この話はつづきです。はじめから読まれる方は「裏・アイドル事情 1」へ
「橘先生、どうですか?15期生は」
ピンクガールズ専属振付師、橘麻美は館長室で
溝口館長と打ち合わせをしていた。
「ええ、かなり期待できますよ。
次世代に相応しい逸材揃いですね」
「そうですか。
是非ビシビシ鍛えてやってください」
麻美はグループの振付けだけでなく、
舞台演出等も手掛けている。
もちろんダンスレッスンも担当し、
メンバーからは鬼コーチと呼ばれていた。
それだけに館長からの信頼も厚く、
メンバーのポジション等にも発言権を
持っていた。
まさにピンクガールズがここまで人気を
得たのは彼女の貢献が大きかったのだ。
「そろそろ研修生のライブも
作っていかないと」
「そうですね。
先生はセンターは誰がいいと見てますか?」
麻美は顔をしかめながらしばらく考え込んだ。
「う~ん、逸材揃いで逆に悩みますね。
今のところ華という点では
蒼井優香がずば抜けてます。
でもダンスでは作田美々、
倉田瑠璃子の表現力も
魅力的なものがあります」
「私もその辺りからと思ってました。
蒼井等は将来グループのトップを目指して
欲しいという気持ちもあります。
ま、急いてもよくありません。
先生の考えが固まってから
またこの件は打ち合わせましょう。
あら、いやだ。もうこんな時間。
あんまり遅くまで新婚さんを独占してると
旦那さんに恨まれちゃう」
溝口由利子は軽い冗談を言って和ませた。
「いえ、そんなあ~」
麻美は苦笑いしながら手を横に振った。
橘麻美28歳。
去年3つ上のダンサーと結婚したばかりの
新婚ホヤホヤ。
だが心の中では深い溜息をついていた。
麻美は女子校育ちだった。
中2の頃初めてダンスと出会い、
一気に夢中になった。
ダンス仲間でガールズダンスユニットを組み、
いろんなコンテストにも参加し、
実力をつけていった。
そしてその頃、ある大きな恋をした。
初恋だった。
同じユニットの女の子にいつの間にか
恋心を抱いていたのだ。
同性を好きになった自分にすごく悩んだ。
このまま告白せずに友達として過ごすのか、
それとも秘めた想いを伝え可能性に
期待するのか、
悩んだ末、麻美は勝負に出た。
そして賭けに勝った。
相手の子も麻美となら付き合ってもいいと
言ってくれたのだ。
それからはバラ色の毎日だった。
肉体的に結ばれるのにも
そう時間はかからなかった。
相手の子は処女ではなかったが、
麻美はその子に処女を捧げた。
だが、終わりは突然やってきた。
彼女が好きな男ができたと言って、
一方的に別れを告げられたのだ。
高校3年の春だった。
初めての失恋で心がズタボロになる中、
防衛本能からであろうか、
自分が同性愛者であること自体
否定するようになった。
そう考えなければ本当に心が
壊れてしまいそうだったから。
それから何人かの男性とも
半ば勢いで付き合った。
だが男を身近に感じれば感じる程、
彼女に違和感だけが残った。
自然と目につくのは周りの綺麗な女性ばかり。
そんな時ダンス仲間だった旦那から
突然プロポーズをされたのだ。
その頃にはもうピンクガールズの
仕事をしていた。
周りは可愛い女の子ばかりである。
自分もプロとして、教え子相手に
手を出すわけはないのだが、
決して当時の麻美にとっては
いい環境とは思えなかった。
心を迷わす要因から脱するためにも、
人間として尊敬できる
彼のプロポーズを受けたのだ。
自分で望んだ結婚だと思い込もうとした。
だがやはりと言うべきか、肉体はあの頃彼女と
隠れて愛し合ったSEX程
燃え上がることはなかったのである。
夫にも何となく伝わるのか、
ここ最近はめっきり回数も減ってきていた。
(はあ、まだ1年も経っていないのに・・・)
帰宅する電車に揺られながら、
溜息がドアのガラスを曇らせた。
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