母、由美が二年前に、宮沢修一というホテル・オーナーと結婚したおかげで、治は随分金回りが良くなった。
名古屋市内の大学へ通うにもベンツで、腕には金のロレックスをはめている。
現在彼女はいないが、その気になれば女なんていくらでも出来る、とうぬぼれている。
母とは妙に仲が良く、まだ中学生だった頃、入浴中の母に内緒で脱衣室から赤いパンティを失敬してすぐに見つかっても怒られず、「おまえももうそんな年なんだね」と苦笑されるだけだった。
母はホステスという職業柄、非常に色っぽく、時にどきりとさせられる事もあったが、あくまでも母親だった。
そんな彼女がようやく結婚する事になってお水稼業からきれいさっぱり足を洗うと知って治はほっとした。
と同時に、相手が資産家だとわかってにんまりしたのだった。
これで贅沢が出来る。
義父の修一はかなりのやり手で、父親から受け継いだホテルを一代で市屈指の高級ホテルにまで発展させた。
その[ホテル・エンペラー]は白亜の瀟洒な外観で、肌理の細かいサービスと相まって非常に人気が高い。
由美はそのような名門で副社長として敏腕を振るっており、修一はぞっこんである。
だが、彼の長女、綾はそんな由美が面白くなく、何かにつけては義母に皮肉を言ったり、あからさまに責めたりする。
内心腹立たしい由美だが、感情をぶつけて事を大きくしては自分の為にもならず、耐えている。
無論、継母としての引け目もある事は承知している。
治は、母に冷たい態度を取り続ける綾がどうしても許せなかった。
金持ちというだけで威張りやがって!てめえがどんなに偉いというんだ!
腹の中で義姉を引っ叩いたり、ぶん殴ったりして気を紛らわせていたが、そんな事で所詮すっきりするものではなかった。
もやもやした思いを持ち続けたまま時間が流れる内に、名門女子大卒で、仕事に強い意欲のある綾はホテル内で専務取締りの地位に就き、未だ何の役職も持たない治とは比較にならなくなっていた。
それが又彼には癪で、何とか義姉を今の地位から引き摺り下ろし、さらにその天狗の鼻をへし折ってやりたく思っていた。
つづき「名古屋の嵐(二)」へ
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