Once upon a summer time - ある夏の出来事_ハッピーライフ-官能小説(happylives-novel)

牝獣(ひんじゅう)となりて女史哭(な)く牡丹の夜 ——日野草城

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Once upon a summer time - ある夏の出来事

15-06-14 09:18

『第1楽章 - ラ・カンパネラ』

  女の目には緊張感が感じられたものの、発せられた言葉は生意気そのものだった。

「何の道具も使わずに、わたしを逝かせる自信はあるのかしら?」

  この女は何を強がっているんだと思った。だが、すぐに大学教授の父親と書道家の母親に我が儘放題に育てられたと聞いていたことを思い出した。

「どうだろうね、きみが素直に心を開いてくれれば」

「あなたらしくないお返事ね。もっと自信過剰な方だと思ってたのよ」

  10代の大半は父親の赴任する海外で育てられたためストレートな表現をすることが多い。そして、再婚とは言え会社経営者の妻となり、それでも得意なドイツ語を活かし外資系化学素材メーカーの役員秘書を勤めているというプライドの鎧で身を包んでいた。

  再婚した理由は前の夫との間に設けた子供のためだと聞いていた。小学6年生という多感な時期を迎えた子供に幸せな家庭を与えるためではなく、中学から高校、大学とエスカレーターで上がれる一流校の受験には片親は不利になると感じていたからだった。長い目で将来を考えれば、それも子供のためだと変に納得した。

  
  金曜日の午後3時にこうして一緒にいるのは、ある意味その子供のお陰だった。来年の受験生に向けて開催されたオープンキャンパスに親子で参加した後、遊びに行った子供と別れ会いに来たからだ。幸い秘書を担当しているドイツ人役員たちは本社会議に参加し、そのまま母国で長いバケーションに入る予定だと聞いていた。

「じゃあ、寄り道はせずにこのまま行こう」

  待ち合わせのカフェを出て、駅までの長いコンコースを繋ぐ最後のムービング・ウォークを降りたところで一瞬立ち止まると、手のひらに隠し持ったリモコンのスイッチをオフにした。

  しゃがみこんでしまいそうな聖子の身体を支えながら言った。

「縄や鞭はなくていいんだな?」  
  大きく深呼吸をしながら頷く聖子の背中に手を回すと、改札の横を素通りし長い下りのエスカレーターに向かった。

  聖子より一歩先に進みエスカレーターに乗り振り返ると、後に続く聖子の白いワンピースの裾を捲り上げた。対抗する上りのエスカレーターに男の姿を確認すると、恥ずかしさから聖子は目を閉じてしまった。

  フロアの数で言えば、4階か5階相当だろうか?長いエスカレーターを降りきる間に、少なくとも5人の男がにやつき、ふたりのご婦人が眉をひそめた。

  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆

  聖子と知り合ったのは丁度2週間前の金曜日だった。いや、厳密に言えばメールを送った日と言うべきかも知れない。そして、メールのリプライを受け取った時には土曜日になっていた。

  メールを送ったきっかけは単純なものだった。あるSNSに掲示された自己紹介のプロフィールに興味を持ったからだ。

  『外資系』『重役秘書』『趣味のピアノ』自己紹介の書き出しの2行を飾るこれらの単語は、まるで磁石のS極がN極に引き寄せられるように、あるいは魔法の言葉のように右脳を刺激した。もっとも、聖子のプロフィールに群がる多数の男たちは、自己紹介の後半の言葉、『夫とはレス』『役員会議室でのひとり遊び』に妄想を膨らませていたようだ。

  また、聖子はプロフィールに何枚かの魅力的な画像を貼り付けたいた。『白いブラウスとチャコールグレーのタイトスカートに包まれた後ろ姿』『花柄プリントのブラウスと白いフレアスカートでのM字開脚』『ひとり遊びの小道具』『白いブラウス越しに薄く浮かび上がる乳首の突起』そして、『ピアノに置かれた楽譜』の画像だ。

  彼女自身のセルフポートレイトによる画像は、背景の壁の雰囲気から役員会議室で撮られたことが伺え、小道具や楽譜は自宅で撮られたのが明らかだった。

  男たちの右脳を刺激し、妄想を膨らませてしまう自己紹介の言葉や画像は、聖子に更なる露出や小道具との戯れを要求するコメントを伝言板に集中させていた。

『フレアスカートをもっと捲ってM字の奥を見せてください』

『自分もレスなので、今度会いませんか?』

『今度、一緒に露出しましょう』

『ローターやバイブを使っている写真をお願いします』

  後で聞いたことだが、誰もが読める伝言板に書き込まれたコメントの何倍ものメールが送られていた。中には、勃起した自身の画像や丁寧にもプリントアウトした聖子の画像に精子を撒き散らした画像も送られていたらしい。また、下着を買いたい、愛人契約したいといった申し入れもメールで寄せられていたと聞いた。

  正攻法でメールを送っても、多数のメールに埋もれてしまうのは確実だと考え、外資系会社の役員秘書に英語のメールを送ることにした。

『写真の楽譜はラフマニノフのピアノ協奏曲ですか?それともリストによる練習曲、パガニーニのラ・カンパネラかな?ピアノが上手く弾けるのはエクスタシーを感じるのでしょうね?楽器が弾ける人にはジェラシーすら感じてしまう』

  同じような内容のメールが送られる中では目立つだろうとの考えは正解だった。メールを送った金曜日の深夜からは相当な時間が経過し、リプライを受けたのは土曜日の1時近かった。

  返事は英語ではなく日本語であったが、外資系の役員秘書は事実であると感じさせる内容であった。

『ラフマニノフやパガニーニを弾くだけの超絶技巧は残念ながら持ち合わせてないわ。ショパンの子犬のワルツの楽譜よ。でもあなたのために一生懸命に弾いたから見て』

  驚いたことにメールには画像が添付されていた。それは、全裸でピアノを弾いている聖子の後ろ姿であった。画像の隅に刻まれた時刻を見ると、リプライを受信した僅か10分前にセルフポートレイトされたものだった。

  早速、リプライに対し返信した。このモーメンタムを止めずに聖子を探ろうと思った。

『ショパンのワルツは、子犬のようにはしゃぎ回るあなたを表しているみたいですね?役員会議室で悪戯する子犬は首輪をつけるべきかな?素敵な画像を独り占めするのは勿体ない気がする。群がる多数の男たちの妄想を膨らませてやったらいかがですか?』

  リプライは、予想以上に早く送られて来た。同じような内容のメールに辟易としていた聖子にとって、刺激を与えるメールだったことを表していた。

  ショパンの子犬のワルツを弾く全裸の後ろ姿がアルバムに貼り付けられると、男たちの称賛のコメントが殺到した。画像を独り占めするより、メールとは言え土曜日の深夜に聖子を独り占めする優越感が勝っていた。

つづき「Once upon a summer time - ある夏の出来事2」へ


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