この話はつづきです。はじめから読まれる方は「狂女」へ
ようやく機嫌が直り、いざ叔父さんを・・・と周囲を見たが、彼の姿は無い。
『帰っちゃったのかな?』
一日に二人も怒って帰らせてしまった事に気が咎めつつ、僕は加奈さんを連れて、露店の立ち並ぶ方へ向かった。
絶好の花見日和だけあって、若いカップルや友人同士、家族連れなどで賑わっている。
あまりにも人が多い為、僕たちは取りあえず右側の露店を眺めて行った。
加奈さんははぐれないように僕の腕をしっかり掴んでいる。
焼きトウモロコシ、焼きイカ、おもちゃの仮面、ブロマイドなど様々な店が続いており、切りがない程だ。
僕は適当な所でUターンし、さっきとは違う側の露店を眺めながら進んだ。
途中で加奈さんがトイレに行きたがったが、ゆっくり歩く人々の波に従うしかなく、ようやく人混みから抜け出した後、トイレの場所を人に聞いてそこへ急いだ。
僕もついでに用を足す。
すっきりしてもう帰ろうかとも思ったが、このまま加奈さんと別れるのが惜しく、土手を上がって園内をぶらぶら歩き続けた。
藤棚の近くまで来た時、「欲しい」と加奈さんが焼きトウモロコシを指して言うので二本買い、長椅子に掛けて一緒に食べる事にした。
どっちが保護者かわからない感じだ。
加奈さんはおいしそうに食べる。
観光客が前の道路に沿って桜の下をぞろぞろ歩いており、僕は食べながら彼らや桜を眺めていた。
それから何気なく加奈さんの横顔を見た。
堀の深い整った顔立ち。
『本当にきれいだなあ』
今更ながらそう思った。
このまま自分だけのペットにしておきたい。
けれど、今のままでは気の毒な気持ちもあった。
加奈さんの昔の女友達を思い、やっぱり元に戻るべきだ・・・。
トウモロコシを食べ終え、道路をゆっくり歩いた。
加奈さんは僕と手を繋いで桜を眺めている。
「きれい、きれい」
その表情は普通の人とあまり変わらない。
「うん、きれいだねえ」
僕はまるで兄のように言う。
勝叔父さんもこんな感じで妹を慰めていたのだろうか?
桜は満開前なのに時々花弁がひらひらと散っており、それが風流でもあった。
「ユウイチ、桜」
「うん、桜だね」
僕たちは誰に邪魔される事もなく歩き続け、いつしか城の近くまで来ていた。
「大きい大きい」と加奈さんは城を見て言った。
「そうだね」
僕は、痴呆でいる加奈さんがいつも以上に愛しく思えていた。
まるで幼女のような純真さがいじらしくもあった。
「加奈さん、疲れてない?」
「ううん」
加奈さんは首を横に振った。
時間はどんどん過ぎて行った。
太陽は西の空に傾き、少しずつ暗くなっていった。
もう加奈さんを名古屋に送らなくては・・・。
叔父が勝手に一人で帰ってしまったのが今になって腹立たしいが、どうにもならない。
僕は、都合で帰りが遅くなる事を母さんに携帯で連絡し、公園を出て駅に向かった。
風が出てきて薄暗い中を急いだ。
空を見上げれば、すでに星が見える。
加奈さんは帰宅を急ぐ意味がわからないのか、それとも帰りたくないのか、途中で又嫌がった。
「早くしないと駄目だよ」
言って聞かせようとしても効果が無く、「もう嫌だあ」などと駄々をこねる。
「じゃあどうするんだよお?」と、腹立たしくなって聞くと、「あそこは嫌あ。ユウイチといるう・・・」と僕の顔を見て言った。
その表情に僕はつい気持ちが萎え、加奈さんを両腕で抱き締めてしまうのだった。
「加奈さん・・・」
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