この話はつづきです。はじめから読まれる方は「狂女」へ
町内の祭りは土曜の夜が一番盛り上がる。
境内には色々な露店が出るし、カラオケ大会もある。
そのような所であの加奈さんと・・・。
想像しただけで気分が高まり、学校の授業が上の空になる事も度々あった。
そんな僕を母さんは変に思い、何かいい事でもあったのか聞いたが、勿論話さなかった。
約束の日、僕は明るい内から自宅近くの神社へ行って露店を覗いたりしていた。
境内では男の子たちが癇癪玉を破裂させて大きな音を立て遊んでいた。
すでに綿菓子やおもちゃの露店などが立ち、カラオケ大会が行われる建物の前には青いシートやござが敷かれてあり、その近くには土俵があって、明日の昼に子供たちの相撲大会が行われる。
早く夕方にならないかな・・・と待ちきれない思いでぶらぶら社殿の裏まで行き、ぼんやり立っていると、「おお雄一君!」と勝叔父さんの声がした。
そちらを見れば、叔父さんが加奈さんを連れ、僕に向かって手を上げている。
僕は満面の笑みを浮かべて思わず頭を下げた。
「早いですね」
「うん、明るい内から見たくなってな」
やがて僕たちは社殿のすぐ横で一緒になった。
加奈さんは白地に黒い格子模様の上着にピンクのスカートという格好で、黒髪を肩辺りまで伸ばしていて以前よりも一層若く魅力的に見える。
「こんにちは」
加奈さんはにこやかに挨拶をしてくれ、両手で僕の手を取った。
僕はどぎまぎしてされるままになっていた。
「ははは、相変わらず雄一君は純情だなあ」
叔父さんは陽気に笑った。
加奈さんは僕の左腕に腕を回し、体を寄せた。思ってもみない事に僕は硬くなった。
「おお、こりゃ妬けるなあ」
叔父さんはやはり明るい。
加奈さんは兄をちらっと見ただけで僕の顔を楽しそうに眺めた。
その表情がいかにもあどけなく、純真な感じがいじらしくさえある。
僕はあまりの展開に動揺し、これが現実かと疑ったくらいだった。
しかし場所が場所だけにいつまでも夢の自分ではいられない。
近くで癇癪玉の耳をつんざくような破裂音が二度続けざまに聞こえ、加奈さんは怯えて思わず兄の方へ体を寄せた。
「怖い怖い」
「大丈夫だ」
叔父さんは妹を守るように抱き締めた。
それが僕には内心面白くなく、いじけて二人から離れた。
いっそもう家に帰ろうかと思ったが、加奈さんが気になってそれも出来ない。
狛犬を見上げていると叔父さんたち二人が傍まで来た。
「来るのが早過ぎたかな?」
「・・・」
「雄一君の家へ行っていいかい?」
「それは駄目です」
「芳江か?」
僕はうなずいた。
「あいつ、いつまでこの加奈を無視しやがるんだ?ばか者めが!」
叔父さんは苦々しい表情で吐き捨てるように言った。
「なあ加奈、かわいそうに・・・」
すると加奈さんは「ヨシエ、ばか」と変な笑いを浮かべて呟いた。
僕は彼女をじっと見た。
加奈さんは「ふふふ。ヨシエ、ばか」と繰り返した。
「本当だ。あいつはばかで薄情者だ」
母の悪口を目の前ではっきり言われて僕はさすがに不愉快になったが、言い返さなかった。
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