蜜よりも甘し_ハッピーライフ-官能小説(happylives-novel)

牝獣(ひんじゅう)となりて女史哭(な)く牡丹の夜 ——日野草城

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蜜よりも甘し

15-06-14 09:30

ふと、立ち止まった時。気付いてしまった事はないか。自分がどうしようもなく、周りから逸脱してしまっている事に。同世代は、もはや、遠い憧れの存在でしかない事に。世界の流れという物に乗れていない事に。気付いたからとして、やはり、どうしようもない事に。

克也はいつもの様に仕事を終えて家へと帰る。なんという事もない日常だ。代わり映えのしない日常だ。恋人はいない。友達も多くない。ただ、生きる為に惰性で動いている日々に過ぎない。
ただ、克也はそれでもいいと思っている。この幸せではないが、不幸ともない生き方が自分にあった形なのだと考えている。
そうして、いつもの様に仕事から一直線に辿り着いた、まぁ、安くはないそこそこのアパートである自宅の玄関前で彼は鍵を取り出した。
差し当たり、今日も変わらない一日であった。
「こ、こんにちは」
今までは…。
取り出した鍵を指先で摘まんだままに克也は声のした方を見る。
「こ、こんにちは!」
大事な事だから二回言ったとか、覚えた言葉をオウムが連呼してるとか、そういうのではない。
控え目な視線で下から自分を見上げてくる生物に克也は心当たりがあった。
二つ隣の部屋に住む小学生の女の子である。
名前は確か…。
「こんにちは…かな、ちゃん?」
「…早苗です」
「あぁ、さなえちゃん」
少女の母親がよく彼女の名前を省略して呼んでいたが、聞き間違えていたらしい。克也は申し訳なさそうに愛想笑いをしてから視線を玄関へと戻して鍵を開ける。
「それじゃあね、早苗ちゃん」
そして、いつもそうしている様に単なる顔見知りのご近所さんといった態度で部屋の中へと入る。
「あ、あのっ!」
しかし、扉を閉めようとした所で、再び、早苗から声がかかったので何事かと半身を外に出して彼女を注視する。
克也のそんな視線に早苗は居たたまれないという感じで、再び、その口を開いた。
「その…すみません。お願い…お願いがあるんです。母が…母が帰って来るまで、えっと、佐野上さんの所に居させて貰えないでしょうか…」
何を言っているんだろう。
克也は呆けた顔をしながら、愚鈍な頭で色々と考えをまとめ様と努力をする。
「…えっ?」
しかし、解答を得ないままに彼は早苗に疑問符の言葉で問いかけた。
「あの、鍵を…無くしてしまって…母は遅くにしか帰って来なくて…他の部屋の人は知らないし…その…だから」
そこで、彼は、ようやく理解する。
なるほど、つまり、助けろと?

つづき「蜜よりも甘し(02)」へ


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