この話はつづきです。はじめから読まれる方は「堕ち彼様(01)」へ
昔、私には憧れの人がいた。それは、きっと、誰もが通る道。夢を見る年頃。当時の私は憧れの人と一緒に居る為に色々と努力をしていた。なにせ、相手は競争の激しい周りの女の子の理想の的。当時の私はその人と会話をするだけでも嬉しかった。
そう、だから、私は彼を…明間を…利用して…。
「いらっしゃい」
「え?」
後悔という記憶を辿りながら帰宅する私に何者かが話をかけてきた。私は警戒をしながらもその異様な雰囲気の人物から目が離せない。
「1万円になります」
「はぁ?」
そんな私にそいつはお金を要求して、一枚の紙を差し出す。買えという事だろうか。このただの真っ白な紙を。
「貴方ね、不審者として通報されたくなかったら」
「お客様の想いをお書き下さい」
「えっ…」
その言葉に心を見透かせれた様な気がした。だからだろう、私は黙って、一万円を差し出す。
「毎度」
私は馬鹿だ。いまさら、何を書くというのだ。
「…あのっ…あ?」
気が付けば目の前の怪しい人物は消え失せていて、得体の知れない何かに化かされた気分になる。ただ、手には確かに先ほどの真っ白な紙。
次の日、私の機嫌はとても悪かった。
なぜ、あんな物を買ったのかと後悔していたのだ。買わなければ、あんな事を書いたりはしなかったし、こんなに苦しい想いをしなくても良かったのだ。なぜ、あんな事を書いた。なぜ、あんな事を想った。
馬鹿だ。馬鹿だ。大馬鹿だ。
「七瀬ちゃん?」
「明間!?」
本当に馬鹿。学校に来れば、出会うに決まっているのに。それとも、私は、あの真っ白な紙に書いた想いが実現する事を願っているのだろうか。だから、彼に会いに来てしまったのだろうか。
「大丈夫?具合が悪いの?」
「別になんでもないわ」
私は心の中で笑ってしまう。ある筈がない。結局、私はまた彼に対して傲慢な態度でいつもの距離を置く。
痛い。胸の奥が握り潰されてしまう程にとても痛い。勝手に表情が歪む。彼には見せたくない。見せてはいけない。知られてはいけない。
「ほら…アンタ、あっちに行きなさ…い、よ?」
「んー、七瀬ちゃん、少し熱があるんじゃねぇ?」
彼の額が私の額と合わさる。彼の体温が私に伝わる。
「え…ちょ…あすま?」
「ん?なに、七瀬ちゃん?やっぱり、具合悪い?」
驚く私とは対称的に彼は何事もない様に、まるで、自然な出来事といった風に私の方を見る。
「休む?んじゃ、家に連れて帰ってあげるよ」
彼の距離がとても…近い。
つづき「堕ち彼様(03)」へ
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