ヴァギナビーンズ症候群「6」_ハッピーライフ-官能小説(happylives-novel)

牝獣(ひんじゅう)となりて女史哭(な)く牡丹の夜 ——日野草城

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ヴァギナビーンズ症候群「6」

15-06-14 10:32

この話はつづきです。はじめから読まれる方は「ヴァギナビーンズ症候群「1」」へ

少し喉が渇いたと言われ、三上明徳は橘千佳を連れてコーヒーショップに寄った。
二人は市内の総合結婚式場でチャペルとカクテルドレスなどを見学したあと、イベント会場に移動し、実際に披露宴で出されるフルコースを試食したのだった。
どれもこれも美味かったと明徳が言うと、当日は新郎新婦にはなかなか食べている時間がないんですよと、千佳が微笑む。

「独身なのによく知っているね」

「友達の結婚式に招待されたときにね、新婦がよく愚痴ってくるんです。どうせ食べられないのなら、食品サンプルにしておいて欲しいって」

そうしてまた笑顔を見せる。
千佳は今朝からよく笑っていた。そのたびに明徳は性的なインスピレーションに刺激され、彼女との距離を縮めるきっかけを探ろうとしている。
橘姉妹のアパートを出る前に千佳から問われたことに関しては、できるだけ意識しないように努力していたつもりだった。
酒に酔っていてあまり覚えていないと、言いたくない台詞をつい口にしてしまったのだ。
それに対して千佳のほうもおなじことを言ってきた。きっと真意は別のところにあるのだろうと見抜いていたが、お互いが気遣い合って、それ以上の追求は無意味だと思ったようだ。

「三上さんは何かサプライズとか用意してあるんですか?」

「それを言ってしまったらサプライズじゃなくなるだろう?」

「否定しないってことは、やっぱりあるんですね」

鎌を掛けられた男の顔が、やがて笑顔に変わる。

「千佳ちゃんに嘘は通用しないようだね」

濃いめのチークがさらに紅くなり、千佳は前歯をのぞかせてまた笑う。
もはや好きになってはいけないと言うほうが無理だ。こいつはかなりの強敵になりそうだと、明徳は千佳と出会ってしまったことをいまさら後悔した。

「まずいよなあ、やっぱり」

「ここのコーヒー、そんなに美味しくないんですか?」

「いや、なんでもない。こっちの話」

明徳としては、婚約者の妹を好きになっては「まずい」と言いたかったのだ。
姉の琴美はどちらかといえば美人に分類される顔立ちで、一本通ったぶれない意思の持ち主である。
妹の千佳はそれほど目立った美人ではないけれど、素朴な可愛らしさと愛嬌があり、何事にも一途なところが魅力でもある。
そんな二人姉妹のことを考えていると、ただただ溜め息が出てしまう。

「ごめんなさい。私といても退屈ですよね……」

「いや、そういう意味の溜め息じゃなくて。マリッジブルーかなにかだと思うよ。だから気にしないで」

「男の人のマリッジブルーなんて聞いたことないです。やっぱり来なきゃよかった……」

拗ねた顔がまた余計に女の子らしくて、明徳は千佳の唇にキスをしたくなった。彼女が飲んでいるカプチーノの白い泡が、ふくらんだその唇に付着している。

「出よう」

「え?」

明徳は突然立ち上がると千佳の腕をとり、少し紅い顔をしたまま店を出た。
そして車の運転席に乗り込むなり、こう言った。

「さっきはごめん、千佳ちゃんのまえで溜め息なんかついて。けどこれだけは言える。僕は今日きみと一緒に過ごせて、ほんとうに楽しかったんだ。だからもう機嫌をなおしてくれないか?」

「そんなこと言われても……」

「じゃあ、許してくれなくてもいいから、もう少しだけ僕に付き合ってくれ」

それはつまり、と一度言葉を切って、明徳は千佳の目を見つめながら、「あのキスの意味を教えてあげるよ」そう言った。
千佳の心臓は大きくなったり小さくなったりして、そのサイクルはしだいに速くなる。
車が走り出してからもそれはおさまらず、これから向かう場所に心当たりがあるだけに、こういう場合には女性としてどんな行動に出るのがベストなのか、それをずっと探っていた。
しかしそれもすぐに飽きてしまった。男と女の駆け引きを持ち出すには、千佳はまだ経験が浅すぎたのだ。

やがて車は『それらしい』建物の敷地内に進入し、駐車スペースでエンジンが切られ、ワイパーも止まった。

「私をこんな場所に連れてきて、どうするつもりなんですか?」

千佳は助手席に座ったまま顔も上げられずに、早口で尋ねる。

「どうするもなにも、ここに来れば僕の気持ちがわかってもらえると思って。だからつまり……」

「三上さんは、お姉ちゃんの婚約者じゃないんですか?私とラブホテルなんかにいていいんですか?良くないですよね?」

「それはわかっているつもりだ。わかっているけど、どうしようもない事だってあるんだ」

「どうしようもないから、私とセックスするんですか?」

ようやく顔を上げた千佳の眼は少し充血していた。正面から見る彼女の顔を、明徳はいちばん気に入っている。
一瞬にして迷いが消え、気持ちが溢れ出してきた。

「僕は……」

口の中が渇いて声が詰まる。唾を飲み込んだ。喉のつかえが取れて、今度はうまく言えそうな気がした。

「きみのことが好きになったのかもしれない……。迷惑なら謝るよ……。でもこれが、あのときのキスの意味なんだ」

明徳の誠意に満ちた眼差しは、千佳のことを恋愛対象としてしか見られなくなっていた。お互いの目が左右に泳いでいるのがよくわかる。
しばらくそうしていると千佳はバッグのほうに視線を逸らせ、中から手帳を取り出した。
女の子のバッグの中にはいったいどんなものが入っているのだろうと、明徳は千佳の行動よりもそちらを気にする。
そして千佳の瞳が手帳のとあるページで一時停止すると、彼女はそのまま考え込む素振りをした。

二人して一言も発しないまま、何秒もの貴重な時間が消滅した。

「やっぱり僕はつくづく恋愛には向かない体質なんだな。ごめん……、アパートまで送るよ」

言って明徳がふたたびエンジンをかけようとしたその時、なぜか千佳は自分でシートベルトをはずして車外に降りた。
それを追うようにして明徳もラブホテルのエントランスに向かう。

彼女はこんなにいい子なのに、僕はなんて最低なことをやろうとしていたのだろう。

千佳の背中に明徳は反省の念を送る。
千佳が立ち止まり、明徳も足を止める。

「この部屋がいいな……」

色とりどりのパネルのひとつを指差し、千佳は明徳の返事を待ちわびる。
女の子に恥をかかさないでください、そう言いたかった。
明徳はすべての感情をいちどリセットさせて、いちばん最初に湧き上がってきた気持ちに従うことにした。

「千佳ちゃん、きみをがっかりさせてしまうかもしれないけど」と前置きしておいて、「やっぱり行こう」と彼女の手を引き寄せ、明徳はきっぱりと意思表示をしてみせた。

つづき「ヴァギナビーンズ症候群「7」」へ


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