樹里の悲劇 2_ハッピーライフ-官能小説(happylives-novel)

牝獣(ひんじゅう)となりて女史哭(な)く牡丹の夜 ——日野草城

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樹里の悲劇 2

15-06-14 10:42

この話はつづきです。はじめから読まれる方は「樹里の悲劇」へ

チャンスは唐突にやってきた。

その日は朝から小雨が降っていて、空はどんよりと暗い。
いつものように朝通学して行った樹里が、昼間に突然大学から出てきた。
この日はまだ午後から2限、授業があるはずだった。
傘をさして歩く姿が、なんだかふらつているような感じもする。
しかし人目が多く樹里には近づけないまま、樹里は電車に乗り込んでしまった。
車を線路沿いに飛ばして、樹里の降りる駅に先回りした。
今日は構内のコンビニへ雑誌を立ち読みするフリをして樹里を待った。
案の定、あのセダンがロータリーの隅に待機している。ボディーガードだ。
雨で視界が悪いが、確かに車の中に人影が確認できた。
…あと8分か。
時計を見つめ、樹里の乗った電車の到着を待っていたときだった。
改札や窓口にいる駅員たちの普段より慌ただしい動きにオレは気がついた。
何事か?と思って構内へ出る。するとホームから上がってきた学生らしき女がケータイで何か話しているのがすれ違いざまに聞こえてきた。
「…だから人身だって。2コ前の駅で誰か落ちたらしいよ、電車じゃもう間に合わないかも」
…人身事故っ?!
駅の中ではまだ駅員たちがざわついているだけで、他の客たちは何も知らない様子で待ち時間を確認したりしている。
個人の情報伝達の早さに感心する。
とにかく急いで2つ手前の駅へ向かうことにした。
車に乗り込む際、ようやく異変に気づいたらしいボディーガードが駅へと駆け込んで行くのが目に入った。
雨が、突然激しくなる。
心臓が早鐘のように鳴り響いていた。

その駅前はざわついた人でごったがえしていた。
タイミングよく車をとめられるいいスペースを見つけ、そこへ停車する。
雨が激しく視界がかなり悪かったが、オレはさらに運良くすぐに樹里を見つけることができた。
自動販売機横の壁にもたれかかるように立ち、バッグから携帯を取り出したのが見えた。
ドアを押すようにあけて、雨の中に飛び出す。
一気に樹里のもとへ駆け寄った。
「中川樹里さんですかっ?!」
大雨の中、突然現れた男に樹里が驚いた。
「お迎えにきました!」
周りの雨音がすごく、樹里は一瞬けげんそうな顔をする。
「パパから連絡があった人?!」
樹里もやや大きな声で返してきた。
「そうです!早く車へっ!」
オレが指差した方の車を樹里がみる。その時、そこへ救急車がサイレンを響かせて近づいてきた。
周りはさらに騒然となった。
そこからの数分間は、いつ思い出してみてもまるでスローモーションのようにオレの記憶に焼きついている。
「早くっ!」
急かすように叫ぶ。
樹里は一瞬ためらった様子だったが、赤く点灯するサイレンを見て雨の中に飛び出した。
雨の音と、けたたましいサイレンの音で他にはなにも聞こえない。
後部座席のドアをあけてやると、樹里が身体をすべりこませる。
あらかじめ、中からは開かないようにロックしてあったドアがオレ自身の手で閉められた。
運転席へまわり、ハンドルを握る。
滝のように流れるフロントガラスの雨を、ワイパーで遮る。
アクセルを踏む。
救急車のサイレンの音だけが、ずっと響き渡っていた。

つづき「樹里の悲劇 3」へ


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