この話はつづきです。はじめから読まれる方は「タチとネコの関係」へ
「それじゃあ、お先」
部長の田所道代が終業時間と共に帰っていった。
それから10分後・・・
ガタッ
「えっ?うそ!えっと~、じゃあ、今から急いで帰るから」
水野主任が何やら携帯片手に、急に声を張り上げ立ち上がった。
そして申し訳なさそうな顔をしながら机の上を整理し始め、
「ゴメ~ン、みんな。急用が出来たから私もすぐ帰るわ。後はよろしくね」
そう言って、水野七海も慌てるように帰っていった。凛は以前にも何度か
同じようなことがあったのを記憶している。ひょっとすると、こんな些細な事、
憶えているのは凛一人かもしれない。だが、それは凛しか知らない事実があったから。
尊敬している先輩、七海がそのまま真っ直ぐ家に帰らないであろう事はわかっていた。
そしてその足が向かった先がどういう所で、何をしに行ったのか、容易に想像できた。
尾行したわけでも、証拠があるわけでもない。ただ女の勘でわかる。こういった
陳腐にも見える芝居の後、七海先輩は田所部長とホテルで会って愛し合うのだと。
主婦である七海が夫や周囲の目に怪しまれず、田所と愛し合うにはこういった小芝居も
交えながら強引にでも時間を作るしかないのだ。そういった七海の行動を凛は複雑な
気持ちで見ていた。田所とSEXをするという事が、女としてどういうことに
なるのか、自ら身に染みてわかっているだけに、それに溺れ夢中になって周りが
見えていない先輩を見ると、女という生き物が悲しくなってくる。しかし自分は
どうだろう。女の愚かさをどうのこうの言えるほど、聖者でもなければ
強い女でもない。愛する初音がいないことに浮き足立って不安定になり、安易に田所と
関係を持ってしまい、身も心も乱されてしまった。自分でも信じられないほどに。
その証拠に、今も田所の愛撫に悦んで悶え乱れる七海を想像すると何故だか、胸が
締め付けられるように苦しくなるのだ。
そんな複雑な気持ちを抱えたまま、凛はふと、パソコンに向かって難しそうな顔を
している初音を見つめた。何も知らず、何も疑うことなく自分を愛し、日々
仕事に恋愛に一生懸命生きている初音を想う。怖い位真剣な顔でキーボードを
叩く初音を見て、もう二度と過ちは犯さないと凛は心の中で詫びた。
次の日、水野七海が元気良く出社してきた。
「おはよう。今日もがんばっていきましょう」
凛の肩をポンと軽く叩き笑顔で席に着く。すこぶる機嫌が良さそうに見えた。
実はこれもお決まりのことで七海は田所に抱かれた次の日は常にニコニコ顔で
普段以上に明るかった。
「おはよう」
田所が出社してきた。
「おはようございます」
凛は七海の様子を窺った。少し俯き加減で田所と敢えて目を合わせないように
よそよそしい感じで机を整理している。
(七海先輩ってば、本当嘘が苦手なのね)
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