛かった。何分の時間が流れたのだろうか?長い沈黙を抜けて、沙耶はしゃがんだ。そして俺の肩をつかむと、体をグイと自分の方に引っ張った。俺は理解できないまま、ただ犯行はしなかった。「……こーくん、なんでもするの?」「うん」沙耶はさらに俺を引き寄せた。体はもう密着していた。つまり抱きしめ合っていたのだ。「さ、沙耶……ちゃん……?」「あたしも子供がほしい」「子供って?」「今、一緒の人ね。結婚するの。誰にも言ってないけど」「そうなんだ。で?」「最近言われたよ。ぼくは子供ができにくい体質なんだ、って。精子ができづらいっていうのかな? 詳しくは知らないけど」「それで精子の匂いがわかったのか?」「そういうこと。エッチの後に精子確認したり色々したからさ」と、沙耶はゆっくり俺を引き剥がした。顔はほのかに笑っているように見えた。しかし安堵してはいけない。まだ完全に終わったわけじゃないんだから。「でも無理だよ。バレるに決まっている」「じゃあケーサツ行く?」なんて女だ。そう思った。そもそも悪いのは俺なのに、まるで立場が逆にでもなったように、沙耶を軽蔑しそうになった。「そもそも沙耶ちゃんは結婚してないだろ? そういうのは結婚してからでいいと思うんだけど」「うん。結婚してからでいい」……まだわからない。これはそもそも脅迫なのか?状況が読めない。沙耶がわからない。それから俺は盗撮をしなくなった。沙耶に怯えているからだ。それから沙耶はいつものように接してくれた。家族が家族に接するような、そんな当たり前の態度だ。一年にも満たない月日が流れて、沙耶は籍を入れた。純白のウェディングドレスを身にまとった彼女の裸を、俺はもう想像できなかった。結婚式、二次会を終えて、俺は外にいた。東京なんてなかなか来れない。いまは一児のパパ。あの盗撮魔が、だ。未だに俺は怯えている。沙耶が暴露するんじゃないかって。二次会のレストランのトイレへ向かい出るとき、沙耶とかち合った。「おめでとう、沙耶ちゃん」「ありがとう、こーくん」沙耶はシンプルな白のワンピースに着替えていた。長く美しい体はやはり変わらず素敵だ。「新婚旅行はどこに行くの?」「ニューヨーク。明日には経つよ「そっか」と、沙耶は照れくさそうに頭を掻いた。「楽しんで来てね。俺はもうホテルに戻るわ」「あっ、待って」沙耶はきょろきょろと周りをうかがい、そっと耳打ちした。「今、空いてる?」「空く、って?」「えー!」沙耶はびっくりして、俺の手をつかんだ。その時、俺の中であの日が蘇った。「……あのさ、沙耶」察したのか、沙耶はうなずいた。「ふふ。今日、チョー危険日だよ」「マジでやるの?」「うん。そいで旦那のせいにする。大丈夫だよ。あたしもこーくんもA型だし、旦那もこーくんも目も体も細いし」「いや、本当にマズイって」「でも、セックスしたいんでしょ?」ちがう。俺はセックスじゃなく、レンズ越しのお前を愛していたんだ。無垢に服を脱ぎ、何食わぬ顔で体を拭くお前を。「すぐ終わればいいよ。中にちょいと出してくれればさ」「勃つかなあ。緊張する」「あたし、結構気持ち良くできると思うよ」沙耶は満面の笑みで俺の手をつかむと、俺の部屋へ無理矢理入った。別に夢でもなかったセックスが始まる。最悪だ。沙耶、お前の子供なんていらなかった。まさか本当にできるなんて。こうして俺は二人の子の親になった。しかし一人の子は遠くにいる。沙耶から送られる何気ないメールは、俺にとって恐怖でしかなかった。もう盗撮なんてしない。さや。代償がいくらなんでも……大きすぎたよ…… ←クリックでランダムの記事が表示されます
なし
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