熱い夏が終わり、夏に出逢った者達は、様々な日々を重ね愛を育む者、そして別れ去って行く者、それぞれの道を辿りそして愛を成熟させる者、新たな出逢いを追う者、人それぞれである
しかしこの男の様に一途にただ独りの女を捜し、そして散って行く者も要る。
夕方の四時を過ぎると真夏とは違い陽が落ちるのが早い
「おーい!剛ちゃん!、今日はこれで止めだってさぁー!」
タイヤショベルを操作する方に向かって大声をあげて年配の作業員が言うが、型が古く無理を押して使い込んだタイヤショベルのエンジン音にかき消され、作業員の声は消されていた
「なぁぁー剛ちゃん!」
作業員は掘り返されたドロドロの土砂に足を捕られながらタイヤショベルの方まで歩き、タイヤショベルの窓を叩いた
「おーい!聞こえるか!」
作業員の声に操作している男が漸く気が付きエンジンを止めた
「剛ちゃん、今日は此処までだってさぁ!」
作業員の声に男は軽く笑い
「えっ、終わり?」
年配の作業員に聞き直した、作業員は頷いた
「なんで?今日は下水道管を全て掘り起こすって監督さん言ってたのに?」
男は不思議な顔をして作業員に聞いた、タイヤショベルを運転していた男の名は棋道剛造と言い、周りからは剛ちゃんと呼ばれていた
「なんでもなぁ、工事工程が変わったらしい、だから今日は止めだってよ」
年配の作業員の簡単な説明に棋道剛造は軽く頷きタイヤショベルを保管場所へ戻す為に再びエンジンを掛け、タイヤショベルを動かし始め所定の場所へと戻した
既に他の工事車両は戻され残っていたのは棋道剛造のタイヤショベルだけであった
棋道はキーを抜きタイヤショベルのドアに鍵を掛けそれを硬く握り締めながら現場事務所へと歩いた
既にさっきまで居た年配の作業員は帰ったらしく姿は無かった
現場事務所では現場監督が1人パソコンに向かい何やら書類を作成しているようであった
「ご苦労様です」
棋道は軽く頭を下げ現場事務所に入り所定のキーボックスにタイヤショベルの鍵を戻した
「剛さん、ちょっと話しても佳いかな?」
若い現場監督が棋道に声を掛けた、棋道剛造は軽く頷き汚いパイプ椅子に腰を降ろした
「ねぇ剛さん、実は午前中に会社に呼ばれてさぁ」
若い現場監督はそう言うと煙草を取り出し口にくわえライターで火を付け美味そうに煙草を吸いゆっくりと煙を吐いた
「いやさぁー、なんか会社に行ったら自衛隊の偉い人がいてさぁ」
若い現場監督の話に棋道は口を開いた
「特殊部隊ですか?」
棋道の言葉に若い現場監督は頷いた
「うんそうなんだ、ぞれでさぁ…」
「俺をクビにしろですね」
棋道の言葉に若い現場監督は軽く頷き
「そうなんだ、社長も勿論俺もね、理由を訊いたさぁ、だけど絶対言わないんだよ、ただ剛さんをクビにしろの一点張りでさぁ、それで社長がさぁ、クビには出来ない、その代わり退職扱いにするって云うことでさぁ…」
口ごもる若い現場監督に棋道は軽く笑い
「帰り会社に寄れば良いんですね?」
「すまない、でも剛さん、何で剛さん自衛隊のそれも特殊部隊の人があんたにそんな事するんだい?」
若い現場監督は怪訝な表情で棋道に尋ねた
「監督さん、聞かない方が佳いよ」
「何で?」
「何で、周りを見てみなよ」
棋道の言葉に若い現場監督が辺りを見渡しその目に映る光景に唖然とした、プレハブの現場事務所の周りを自動小銃を構えた自衛隊員が取り囲んで居た
「剛さん!あんた一体何者なんだよ!」
「監督さん、訊かない方が佳いよ、下手に訊いたら命が無いぜ」
そう言うとプレハブの扉が開いた
「この男の言う通りだ、君は大人しく帰った方が佳い」
自衛隊の制服に身を包んだ年配の男が言った
「あんたどれだけ偉いか知らんけど、民間人にあんな物騒な物向けたらどうなるかわかってるのか」
若い現場監督は少し声を震わせながら言うと
「別にどうって事は無い、君が静かになり、身元不明に成るだけだ」
「あんたら民間人を馬鹿にする気か!」
若い現場監督は顔を赤くし年配の男に言い放った
「随分と威勢の良い男だな、ならば教えてやろ、この男は人殺しだ!それも合法的に人を殺せる殺人鬼だよ」
「殺人鬼?、剛さんが?、笑わすなよ!剛さんはとっても優しい男だ!」
「なる程な、うまく民間人に慣れ親しんだ様だな、残念だがこの男にはどうしてもやって貰わなきゃ成らない仕事が有るんだよ」
年配の男が軽く笑い、棋道剛造が椅子から起ち上がった
「この人には関係無い、行きましょう!」
棋道の言葉に若い現場監督は
「剛さん、戻って来て暮れよなぁ、俺達待ってるからさぁ!、必ず戻ってくれよ!」
若い現場監督の言葉を背中に受け、棋道剛造はプレハブを年配の男と共に出た
2人を隠すかの様にプレハブを取り囲んでいた自衛隊員がその後に続き姿を消した
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