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第6話『ホワイト・バレンタイン - 結ばれたマフラー』
運ばれた三つのグラスが軽やかな音を立てた。
「乾杯、今日はお疲れ様でした」
大高が乾杯しフローズンダイキリを一口口に含むと、由紀は自らのグラスを玲のグラスに軽く当てた。
「持ち主に帰ってきたマフラーに乾杯」
玲が広げたノートの文字を目で追いながら由紀は言葉を続けた。
「このMIさんって方、ユーモアのセンスがありますね。それに店員さんじゃなくてお客さんと言うのも不思議」
「そうですね、この方がマフラーの忘れ物に気付いたらしいですよ。ぼくが帰った後に同じ席に座って」
「しかも、それが色違いの同じデザインのマフラーなんて本当に偶然の一致ですね」
大高が玲の書き込みに続くMIのメッセージを読むとしみじみと呟いた。
「笠野辺さん、お返事書きませんか?」
そう言うと由紀はローズピンクのボディのボールペンを玲に差し出した。
「あっ、インクは黒ですよ」
あまりにも女性らしいボールペンに一瞬戸惑った玲の表情を察したらしく笑顔を見せながら言った。
「そうですね、感謝の気持ちを伝えなきゃね」
由紀に借りたボールペンを手にすると、玲はノートに文字を走らせた。パーカー製のボールペンだろうかスムーズな書き味を感じていた。
『MI様、素敵な伝言をありがとうございました。色とデザインに一目惚れしたマフラーでした。忘れたのが、このカフェで良かった。また、戻って来てフローズンダイキリを飲んでます。RK』
玲がボールペンを由紀に返すタイミングでコブサラダが運ばれて来た。
「コブサラダお待たせ致しました」
運んで来たのはさっきのウェイトレスではなく美鈴だった。
「今晩は、RKさん。また、来てくださってありがとうございました。店のスタッフにマフラーのお客様がいらしてると聞きましたのでご挨拶に」
「改めてありがとう、笠野辺です。あれ、今日はお休みと言ってませんでしたか?」
「はい、お休みだったのですがつい来てしまいました。だけど、今日はお客さんとしてだからお給料は出ません」
「それは嬉しいな。落書きノートをまた書きました」
「そうですか、後で読ませていただきますね。今日はMIさんと一緒なんですが、連れてきていいですか?」
さっき視界の隅に捉えた、もうひとりの女性がMIではないかと感じていた玲は微笑みながら答えた。
「是非。お礼を申し上げたいですね」
「はい、呼んで来ます」
美鈴がカウンターに戻るとMIはナチョスの皿を持って現れた。
「ナチョスお待たせ致しました」
MIの姿を見ると由紀が驚いたような表情を見せながら『あらっ』と呟いた。
「どうした小林くん?」
由紀の表情に気付いた大高が訊いた。
「直接お目に掛かったことはないですが、何度か受付ロビーでお見掛けしたことが。昨日もいらしてたのでは」
それにはMIこと実可子の方が驚いた様子だった。昨日、新規に派遣するスタッフに同行したクライアントは一社だけであった。
「もしかすると、ガンマ・システムの方ですか?」
「はい。やっぱりそうでしたね。お顔に見覚えが」
「ブライトン・スタッフ・サービスの伊原と申します。御社には私共のスタッフを派遣させていただいております」
「良かったら、こっちに来ませんか?」
立ったままの実可子に向かい大高が誘った。
「お邪魔ではありませんか?」
このテーブル席のゲストが自らのクライアントであったことに緊張の表情を見せながら実可子が尋ねた。
「どうぞ遠慮なさらず。大勢の方が楽しいですからね」
大高は実可子の緊張感を感じたのか優しい声で答えた。
「ではお言葉に甘えさせていただきます。改めまして伊原 実可子です」
「大高です。こちらがRKさんこと笠野辺さん、そして、小林 由紀さん」
「小林 由紀です。よろしくお願いします」
「マフラーを忘れたうっかりRKです」
想像もしなかった表現で自己紹介する玲に実可子は驚きと戸惑いの表情を見せた。美鈴に言ったことが筒抜けになってしまっていたからだった。
「すみません、美鈴ちゃんですよね?」
「そうですよ、せっかちMIさん」
自分の欠点も美鈴が話していることに気付き少しは気が楽になり笑顔を取り戻した。
「もう、あの娘本当におしゃべりなんだから」
大高と由紀はふたりの会話を理解出来なかったが、そう言いながら顔を赤らめる実可子を見て、美鈴を通じてお互いの情報が伝わっていたのだと想像していた。
「ポップコーン・シュリンプお待たせしました」
実可子が同じテーブル席に着くのを見ていた美鈴は、皿と共に実可子の飲み掛けのワイングラスを持って現れた。
「吉川さんも一緒にどうですか?ねっ、うっかりMIさん」
からかうような玲の口調に、自らがお互いのインフォーマーとして情報を伝えていたばつの悪さからか、美鈴は舌をちょこんと出した。
「はい、わたしもグラスを持って来ます」
そう言うとカウンターに自らのグラスを取りに戻った。
「可愛い方ですね」
自分より更に若いであろう美鈴に対し由紀が率直な感想を漏らした。
「最近は妹のように感じてます。素直で明るくて、でもちょっとお調子者ですが」
「お店のスタッフとそこまで仲良くなる位の常連さんてこと? 素敵なお店ですよね」
フローズンダイキリをごくっと飲んだ大高がようやく緊張が解れ始めた実可子に向かって言った。そして、自らのビアグラス、フライド・オニオンリングと皮付きのフライドポテトが入ったバスケットを持って現れた美鈴は『皆さんで召し上がってください』と言いながらテーブル席のゲストに加わった。
「お邪魔します、吉川 美鈴です。今日はお休みなんですけど、このお店でアルバイトしています。皆さん、いつでも来てくださいね」
大高と由紀が改めて自己紹介すると、実可子が度々訪問するクライアントであることに驚きを隠せなかった。
「マフラーの件といい、本当にいくつもの偶然が重なるなんて素敵。もう偶然を通り越して必然って感じですよね」
由紀が自分自身に言い聞かせるように言うと実可子が大きく頷きながら言った。
「本当ですね。街で自分と同じバッグを持っている女性を見掛けることはあっても、異性の方が自分と色違いのマフラーを持ってたことに驚きました。どんな方なのかなって気になってました」
「期待を裏切ってしまったかな?若いイケメンを想像してたなら」
「そんなことありませんよ。今日のスタイルに凄く合っていて、素敵なコーディネートだと思います」
「そうですよね、わたしも笠野辺さんのファッションセンスいいと思います」
実可子のコメントに続き由紀が感想を述べた。
「あっそうだ、大高さん、ひとつ提案していいですか?」
「えっ、私のファッションがダサイからコーディネートしてくれるのか?」
「違いますよ。大高さんもうちの会社の中ではお洒落な方ですよ。そう言ってる女子社員も結構いるんですから」
「じゃあ提案って?学生ののりで一気飲みじゃないだろうな」
「学生ののりではありませんが、せっかくのお酒の席だし、美女三人に囲まれてるしお互いを苗字で呼ぶのを止めにしませんか?小林さんとか小林くんだと仕事の延長みたいだし」
「笠野辺さん、いかがですか?」
「いいアイディアじゃないですか?アメリカではファーストネームで呼ばれてたんじゃないですか?」
「そうですね。謙一はケンイチよりケニチと発音されるからケンと呼ばせてました」
「じゃあ大高さんはケンさん、笠野辺さんはレイさん、あと実可子さん、美鈴ちゃん、わたしは由紀って呼んで欲しいです」
「ケンさんとレイさんなんて外国の人たちにも言いやすいお名前ですね。わたしはミカコともミーとも呼ばれてました」
「外国にいらした?」
実可子の言葉に大高が興味を示して尋ねた。
「はい、父の仕事の関係で小学校はアメリカでした」
「へぇ、アメリカのどちらに?」
「アーカンソーです。ちょうど、クリントンさんが大統領になった年に帰って来て日本の中学校に入学しました。あっ、歳がバレてしまいますね」
「計算は出来るけど。。。まだまだ若いじゃない。ねっケンさん?」
「えぇと、クリントン大統領は何年前でしたっけ?二十年位経つんでしたっけ?」
「いい線行ってます。就任は九十三年ですよ。今日が三十二歳最後の日です」
「最後の日?実可子さん、明日が誕生日なんですね?ちょっと早いけど、おめでとうございます」
グラスを突き上げた由紀に続いて皆が実可子に向かいグラスを上げた。
「ありがとうございます。でも、微妙な年齢ですよね、アラサーと言っていいのかも微妙だし」
「実可子さん、若く見えるじゃないですか。スーツ姿は見たことあったけど、今日のニットのワンピ素敵な大人の女性って雰囲気です。笠野辺さん、あっレイさんの好きなコーデですよね絶対」
「ありがとう由紀さん。お洒落な方にそう言っていただくと自信になります」
「実可子さん、ケンさんもレイさんもアメリカ好きなんですよ。この前、こっそりふたりでアメリカンフットボールを観にスポーツバーに行きましたから」
「こっそりって人聞きが悪いな」
玲が笑いながら言った。
「だって、由紀のこと誘ってくれなかったもん」
そう言って少し拗ねたような表情を見せた由紀に大高が笑いながら茶化した。
「おいおい、由紀のことってヴァージンカクテルなのに酔っ払ってしまったのか?」
「このお店の雰囲気に酔ってるんです。それにレイさんって甘えさせてくれる雰囲気を持っているんですよね」
「いやぁ、ぼくよりケンさんの方が優しいと思うよ。週末車を使わせてくれるじゃない」
「えぇ、レイさんてもしかしてS様なんですかぁ?」
「どうだろうね、想像にお任せします」
「あぁ意味深ですね。実可子さん、美鈴ちゃん、どう思います?」
返事に困っている実可子と美鈴に大高が助け船を出した。
「初めて会ったふたりが分かる訳ないだろ?あっ美鈴ちゃんは二回目か。じゃあ分かるかな?」
大高にしては珍しい反応だと玲は思った。フローズンダイキリを二杯飲み、三杯目のソルティードッグが言葉を滑らかにしているのだと感じた。
「そうですね。うーん、わたしの印象ではレイさんがSで、ケンさんがM。実可子さんはMでしょ?そして、由紀さんは両方持ってそうかな?」
中々会話に加われずにいた美鈴がチャンスとばかりに一気にまくし立てた。
「こら美鈴ちゃん、駄目よそんなこと言っちゃ」
妹を諭す姉のように美鈴を制する実可子に由紀が面白がって話題を続けた。
「わたし自分ではMだと思ってたけど、S性も持ってるのかなぁ?じゃあ皆さん、わたしが判定しますのでこの手に顎をのせてみてください。実可子さんから」
そう言って、手のひらを閉じて実可子の顔の前に突き出した。
「顎をのせるの?」
「はい、のせてください」
実可子が頬に掛かった髪を後ろで束ねるような仕草をして自らの顎をのせた。
「はい、わかりました。次は美鈴ちゃん」
美鈴も同じように顎をのせると、由紀は大高と玲にも同じことをさせた。
「美鈴ちゃん凄い。ぴったり予想通り」
「えぇ、わたしどっちなんだろう?」
「じゃあ、順番に発表します。実可子さんはMですね。美鈴ちゃんはMのように見せて実はS、そしてケンさんはその逆です。あぁん、レイ様ったらドS様です」
少し芝居じみた口調で言う由紀に大高が笑いながら尋ねた。
「この短時間でどうやって判断したの?質問した訳でもないし」
「わたし、わかったかも。。。もしかして視線ですか?」
それぞれの様子を思い出したように美鈴が言った。
「はぁい、正解。実可子さんは顎をのせるまでも、のせた後もわたしの目をまったく見ませんでした。美鈴ちゃんは最初は見てなかったけど、顎をのせてから見てくれたの」
「じゃあ、おれは逆のパターン?最初は見てたけど、途中で目を反らしたってこと?」
「そうでした。そしてドSのレイ様はずっと由紀の目を見つめてくれて顎をのせた時にウィンクしてくださいました。由紀が恥ずかしくなって視線を反らすまで顎をのせたままでした」
「キャー!レイ様ドSッ!」
由紀の口調を真似て美鈴が囃し立てた。
「それなら小悪魔由紀ちゃんはケンさんと一緒ってこと?」
「あぁん、初めてレイ様が名前で呼んでくださいました」
「今日はどうした?いつもは見せない弾けぶりじゃないか。嶋田が見たら驚くだろうな」
大高が普段は冷静で効率的に仕事をこなす由紀の意外な一面を見て驚きを隠せなかった。相当仕事でプレッシャーを与えていることを理解していたが、入社五年目の今が成長への伸び代があると判断した結果だった。
「由紀さんは甘え上手ですね。年上の男性からしたら可愛くて仕方ないじゃないでしょうか。ケンさん、どうですか?」
実可子が柔らかな微笑みを見せながら言った。
「ぼくの部署に移って、そろそろ丸二年ですがこんな彼女は初めて見ました。ぼくが厳しいせいか全然甘えてこないですよ。逆に仕事が出来るから脅威に感じる男子社員もいる位ですよ」
「実可子さんて今日はカジュアルだけど、スーツ姿だとバリバリのキャリアウーマンのオーラが出てますよね。ロビーで何度かお見掛けしてかっこいいって思ってました」
「上司には少しビジネスライク過ぎてもっと愛想良くしろと言われてます。ある程度心を開いた人じゃないと壁を作ってしまうと言うか。。。。帰国子女でいじめられたり仲間外れになってた時があったんです」
実可子の意外な話にレイが興味を持って尋ねた。
「帰国子女が何か関係あったの?」
「インターナショナルスクールなんて無い田舎町だったんで、中学校に入った当初は日本語も変だし、漢字も読めないし。でも、いちばんの理由は英語なんです。英語の先生より出来るし、それでThis is an apple. I am a girl. ですからね。生意気な態度で先生がいちばんやり難かったと思います」
「なるほどね」
「だから、悩んだ末にカタカナ読みの英語に変えたら、仲間外れもなくなり受け入れてもらえました。でも、誰かに頼らない、甘えることが下手くそな人格が形成されてしまいました」
「実可子おねえさま、美鈴には甘えてくださいね」
実可子の話を神妙な表情で聞いていた美鈴が、まるで由紀の口調を真似たように言い、みんなの笑いを誘った。
そして実可子は初めて会った人たちに心を開き始めている自分自身に驚いていた。大高や玲のような大人の男だからだろうかとも感じていた。
それぞれがお互いの好きな音楽や映画、スポーツや旅行と言った他愛のない話をしていたが、楽しい時間というものはあっという間に過ぎるものである。大高がチラッと腕時計を見るとちょうど十一時を示していた。
大高が時計を見たことに気付いた由紀が気を効かせたのだろう甘えた口調からは程遠いトーンで口を開いた。
「ケン様、レイ様、最後の一杯を飲んだらそろそろ参りませんか?」
「そうだね、明日はスノーボードで早起きだったね。それに笠野辺さんもお疲れでしょうから」
「じゃあ、わたしはヴァージンピナコラーダを飲んでみます。レイ様とケン様は何にしますか?」
「そうだな、ベルギーのフルーツビール、フランボワーズでも飲んでみようかな」
「じゃあ、ぼくはコロナを。実可子さんと美鈴ちゃんは?」
大高が尋ねると実可子は『レイさんと同じベルギーのビールを』と答えた。
「じゃあ、わたしが持ってきます」
今日は客として来ているものの本来ウェイトレスの美鈴が席を立ってカウンターに向かった。
「皆さんのお陰で今日楽しかったです。あっそうだ、落書きノート書きませんか?」
テーブルの端に置かれたままのノートに由紀が手を伸ばした。
「きみが代表して書いてくれよ、帰る前にトイレに行って来るから」
大高がトイレに向かうとテーブル席には由紀と実可子、そして玲が残された。
「実可子さん、レイ様にだったら甘えさせてもらえるんじゃないかしら」
「えっ?」
ノートに文字を走らせながら、一瞬顔を上げて口走った由紀が発した言葉に実可子も玲も驚きの声をあげた。
「由紀は今日いっぱい甘えさせてもらいましたから。。。実可子さんも甘えさせてもらえばいいのに。。。ちょっとだけ素直になって。。。」
今度はノートから目を離すことなく言った。
「はい、完成。レイ様は書かれます?」
「由紀が代表して書いてくれたからいいよ。それに来て直ぐに書いてるし」
「由紀ちゃん、レイ様が由紀って言ってくれたわね、気付いた?」
「あぁん、ちゃんと聞いてなかったぁ。レイ様、もう一度お願いしますぅ」
「本当に甘え上手だな由紀は」
「嬉しいです。もっと可愛いらしい女性になるよう頑張ります」
「由紀ちゃん、今のままで可愛いわ。わたしも見倣わなきゃ」
「実可子様にそう言っていただけて嬉しいですぅ」
仕事が出来るかっこいい女性と思っている実可子に言われたことが嬉しかったのだろう、由紀が甘えた声を出した。
「お待たせしました」
カウンターに飲み物を取りに行った美鈴と一緒に戻って来た大高がウェイターの真似事をした。
「フランボワーズ風味のフルーツビールです」
そう言いながら実可子と玲の前にグラスを置く。
「お嬢様、ピナコラーダお待たせしました」
執事のように一礼し由紀にグラスを差し出した。
「ケンさん、ノリノリね由紀ちゃん」
大高が見せた意外な姿に実可子が笑いながら言った。
「そうですね。仕事の時は絶対見せないです」
「出来る男が見せるギャップは素敵だろ?惚れ直したか?」
今度は、由紀が驚いてしまい冷静な口調で言った。
「こんなことも絶対言わない人ですよ」
「気持ちよく酔ってるんでしょ、ケンさんは。いい酒を飲んだってことですよ美女たちに囲まれて」
美鈴からコロナのボトルを受け取ると大高が席に着き、続いて美鈴も着席した。
「雪が降り続いてますよ、車の屋根にもだいぶ積もってる。運転大丈夫か?と言ってもきみしかいないけど」
「わたしは縦列駐車以外は大丈夫ですから心配ご無用です。そう言えば、実可子さんと美鈴ちゃんはどう帰られるのかしら?」
「わたしはJRです」
「わたしは地下鉄ですが、歩くと直線的に帰れるので。。。十五分くらいです」
「雪の中を十五分は辛いんじゃないか?遠慮せず乗って行けばいいよ」
「ありがとうございます。でも、わたし雪ってあまり経験ないんで、ちょっとワクワクしてるんです」
「じゃあ、実可子さん駅まで」
「いえ、タクシーに乗りますので」
「レイ様をお送りするので、わたしの運転で良ければ一緒に行きましょ実可子さんも」
実可子は一瞬玲の視線を感じた。そして玲は優しく微笑むように助け船を出した。
「甘えさせていただけば?」
「じゃあ、お言葉に甘えさせていただきます」
「ほら、素直になると甘えられるでしょ実可子さん」
数分席を外した間に交わされた会話の内容を知るよしもない大高が不思議そうな顔を見せた。
五人揃って外に出るとビルの影響もあり、雪混じりの風が横から吹いていた。寒さに肩をすくめながらも戻って来たマフラーがより温かく感じた。
「ちょっぴり妬けるけど本物のカップルみたいですね」
並んで立つ実可子と玲の同じデザインで色違いのマフラーを見ると由紀が言った。風の音と頭から被ったダウンジャケットのフードにより、言葉はふたりに届かなかった。
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