この話はつづきです。はじめから読まれる方は「狂女」へ
僕は女性たちと連絡先を交換し、やがて別れた。
一人になって桜を楽しむ気も無くなった上に、怒って帰った友里恵さんの事が少し気になっていたが、このまま家に帰るのがもったいないので公園内をぶらぶら歩いていた。
今は車両通行禁止の狭い車道を横断し、土手を下りて行った。
お化け屋敷や見世物小屋をはじめ、露店がたくさん立ち並んでいる。
僕は好奇心に駆られて見世物小屋の前まで行き、客寄せとして仰々しく描かれた何枚かのペンキ絵を眺めた。
数匹の蛇と平気で戯れる女だの、顔だけは人間の女で体は乳牛という奇形生物だのの毒々しい絵だ。
看板だけでは飽き足らず、年配の男がマイクで、「親の因果が子に報い・・・」などと絶えず客の呼び込みをしている。
『本当かなあ?』
僕は両手をズボンのポケットに入れ、十人近くの人たちに混じってしばらく迷っていたが、結局見る事にした。
お金を払って見世物小屋の中に入る。
狭い中、観客が大勢いて皆見世物をじっと見ている。
僕はまず、人魚という触れ込みの物を見たが、これは人魚の形のおもちゃがぐるぐる回転しているだけでつまらなかった。
次は、女が本当の蛇数匹と戯れている。
少し気持ち悪いけれど、蛇女という程ではない。
もっと奥へ行きたいと思い、あまり移動しない観客を不満に思いながら小屋の中を改めて見回すと、一人の女が仕切りの柵から身を乗り出すようにして見世物を見ている。
加奈さんだった。
彼女は普段とは別人のように興味津々と見世物に視線を注いでいるのだ。
そんな加奈さんを見るのが初めての僕は彼女から目が離せなかった。
異常な人間だからこそ、こういう物により強く反応するのだろうか?
興行師による熱気の籠った呼び込みの声が中にまで聞こえ、グロテスクで退廃的な内容が観客たちの好奇心を一層高めている。
閉ざされている狭い空間の中の観客は一つとなっているかのようだ。
ようやく中程過ぎまで行くと、[牛女]という奇形物を見た。
牛の形をした物から人間の女の顔が出ている。
勿論細工物だし、看板の絵程迫力は無いものの、何とも異様な感じだ。
加奈さんはこれを見て真に受けているのだろう。
僕は、まだじっと見ている加奈さんの近くまで行きたかったが、彼女との間には人の二列くらい隔たりがある。
隣の勝叔父さんは退屈そうにしていて妹を出口の方へ連れて行こうとしているのに加奈さんは動こうとしなかった。
入口から新たに客が入って来るせいもあり、充分に見たという人々がゆっくりと出口へ行く。
僕も彼らと共に外へ出た。
陰気な世界から明るく健康的な現実に戻った気分でほっとした。
そこで加奈さんを待つ事にした。
暇つぶしに看板絵を見る。
十分くらいして加奈さんと叔父が現れると、「又会いましたね」と偶然を装って言い、近付いて行った。
「まだいたのか」
叔父さんは不愉快な口調で言い、それに僕はむっとして、「加奈さんを借りますよ」と断って叔母の手を取った。
「どこへ行くんだ?」
「お化け屋敷」
そうつっけんどんに答えて叔母を連れて行った。
加奈さんは見世物のショックのせいかぼうっとしており、隣のお化け屋敷へもおとなしく付いてきた。
見世物での異常な反応に続いてお化け屋敷でどんな反応を示すのか楽しみだった。
「嫌、怖い」
加奈さんは、薄暗く細い道に入るや入口に引き返そうとしたが僕は彼女の手を握り締め、そのまま前に進んだ。
「嫌よお・・・」か細く言う声。
やがて小道を通り過ぎ、すぐ左側に、口から血を流した白い衣装姿の女幽霊の人形が立っており、それを見て「あああ・・・」と恐ろしさにおののく叔母の声が聞こえた。
「大丈夫です」
叔母が心底怖がっている事に気付いて僕はちょっと刺激が強過ぎるかなと思ったが、ここまで来てもう引き返せない為、彼女をしっかり抱き締めてさらに進んだ。
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