虚構_ハッピーライフ-官能小説(happylives-novel)

牝獣(ひんじゅう)となりて女史哭(な)く牡丹の夜 ——日野草城

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虚構

15-06-14 09:40

 僕は本当の犯人では無い

死刑を執行された死刑囚の独房から発見された唯一の遺言を頼りに死刑囚の友人が巨大組織に噛み付いた

飯塚敬之がこのメモに気が付いたのは親友で元死刑囚 及山茂樹の母親から渡された遺品の整理をしている時であった、及山茂樹の母親 及山登志子は息子が殺人犯として逮捕され死刑判決が出ても息子の無罪を信じ続けて来たが体調を崩し入院先で癌が発見されそれは既に手の施しようも無い末期癌であった、唯一の協力者であった弁護士の松永利樹も再審手続きを大詰めに迎えていた時、裁判所からの執行命令が届き手も足も出ないまま及山茂樹は死刑執行されてしまった、そして原告代理人として松永利樹が刑務所へ赴き及山茂樹の遺品を持ち帰って来たのだ

「おばさん、こんな大事な物 俺に預けて良いのかい?」

飯塚敬之は病室のベッドで微かな意識で力無く喋る及山登志子に涙ぐみながら最期の会話をしていた、登志子は掠れた声ではっきりとは喋らないまでも無念さを滲み出しながら呟いた

「…これで…やっ…と…息子に…あ…える…あの子…私の…中では…まだ…さんじゅう…なのよ…これで…会えます…敬之…君…息子を信じてくれて…ありが…とう…」

登志子はそう言い終わると同時に息絶えた、登志子の病室は淋しい限りであった全ての肉親は息子茂樹の逮捕されてから肉親の縁を全て切られ母登志子はたった1人で闘って来たのだ、それを助けていたのは親友の飯塚敬之と弁護士の松永利樹と僅かな支援者だけであった、心なしか登志子の死に顔は安らかの様に見えた、医師達が登志子の蘇生処置を何度も繰り返すが蘇生する事は無く無念そうに若い医師が絞り出す様な声で言った

「残念です、ご臨終です」

その言葉に飯塚敬之と弁護士の松永利樹は肩の力が抜けた、20年以上息子の無罪を訴え続けた登志子の人生が終わった瞬間であった、登志子の葬儀は寂しすぎる程淋しく近所付き合いも殆どなかった登志子に線香を手向ける者は誰も居なかった、登志子の意向により先祖の墓には入らず小さな小さな墓石が造られその中に息子茂樹と共に眠る事と成った、飯塚敬之は暫く何も手に付かず仕事もダラダラとやり過ごしそんな日が3ヶ月程経った11月の末に小さな段ボール箱に詰められたら茂樹が残した遺品の整理を始めた、中に入っていた物は歯ブラシ、小さな石鹸、弁護士松永利樹との手紙、母登志子との手紙だけであった、手紙の内容を見ると涙で先が読めなかった、飯塚敬之は手紙を封筒に入れ何気なく封筒の裏を見た、其処には小さな一文字が書かれていた、飯塚敬之は逸れが気になり全ての封筒を調べると文字が違えど一文字づつ書かれていたその文字を何度も並べ替えて1つの文章が出来上がった、僕は本当の犯人では無い、このメモは刑務官の検疫を逃れる為に書かれた唯一の遺言と飯塚敬之は捉えた、しかし敬之は納得出来なかった茂樹は取り調べの段階から公判中一貫して無実を訴え続けていたのだ、こんなまどろっこしい真似をしなくても良いのではないかと、そう考えた時、ある日の記憶が蘇った其れは茂樹の亡くなった母登志子の言葉であった

「月に何度も独房の検疫が有るんですって」

母登志子の言葉を軽く当時は受け流していたが、敬之は疑問に思い直ぐに弁護士松永利樹に連絡を取った、幸いにも松永利樹は直ぐに携帯に出て呉れた

「先生、すいません夜分遅くに」

飯塚敬之は済まなそうに言った、弁護士の松永は疲れた声はしていたが気に素振りはなかった

「別に気にしなくても良いですよ、何か有りましたか」

松永利樹の言葉に検疫の話をしてみると、松永利樹もその話は初耳だと答えた、確かに死刑囚の自殺行為叉は脱獄行為、不正連絡を防止する為に検疫検査は行うが月に何度もとは聞いた事は無いと答えた、飯塚敬之は再度再審手続きは取れないのかと松永利樹に訴えたが帰って来たのは無念さだけであった

「残念だが我々が再審手続きをする事は不可能なんだよ、肉親以外の再審請求は法律で認められていないんだ、登志子さんが亡くなった時点でこの事件は終わってしまったんだよ」

松永利樹の声は落胆に等しかった、しかし次にこんな事を言った

「再審請求は出来なくとも、事件を告発する事は可能だよ」

この松永利樹の言葉に飯塚敬之は有る決心を決めた


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