果葬◇5_ハッピーライフ-官能小説(happylives-novel)

牝獣(ひんじゅう)となりて女史哭(な)く牡丹の夜 ——日野草城

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果葬◇5

15-06-14 10:04

この話はつづきです。はじめから読まれる方は「果葬◇1」へ

「ラーメン、おまちどお」

白いコック帽を被った初老の店主は、カウンターにどんぶりを置いた。
客の男はそれを自分の前まで引き寄せると、箸もつけないうちに、
「昔ながらの和風だしの中華そばだね」
などと知ったふうな口を利く。

店主は面白くない顔をして、
「そばじゃねえ。うちは昔っからラーメンしか出してねえんだ」
と腕組みの姿勢をとった。まさしく労働者らしい太い腕をしていた。

男性客はスープの中に箸をくぐらせると、そこから引き上げたちぢれ麺を一気にすする。
そして納得の表情で何度か頷き、立ち上る湯気の中で、美味い、美味い、と絶賛しながら食べつづけた。
美味くて当たり前だ、と店主は無言で次の仕込みに取りかかる。

「じつはですね」

客の男があらたまって言った。

「僕はラーメンを食べに来たわけじゃないんです」

突然なにを言い出すんだという目で、店主は彼のことを凝視した。

「少しだけ、お話を聞かせていただきたいのですが」

そう言って彼は手帳を示し、加えて北条(ほうじょう)と名乗った。
店主の顔に焦りの色が滲んだ。

「それってまさか、今朝の事件のことですかい?」

「そうです。あなたの奥さんが公園で発見したという、あの全裸の女性についてです」

「うむ……」

あまり関わりたくないのか、店主は明らかに狼狽している。
幸いにも北条以外に客はおらず、込み入った話がしやすい状況ではあった。

「わたしが自分で見たわけじゃないから、正確なことは言えませんがね」

そう前置きをしてから、ラーメン屋の主は渋々といった感じで喋りだした。

「うちの女房がね、いい歳してるくせに若い恰好でウォーキングをやるわけですよ。なにが楽しくてそんなことをやり始めたんだか。それがねえ、なにをやっても三日坊主だったあれが、めずらしく続いてるじゃないですか。わたしに言わせれば──」

「お話の途中、すみません」

「はあ」

「その部分は結構なので、今朝の状況だけ聞かせてください」

北条が申し訳なさそうに口を挟むと、空気の読めない店主はきょとんとした。
そして中空を漂わせていた目を閃かせ、話のつづきをした。

「そうそう、そのウォーキングコースの途中に、ちょうどあの公園があるようなんです。んで、不法投棄っていうんですかね、壊れた電化製品に混じって大きなごみ袋が放ってあったとかで、その中身を確かめたわけですわな」

「そうしたら中から全裸の若い女性が出てきた、ということですね?」

「はあ。女房はそう言っておりました」

「それは何時くらいの出来事でしたか?」

「どうでしょうな。だいたい五時半から六時のあいだってところですかねえ。何せ女房のやつ、帰るなり床の間にこもってしまいまして、口を開いても曖昧なことしか言わねえんです」

「お察しします」

北条はゆっくりと瞬きした。

「ところで、被害者の女性の身元についてですけど。青峰由香里という名前に、心当たりはありませんか?」

若い刑事の問いに、店主は首を横に振った。

「それではあなたの奥さんは、被害者の女性以外に何かを見たり、聞いたりしたということは、おっしゃっていませんでしたか?」

この問いに対しても、店主の反応はおなじだった。

「わかりました。ありがとうございます」

北条はスマートに手帳を仕舞った。
そこでようやく重い荷が下りたというふうに、店主は大きな溜め息をついた。

「最後にもう一つだけ、お願いがあります」
と北条は右手の人差し指を立て、相手の返事を待たずにこう繋いだ。

「餃子も一人前、お願いします」

北条は店を出るとすぐに手帳を開いた。そしてそこに書かれた文字を事務的に目で追う。
被害者となった女性は、青峰由香里、二十五歳の専業主婦だ。
全裸の状態でごみ袋に入れられ、公園に放置されているところを近所の主婦が発見する。
命に別状はなく、目立った外傷も特になし。
陰部に乱暴された痕跡があり、膣内には複数の男性のものと思われる精液が残留していた。
ごみ袋の中身については、被害者自身のほかに、辱めに使われたであろう道具が多数見つかっている。
ごく一般的なバイブレーターやディルドのほか、小型ローター、シリンジ、首輪とリード、被害者の私物といった具合だ。
さらに被害者の手足には玩具の手錠がはめられており、口は猿轡(さるぐつわ)で塞がれていた。

警察側は強姦事件と断定し、犯人捜索に人間を充てるつもりでいたのだが、この件に関して事件性はまったくないと言った人物がいた。
外でもない、それは被害者である青峰由香里本人の口から出た言葉だった。
彼女はどうして嘘をついたのだろう──北条は目をしかめ、冷静に次の手を探っていた。

つづき「果葬(かそう)◇6」へ


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