鬼獣(2)
いつものように静かで穏やかな朝がやって来た 「忠良さ~んっ!!、早くっ早くっ!!」 麻由美がリビングで急かした、デジタル時計がAM8時40分と表示していた、忠良は洗面所の鏡を見ながら麻由美が握って呉れた握り飯を頬張りながら寝癖の髪をヘアーブラシで整えていた 「早くっ!!早くっ!!、もう~バスが角を曲がって来るわよ~!!」 麻由美は8階の窓から外を見て忠良に叫んだ、忠良はその言葉に頷きながら黒革の鞄を抱えると靴を履き玄関のドアを威勢良く開き猛ダッシュで廊下で飛び出し階段を飛び降りながら2人が住む集合住宅の外に飛び出し猛スピードでバスの停留所まで突っ走って行った、忠良が停留所に着いたと同時にバスが入って来た、忠良は息を切りながらバスに乗り込むとバスの乗客達が笑いながら拍手していた 「新倉さん、あんた短距離ならオリンピックに出れるよ!」 1人の乗客が言うと周りが一斉に笑った、忠良は座席に倒れ込み折角整えた髪は寝癖よりも酷く成っていた 「おい、たまには余裕を持って乗って来れねぇ~もんかね~、こっちも時間が決まってるから、お前さんの都合に合わせるのも大変なんだぜ~」 白髪の運転手が無愛想に親しみを込めながら言うと忠良は頭を掻きながら笑っていた、そしてバスは各停留所で乗客を乗せながら街の中心部へと向かい、この街の役場前に着くとバスの乗客の大半が其処で降りた、その中に忠良もいた、忠良は公務員で担当部署は建築営繕部の平職員である、忠良の同僚の殆どが部長職で後輩達の殆どが忠良よりも出世していた 「新倉さん、ちょっと」 忠良が席に着くと後輩の志茂下が声を掛けて来た 「おはよー御座います!課長!」 忠良は志茂下の前に起ち挨拶をした 「はい、おはよう、でね新倉さん、これどう云う意味ですか?」 一枚の請求書を摘みながら言った 「ねぇ新倉さん、この請求書の意味はなに?」 「はいそれは、先日営繕しました請求書であります!何か問題でも有りましたか?」 「問題でも?、新倉さん僕は何度も言ったよね~、あの団地の営繕には関わるなと、彼処は独居老人しか居ない超低所得者の住かだから営繕工事は絶対するなと何度も言ったよね~、なんで言う事聞けないの君は!!」 志茂下の嫌味と皮肉の言葉が速射砲の様に忠良に発射され続けた、忠良はそれを頭を掻きながら苦笑いし、周りの同僚達は忠良に同情の眼差しを送っていた 「良いですか!!、今後一切どの様な理由が有ってもあの団地の営繕工事は許しません!、幾ら少額だからと言っても決済するのは私です!私が財務から恨まれるんですからね!、あなたの様にヒラならいいですが、私には死活問題なんです!判りましたね!」 志茂下の言葉に忠良は首を横に振った、そして志茂下を睨み付け言った 「たとえ超低所得者であっても、少ない年金の中から税金を奪われ、毎月キチンと家賃を収めている人達の住まいの苦情処理をするのが役所では有りませんか!!、課長っ、それをあなたは見殺しにしれというのですか!!、あなたの様に上に物も言えず顔色ばかり伺い、高所得者ばかりに優遇し業者から賄賂を貰うあなたに何の権利が有って言うんです!!」 忠良は背筋を伸ばし何ら微動だにしない態度で志茂下に言い切った、志茂下は忠良の言葉に顔色を変え周りの視線に目を泳がせていた 「新倉さん、あなた何を言って要るんですか?、逸わたしが業者から賄賂を貰ったと言うのですか?、人聞きの悪い事を言わないで下さいよ」 志茂下は牽き吊った笑顔で忠良に言うと忠良の横に起ち耳元で囁いた 「まあまあ、新倉さん、穏便にいきましょうよ、ねぇ、あなたにも少しは甘いものあげますから」 志茂下の言葉に忠良は軽く笑い 「てめえーみたいな、どぶ鼠と一緒にすんじゃねぇーよぉー!!」 そう言った途端、忠良は両腕で志茂下の胸倉を掴んだ 「待てっ!!」 背後から声が響いた、忠良が振り向くと1人の男が立っていた 「松木」 忠良は言った 「新倉、早くその手を放せ!」 松木の言葉に忠良は渋々志茂下の胸倉を放した、志茂下は床に尻餅を着き首を抑えた 「新倉、これ以上暴れるなよ」 松木は忠良を諭す様に言い、床でへたり込んだ志茂下に鋭い目線で言った 「志茂下課長、今すぐ人事課に来たまえ!!」 松木の言葉に志茂下は狼狽えていた、志茂下自身松木の言葉の意味を判っていたからであった、そして志茂下は松木に連行される様に連れて行かれ、その後、直ぐに懲戒解雇処分を受けた 志茂下渉(わたる)建築営繕部課長、多数の業者と癒着し賄賂を受け取り、その事が明るみに成り掛けると金に物を言わせ隠蔽して来たが、遂に役所を解雇された 松木義弘、人事課部長、新倉忠良とは同期では有るが忠良と違い出世コースに乗った男ではあるが忠良とは友好的な関係であり忠良の理解者でもある、志茂下の悪行に大鉈を振るい役所から悪を排除しようと動く熱血漢である。 |
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