11月を迎えると秋は一段と深まり街路の木々は葉を落とし道は赤や黄色の絨毯を敷き詰めたように美しかった。
夫の早期退職金も底を尽き和子のわずかなパート収入と求の援助では生活がかなり窮していた、市からの健康保険料も滞納が続きこのままでは資格証明という
最初は全額医療費負担と言うペナルテイを課せられることになる状態になっていた。
和子は充に思い切って事情を話し予てから友人の洵子からの夜のバイトの話を切り出した。
「ねえこれ以上求さんには無理言えないしいいでしょう」
「・・・・・・」
充は自分のふがいなさを認めるしかなかった。
洵子は街の繁華街でスナックを営み和子とは高校の同級生であった、以前 和子の家庭の事情を知りホステスとして働かないかと誘っていた。
和子はヘルパーや食事の手配など充の機嫌を損なわないように準備してバイトに漕ぎ付けた。
バスで30分徒歩で10分のところにスナック「あやめ」があった。
和子は6時には家を出て「あやめ」に向った、小雨の降る街は暗く街路の明かりだけが光っていた。
「こんばんわ」
和子は店の戸を開けた。
「こんばんわ、よく来てくれたわね」
洵子は和子を気持ちよく受け入れた、すでにひとりの老人がカウンターに腰を降ろし和子の方を見た。
「常連の山下さん、不動産の社長さんなの、今度店で働いてくれる和子さんよろしくね」
そう紹介すると和子も一礼して奥に入った。
「なかなかいい女だな、ママと同級生か」山下は和子をジロリと眺めながら言った。
黒のドレスが和子によく似合った、こうしてスナック勤めは始まった。
それから新しい歳を迎え2月の節分の晩であった、お客の空いたときだった
「ねえ和子、いい話なんだけど聴くだけ聞いて」洵子は切り出した。
「あのね、昼間の都合のいい時でいいんだけど少し男の方とお付き合いしない?」
「ええ、お付き合いて何?」
「電話が入ってから少しの時間ホテルで男性のお相手をするだけ、お金にはなるわよ」
和子は突然の話に驚いた。
「私そんな事できないわ、主人がいるもの」
洵子はそんな返事を予測していたように言葉を返した。
「分かっているよ、でもねここのお給料では足りなくない、これから大変よ、よく考えて返事してよ」
そう言われれば返す言葉はなかった、しかしそれでは夫を裏切ることとなる和子は沈黙するしかなかった。
暫らくの間 洵子からは何もなかったが和子はその事がいつまでも気になり頭を悩ました。
そしてある朝洵子から電話が入った
「もしもし、和子今日5時から時間空かないうちの仕事はいいから」
突然そう切り出されて返答に困っているとすかさず洵子は「5時に○○駅で待ってて、車が行くからそれに乗って、電話切るよ」
電話は切られた。
それは否応なしの決断だった。
「充さん今日少し職場に行くわ」和子の言葉は震えていた。
その日は午後から雪になり和子はいつもより念入りに化粧すると白いコートを羽織って駅に向った。
駅に着いたのは20分前あたりをキョロキョロしていると黒色の車が止まり若い男が降りてきた。
「田中さんですか?」
「はい」
「ママから聞いて来ましたどうぞ」
男は車に乗るよう和子に指示した
和子は不安そうに車に乗り込むと男は車を繁華街を遠ざけるように走らせた。
「これからホテルに向います、二階の205号室に入ってください7時になったら降ろした場所で待ってます」
とうとう来てしまった、もう引き返せない覚悟を決めるしかなかったのである。
ホテルは国道から西に入った静かな場所である、近所には家はなくひっそりとした郊外であった。
和子は裏口から入って車庫を通って階段を登った、車庫には数台の車が止まり人影はなかった。
205号室のチャイムを鳴らした。
ピンポン
暫らくすると部屋から「どうぞ・・・」と声がした。
「失礼します」
震える声を抑えるように室内に入った
「こんばんわ、おねがいします」
男と顔を合わせた、まだ二十歳を過ぎたばかりのような童顔の男がソファーに座っていた。
「お若い方ですね、シャワー浴びますか」
和子は慣れない言葉を投げかけるのであった。
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