教師と教え子〜教え子沙貴⑵〜_ハッピーライフ-官能小説(happylives-novel)

牝獣(ひんじゅう)となりて女史哭(な)く牡丹の夜 ——日野草城

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教師と教え子〜教え子沙貴⑵〜

15-06-14 11:49

それ以来、私と先生の関係は変わった。家のこと、体調のこと、勉強のこと、受験のこともよく話すようになった。私にしては珍しい進歩。進路の面談の時でさえ、ろくすっぽ話さなかったのに。
友達からもからかわれるようになった。
「最近のむと仲いいことない?」
「何かあった?」

別に、特別何もないと答えた。初めはそれで良かった。でも1ヶ月が経った頃には、それでは納得してもらえなくなっていた。おおよそ私がこんなに教師になつくことが珍しいからだ。確かにこの頃べたべたしすぎだと自分でも思っていた。でも、女子校では女の先生に抱きつく子は結構いるのだから、私だって腕にくっつくくらい許してくれたっていいじゃないの。

「ねぇ、さきち、本当に何もないの?」
さきち、というのは私のあだ名。沙貴ちゃん、だったのが、いつの間にか略されたのだろう。最近の子は、何でも略したがる。

進路の話とか、ちょっと聞いてもらってる。前よりは、話しやすい感じかも。
そう言えばそれ以上の言及はなかった。
そう、略したがることに加えて言うなら、最近の子は人のことをあれこれ詮索しない。他人に興味がないとまでは言わないが、人のプライバシーに踏み込まないことに、細心の注意を払っている。空気を読まなければ、自分のプライバシーも危険に晒されるから。
国語の模試で、それについての評論文を読んだばかりだ。『最近の若者は、広く希薄な人間関係の中で、昔よりずっと神経をすり減らしている……。』
その通りかもしれない。今の子は優しい。昭和の映画のような光景は、平成の学校にはない。盗んだバイクで走り出しはしないし、親に反抗さえしない子も多い。私だってそう。
その代わり、大切なことを打ち明けたり、大人を信頼したりも、めったにしない。もちろん私も。

もっとも、私は単純に、幼い頃から他人に興味などないのだけれど。
あの環境で育って、他人に興味津々!という方が不思議な話じゃないか。
大切なことが何なのかもわからない。打ち明けるということも、経験がない。
信頼という言葉の意味さえ、あやふや。
つまり、そんな感動的なお話には、縁のない女ということ。それを求めたこともない。もう、このままでいい。

このまま…
私は、どんな大人になるのだろう…。

家のことは大方先生に話し終えた。一言で言えば、不貞し放題の家なのだ。夫婦がそれぞれ勝手にやってる。で、鬱憤が溜まったら私が八つ当たりされる。そりゃ体調も崩すわ。
どれだけ酷い状況かは理解してもらえた気がする。引いてたかもしれないけど。のむにそんな顔してほしくないなぁって思うような顔だった。目を合わせようとしてこなくなったら、「何とか慰めたいけどかける言葉が見つからない」時。あの時もそうだった。ってこれじゃまるで恋人みたいか。

誤解をまねくといけないから言っておくけど、私は、決して悲劇のヒロインなどではない。私は唯一幸せだと思うことがいくつかあるのだ。
やはり一つは金銭的なこと。下品な言い方かもしれないが、お金だけはある家で良かった!私立に行かせてもらえるのも、一人暮らしなんてさせてもらえるのも、お金だけはあるから。
一人で暮らし始めてから、格段に家に帰る機会が減った。これが一番嬉しいこと。
そしてもう一つは、私は決して落ちこぼれではないということ。私は地頭が悪くないと思う。昔から賢い子供だった。

子供時代は滅茶苦茶だけど、お金はある。勉強もできる。夢もある。大学へも行かせてもらえる。それだけで良い。私は、金で子供時代を売り、「優しい家族」を売り、愛を売った。夢と将来への希望を買った…それでいいじゃないの。
何が悪い、何が悪いの!?

また独り言を言っている。何故泣いているんだろう。私は金で未来を買ったんだ!そう開き直れば開き直る程、何故か涙が止まらない。何故か、というけど、理由はわかりきっている。
好きで子供時代を捨てる人間がいるもんか。誰が好き好んでこんな人間になるんだろう。誰も好きで愛より金をとるんじゃない。周りがそうさせたんだ。
そう思えば思うほど泣けてくる。
私だって、私だって!家族の愛が欲しかった!私だって!!

気がつくと、教室からかなり離れていた。ここは、準備室…?

こういうことはめずらしくない。記憶が飛ぶのだ。気がつくと違うところにいたりする。解離性の精神障害だろう。わかってる。自分が追い込まれてること。言わなきゃ、誰もわかっちゃくれないことくらい。でも、どうしろと言うの?

…私って、本当に独りぼっち。

会議室にうずくまって泣いた。帰る時には誰にも会わないようにしなくてはいけない。明日は早起きして、目がびっこになったのを直さなければいけない。それも、覚悟で泣いてる。独りで。

そこに、誰かが歩いてくる足音がする。こんなみっともない所を見られるのは死んでもごめん。
だから、この場を立ち去る!と思ったけど、扉が一個しかないのにどうやって立ち去るんだろう?倒れたふりとかした方がいい?(笑)いやいや、笑ってる場合でもないんだけど。
(おい、入ってこないで…!!!!)

ガラ………

沈黙の中の扉の音は、思った以上に大きかった。


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