この話はつづきです。はじめから読まれる方は「Once upon a summer time - ある夏の出来事」へ
『第4楽章 - G線上のアリア』
何か考えごとをしているのだろうか、リズミカルに続けていた聖子とのウェブチャットは反応が止まってしまった。
聖子が何を葛藤しているのかは想像出来た。勢いで考えを述べるのではなく、じっくりと冷静な判断をした上での回答の方が望ましい。仮に逢うことになっても、勢いで決めたことは覆されることがあるからだ。
YouTubeで『幻想交響曲』を検索するとボストン・フィルの動画に目が止まった。ボストン・フィルであることと共に、古いモノクロ動画であることに興味が沸いた。
30秒の広告が終わり、指揮者が拍手の中、壇上に登ったタイミングで聖子からのウェブチャットが再開した。
『ごめんなさい、少し考えごとをしてしまったの』
『そうだと思ったよ。待っている間に動画を観ようとしたところだったよ』
『エッチな動画?どんなジャンルで検索してたの?』
『幻想的な動画、しかも洋物でモノクロ』
『ちょっと意外だわ、まさか金髪がお好きなの?』
『金髪は拘りがある訳じゃないよ。フランスで作られて、アメリカのボストンで撮影されたもの』
『何かマニアックな感じね。O嬢の物語をリメイクしたアメリカ版なの?』
『何か大きな勘違いしているみたいだな。ボストン・フィルが演奏するエクトル・ベルリオーズの「幻想交響曲」だよ。どうせ、おれがエロビデオでも観てると思ったんだろ?』
『バカ、わたしのことからかったのね。それにしても、あなたは不思議な方ね。ただの変態じゃなさそうね』
『それはそうだろ?ただの変態だけじゃ人生が成り立たないだろ?表と裏があって当然だと思わない?決して二重人格と言う意味ではないけど。二重人格って言うべきかな』
『そうね。表のあなたも、裏のあなたも興味あるわ。でも、あのかおりさんって女性が気になって仕方がないの』
『もしかして、レズっ気もあるのか?残念だけど連絡の取りようが無いんだ。別れる時にお互いの電話番号もメールアドレスも削除したからな』
『違うの、別にお会いしたいとかじゃなくて。1日だけM女として、あなたの調教を望んだ理由が知りたかったの』
『理由は深く訊かなかったよ。調教出来る喜びが先に来たしね』
『どんな方?小説だとチャーミングな女性と感じたわ。シングルマザーなんでしょ?』
『雇われとは言え、父親は社長らしいから社長令嬢、旦那とはDVで離婚、子供にすら手を上げたのがきっかけだ。ピアノが上手い幼稚園の主任先生。音楽好き、クラシックからビヨンセまで、車は弟から譲り受けたプジョー』
『あなたとは、どこで知り合ったの?』
『某サイトの掲示板。官能小説や音楽を語る掲示板』
『あなたからアプローチしたの?それとも彼女から?』
『掲示板ではお互いに語り掛けたけど、最初にメールをくれたのは彼女だった』
『そうなのね。もし、わたしが1日だけ調教してと言ったら、受け入れてくれるの?』
『その言葉を待ってた積もりだけど』
『本当に?でも、あなたが彼女にさせたことを考えると躊躇もあるの』
『それはそうだろ。ひとりひとりに個性があるんだから、きみにしたいことやさせたいことが彼女と同じである筈はないな』
『そう言えば、アナルが何とかって言ってたね?』
『そんなこと言ったかしら?』
『今更惚けなくてもいいだろ?会議室で文房具を入れることもあるって』
『そんなに経験がある訳じゃないけど、アナルは征服感を得られていいよな?女の立場からすれば逆だろうけど』
『あぁん。そんなこと言ったら感じちゃうわ。男の人にも気持ちいいの?』
『そうだね、特に壁越しに蠢くローターやバイブの振動が伝わるとね。ビジュアルから受ける快感もあるし』
『かおりさんとはアナルもしたの?』
『いや、小指の第一関節だけで痛みに耐えられなかった』
『そうなのね、良かった』
『そうなのね、良かったって?』
『わたしバカよね?かおりさんに嫉妬しているみたいなの』
『なぜ?』
『それは、あなたにもわかるはずよ。たった1日で終えたことを後悔しているでしょ?』
『でも、それは最初からの合意だったからな、お互いの』
『あなたの小説を読んで、かおりさんが命令をこなすごとに魅力を増していったように思えるの。わたしだったら、どうなんだろうって考えてしまうの』
『それって、まるでベルリオーズの「幻想交響曲」みたいだ。1人の女の幻影につきまわれるストーリー仕立てで5つの楽章が成り立っているらしいから』
『詳しいのね、今度聴いてみるわボストン・フィル。明日の夜に、またウェブチャットでお話出来るかしら?』
『そうだね、色々話を訊かせて欲しい。何をされたいか、何ができないか具体的に』
『わかったわ。あなたがわたしにしたいこともお訊きしたいの。一度、冷静になって考えさせて』
『そうだね、心を落ち着かせて考えるときには「G線上のアリア」を聴くんだ。お薦めだ』
『そうね、わたしもよ』
『あっ、きみの場合は「G線上のアナル」だったか?』
『バカっ!』
『ユモアのセンスと言ってくれないか?』
『はいはい。おやすみなさい、おバカさん』
『おバカさんと言えば、メールが凄いことになってるだろうね?』
『思い出させないでよ。プロフィール削除しようと思っているの』
『もう1日位ファンを楽しませてやったら?それに、おれも昼間のきみを見たいから何枚か写真を撮って欲しい』
『わかったわ。外資系役員秘書殿のオフショットを準備するわ』
『それは、楽しみだ』
『ひとつ訊いていい?』
『ひとつでもふたつでも、どうぞ』
『もし、わたしと逢うことになったら小説に書くの?』
『書かれたくない?書くときは、同意を貰ってるんだ。いやなら書かないから安心していいよ』
『書いて、素敵に』
そう答えた聖子のチャットにはウィンクしベロを出した顔文字が付けられていた。「G線上のアリア」を聴きながら冷静に考えたとしても、逢うことを止めると言う選択肢は無いだろうと確信させるものだった。
つづき「Once upon a summer time - ある夏の出来事5」へ
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