伊東さんと名前を呼ばれて槙雄は振り向いた。
振り向いた先に居たのは部活の後輩だった。
何か用事かと聞くと見掛けたので声を掛けたと後輩は答える。
何とないただの会話だ。
そうやって槙雄は後輩と二人で部室へと一緒に行くことになった。
別にそこに何かしらの意味は無い。
ただ、その後輩が目を見張るばかりの美少女であったばかりにブサメン槙雄と隣り合って歩いていることに周りは驚き、嫉妬に駆られて怨嗟の念を槙雄へと送ってきている。
デブが調子に乗って、キモイくせに、下心見え見えだクズ、等々と悪意ある小さき声が槙雄へと向けられる。別にお前らの思う様な関係ではないと槙雄は心の中で反論するが、所詮は小市民の無駄な足掻き。
はっきりと声に出して、面と向かって反論など出来はしないものだから悪意は消えず、いつまでも槙雄に向けられたままだ。本当に損な人生である。
「あぁっ!?槙雄が御手洗さんを襲っている!!」
部室に入って聞こえてきた、どこか間抜けた声に槙雄は顔をしかめる。
槙雄と後輩が部室の入り口で二人して立っているとずんずんとそいつは真っ直ぐに槙雄の方へと歩いて来る。
「ちょっと、ちょっと、離れなよ。御手洗さんに槙雄の臭い匂いが移るから!て言うか、僕にも移るから離れろ、馬鹿!」
そう言ってそいつは槙雄を手で押しやって自分と後輩との距離を開けさせる。
「ささ、御手洗さん。僕たちとお話しよう」
それから、後輩の手を取って、そのままずんずんと元居た場所に戻っていった。
槙雄はそれを見届けて、部室の適当な机に座る。
そして、画材を出して描き掛けのスケッチを完成させるべく筆を取った。
暫くして、部室に顧問の先生が来て部活が始まる。
個人的なスケッチから部活動の油絵へと描くものが変わるが槙雄はただ黙々と描いた。
部室には他に何人も生徒が居たのだが、槙雄はそれらとは一切会話をせずに絵だけを描いた。
槙雄とはそういう男だった。
だから、部活が終わって帰る時間に成っても槙雄は一人で部室を後にする。
ちらほらと徒党を組む周りとは何も関わらずに一人で帰宅する。槙雄とはそんな男なのだ。
家に着き、槙雄は一息吐く。今日は途中でコンビニに寄ったので少し遅い帰宅であった。だが、それを咎める者はいまこの家には居ない。両親とも帰りが遅いのだ。帰らない事もある。だから、槙雄は自由を満喫している。
「あ、遅かったね、槙雄。待ちくたびれたよ、僕」
しかし、そこに邪魔者は居た。どこか間抜けた声のそいつが居た。
つづき「愛し乙女は奴隷する(02)」へ
コメント