牝獣(ひんじゅう)となりて女史哭(な)く牡丹の夜 ——日野草城
アラフォーの平凡な主婦です。主人には絶対言えない秘密があります。といっても不倫や浮気じゃなくて、私の「初めて」の話。私は小さい頃からおとなしいというか、地味で暗い子でした。モテないくせに自意識過剰なのか、男の子に話しかけられると身構えるタイプ。 友達に彼氏ができたとか、初体験を済ませたとか聞くと、内心うらやましいな、と思いながら、私には縁のない世界と考えてました。高校2年の夏休みのことです。私は文化部所属で、休み中は基本的に暇。かといって、毎日遊び歩くほど交友関係が派手でもありません。そろそろ受験のことも考えなさいよ、と親はプレッシャーをかけてきます。そんなこんなあって、休みの日中は近所の図書館で過ごすようになりました。幸い本は好きでしたから、勉強道具を抱えて涼しい図書館の隅に陣取り、勉強に飽きたら本を読んで、また思い出したように参考書を開くことの繰り返し。うーん、確かに暗い子ですね。図書館に通い始めて3日目くらいでした。借りてた小説2~3冊をカウンターで返却してたら、隣にいた男の子が「あっ、その本、あなたが借りてたんですね」と話しかけてきました。初めて見る子です。たぶん私と同年代。その子、同じ本を読もうと思ったら貸し出し中で、カウンターで返却予定日を聞こうとしてたようです。「へえ、○○さんの本、お好きなんですか?」私は何の気なしに聞いてみました。その作家、父の趣味で私も読み始めたんですが、どっちかというと中高年に愛読者が多いイメージ。自分を棚に上げて何ですけど、高校生が読むなんて珍しいな、と思ったんです。「母が好きなんです。オバさん向けと思ってたけど、意外と面白いですよね」「あっ、やっぱりそう思います?」後から考えると、この時点でもう普通じゃなかったんですよね。いくら好きな作家が同じだからって、初対面の男の子と気安く話すなんて、人見知りするいつもの私じゃ考えられないことです。ところが、その日の私は違いました。自分でも驚くくらい自然な会話。彼の方も違和感を覚えなかったらしく、閲覧室わきの喫茶コーナーに移動して、ひとしきりその作家の話で盛り上がりました。男の子は「慎一郎」と名乗りました。私と同じ高校2年生。東京に住んでて、夏休みを利用して祖父母宅に遊びに来たそうです。「この図書館、よく来るの?」「あ、うん。だいたい毎日…」「じゃあ、また会えるかもね」慎一郎君の優しい笑顔に、私は思わず真っ赤になってしまいました。帰宅してからも、ずっと慎一郎君のことが頭から離れませんでした。食事中もボーッとして、母に「惚けるには早いわよ」と笑われたり。慎一郎君は、別に人目を引くようなハンサムじゃありません。むしろ見た目は地味で、今の感覚ならフツメンと分類されるんでしょう。好きだった俳優に似てるわけでもないんですが、何と言ったらいいのか、ずっと昔から知ってるような、不思議な親近感を覚えました。私が小さい頃に憧れた従兄のカズキさんに、少し似てたせいかもしれません。従兄は私より8歳上ですが、20代半ばで落ち着いてしまった当時の彼でなく、小学生だった私が思いを寄せた高校時代のカズキさん、という感じです。翌日、開館時刻を待ちかねるように、私は勉強道具を抱え図書館に行きました。当時の私は普段からノーメークでしたが、お気に入りのワンピースを着て、髪もいつもより念入りにセット。自分でおかしくなるほど気合いが入ってます。朝一番の図書館なんて、いるのはお年寄りと受験生ばかり。誰かが閲覧室に入ってくるたび、ハッとして入り口を見る自分が滑稽でした。「また会ったね」慎一郎君が来たのはお昼前。彼の顔を見た瞬間、心臓がドキドキして頬がカーッと熱くなるのが分かりました。前日と同様、閲覧室で並んで読書してから、喫茶コーナーで少しお喋り。「お腹すいたね」という彼の提案で、近くの喫茶店でランチを取りました。同年代の男性と2人で食事なんて初めて。舞い上がって味も覚えてません。食事後、慎一郎君が「街を見たいな」と言い出して、2人で市内を散策。地方の小都市で有名な観光地もありませんが、川沿いの遊歩道はきれいです。誰かの歌じゃありませんが「これはデートなの?」と自分に問いかけながら、まるで雲の上を歩くようなフワフワした気分でしたね。日が傾いた頃、自宅近くまで送ってもらい、近所の公園のベンチに並んで腰掛けて、いろんな話をしました。テンションが高かったせいでしょう。自分でも驚くほど饒舌でした。慎一郎君は穏やかな笑顔で、私の取りとめない話を聞いてくれます。今にして思うと、普段おとなしいんだから、もう少しおしとやかに振る舞えば、と恥ずかしくなりますが、彼ならどんな話も受け止めてくれそうに思えました。「じゃあ僕、そろそろ帰るよ」彼がこう言った時は、真剣に『もうちょっと一緒にいて!』と思いました。私の泣きそうな表情がおかしかったのか、慎一郎君はニコッと微笑むと、私の肩に手を置きます。笑顔が近づいてきました。えっ…?ちょっと遅めのファーストキスでした。心の準備が出来てなかったのもあって、頭の中はプチパニック。唇を重ねたのは10秒かそこらだと思いますが、私は完全に魂を抜かれたように、しばらく呆然とその場に立ち尽くしてました。慎一郎君の「じゃあ、また明日。図書館でね」という声が、いつまでもいつまでも耳の中に残ってました。出会ってたった2日で、私は完全に「恋の病」を患いました。それまでも気になる男の子はいましたが、今回はもう次元が違うって感じです。寝ても覚めても慎一郎君の笑顔を思い浮かべ、柔らかな唇の感触を思い出してはお風呂でも机の前でも独りニヤニヤ。完全に変な女だったと思います。そして翌日、やっぱり開館時刻から図書館で慎一郎君を待ちました。彼が来たのは前日と同様、お昼ごろです。近くのファストフードで昼食を取り、前の日とは違う方面を散策。2人並んで歩きながらずっと手をついでくれて、私はもう地上3センチくらいを漂ってる気分でした。この日、帰りに寄ったのはうちの近所にある小さな神社。もう随分前から神職は不在で、私が幼い頃から遊び場にしてた所です。無人の社務所には1カ所だけ鍵のかからない窓があって、奥は物置のような部屋。忍び込んだのは5年ぶりくらいでしたが、私にとっては「秘密の隠れ家」でした。畳敷きの小汚い部屋に、お祭りの時に使う神具の類が置いてあります。幼い頃は親に怒られると、ここに隠れてほとぼりが冷めるのを待ったものでした。もっとも、暗くなると気味悪くて、怒られるの覚悟で家に戻ってましたけど。「へえ、こんな場所があるんだ」慎一郎君は珍しそうに、神具や部屋の隅にある小さなお神輿を見て回ります。閉ざされた空間に彼と2人きり。その事実だけで私の胸は高鳴りました。緊張を見透かしたように、慎一郎君は私の隣に来ると、そっと肩を抱きました。前の日よりも熱いキス。口の中に舌が侵入してきます。慎一郎君は硬直する私の体を抱き、優しく畳の上に横たえました。あとはなすがまま。下着を脱がされ股間をまさぐられた時は、自分でもびっくりするくらい濡れてました。慎一郎君は、私の体を知り尽くしたかのような巧みな指使い。自分で慰めるのとは比べものにならない快感に、私は何度も絶頂に達しました。「大好き…だよ」囁くような声と同時に侵入してきた彼のモノは、熱くて硬くて大きかったです。初体験を済ませた友達から「鉄の棒か何か突っ込まれる感じ」と聞いてましたが、下半身全体が裂けるというか、壊れてしまうような錯覚を覚えました。もちろん痛かったし、少しですが出血もしました。でも、それ以上の幸福感に満たされてましたね。陳腐な表現ですが「愛する人と一つになれた悦び」というやつです。私が初めてと知って気を使ったのか、慎一郎君はそれほど動きません。強く抱き締め、耳元で「大丈夫だよ」と何度も囁いてくれて、最後の方になって慣らすようにゆっくり出し入れした感じでした。私の方は痛みと緊張と幸福で頭が一杯。いつ彼が終わったかも覚えてません。終わってから、彼が血の滲んだ私の股間をティッシュで優しく拭き、いつまでも強く強く抱き締めてくれたのは、強く記憶に残ってます。それからというもの、デートの帰りは毎回、神社に立ち寄るようになりました。もちろんセックスが目的。今も信じられませんが、いつも誘うのは私の方です。2回目の時はまだ鈍痛が残りましたが、それでも気持ち良さが勝りました。3回目になるともう完全に快楽の虜。初体験が遅かったせいか、それまでの鬱憤を晴らすかのように、ひたすらのめり込んだ感じです。初めてだし比較もできないんですが、慎一郎君は…凄かったです。まるでずっと前から私の体を熟知してるように、着実にポイントを刺激。毎回、指先と口で何度も何度も絶頂に導かれました。本当に上手でした。そして、子宮の奥深くまで貫くかれるような強烈な挿入。初めはゆっくり、やがて徐々に激しさを増して、途中でグラインドさせるように動かしたり。その間も両手と舌で乳房やら首筋やら、私の弱いポイントを攻めてきます。恥ずかしい話、毎回のように失神するまでイカされ続けました。大好きな人の前なのに、気付いたら失禁してたことすらあります。終わるたび、脳味噌がトロけそうな快感と疲労感でぐったりしたものです。近所の人がたまに参拝するだけの寂れた神社です。参拝者も奥の社務所までは立ち寄りませんから、見られる心配はありませんが、耳を澄ましたら私の喘ぎ声が外まで漏れてたかもしれません。慎一郎君との密会は2週間、毎日続きました。その間、座位、騎乗位、バックと体位もいろいろ試してみました。どれも死ぬほど気持ち良かったですが、私はやっぱり正常位がお気に入り。強く抱き締められたまま、耳元で「素敵だよ」「大好きだ」と囁かれると、このままどうなってもいい、と思えるほど幸せでした。8月の半ばです。1週間ほど九州にある本家に行くことになりました。私としては、家で留守番して慎一郎君との逢瀬を続けたかったんですが、うちの一族は毎年お盆に本家へ行くのがしきたり。私に決定権はありません。出発の前日、1週間ほど家を空けると伝えたら、慎一郎君は「そうか、しばらく会えないんだね」と少し寂しそうな表情。その日はいつにも増して、激しく私を求めてきました。2度、3度と気を失うまでイカされ、ぐったりした私の耳元で彼が囁きます。「ねえ、中に出していい?」当時の私は、もちろん基礎体温なんてつけてませんし、危険日も安全日も雑誌で読んだ程度のあやふやな知識。ところが私は、ほとんど無意識のうちに「出して」と懇願してました。なんであんなことを言ったのか、今でも理解できません。ですが私は、慎一郎君にしがみつきながら何度も「出して」と叫んでました。それまで経験したことないほどの激しいストロークに、快楽にまみれどこかへ落ちていくような感覚。薄れゆく意識の中で、体内で熱い液体が発射されたのをはっきりと感じました。終わってからも後悔はなかったですね。それどころか、愚かと言っていいのか「もし妊娠してたら、絶対に産むんだ!」と固く決心してました。別れ際、普段よりずっと熱いキスを交わしながら、このまま慎一郎君がどこかへ行ってしまうんじゃないか、という漠然とした不安に襲われました。泣きそうな表情を見て、彼は優しく微笑みます。「大丈夫。また会えるよ」結論から言うと、それが慎一郎君を見た最後でした。といっても死別したわけじゃなく、会う機会がなくなっただけですが。ちなみに本家に行ってる間に、幸いにも生理は来てくれました。自宅に戻った私は翌朝、開館を待ちかねたように図書館へ。しかし、いくら待っても、閉館時間になっても彼は姿を見せませんでした。次の日も、その次の日も同じ。夕方にはあの神社で彼を待ち続けました。携帯電話もメールもない時代です。教えてもらった電話番号は不通。彼からも電話が来ないとなると、高校生の私に連絡を取る手段はありません。夏休みが終わるまで、私は絶望的な思いで図書館へ通い続けました。しばらくは慎一郎君のことを思い出しては、毎晩のように泣き明かしました。あまりの落ち込みように、両親や友達はかなり心配したようです。一番の親友だった女子にだけは、慎一郎君のことを打ち明けましたが、彼女は「言いにくいけど、遊ばれたんじゃない?」と気の毒がるだけでした。2学期に入って、なぜか学校で男子2人に相次いで告白されました。それまでだとあり得ないことです。ほんの短期間ですが慎一郎君と交際して、男性に対して構えてた部分がなくなったからかな、という気もします。ですが、私はどっちの申し出も断りました。自分では絶対に納得できない形で慎一郎君と離れ、とても他の人とお付き合いする気になれなかったんです。結局、高校時代は独り身で過ごし、ちゃんとした彼氏ができたのは短大生の時。お相手は少し遊び人風の大学生で、なかなかのハンサムガイでしたが、言動が荒っぽくてあまりいい思い出はありません。セックスも乱暴で苦痛。結局、交際1年ほどで別れてしまいました。就職して2年目、友人の紹介で出会ったのが今の主人です。10歳上で、当時の私から見たらとてつもなく「大人」に感じましたが、包容力ある人柄に好感を抱き、2年の交際期間を経てゴールインしました。その頃には、さすがに高校時代の心の傷は癒えてました。だけど主人の笑顔って、どこか慎一郎君の面影があるんですよね。彼があのまま30代になったら、こんな大人になったのかな、という感じ。もちろん内緒ですが、無意識のうちに初恋の人の影を追ってたのかもしれません。「女の恋は上書き保存」というのがどこまで本当か知りませんが、主人と交際するようになって、慎一郎君のことを思い出すこともなくなりました。ほんの5年前というのは今の感覚で、若い頃の5年間て大きいんですよね。結婚2年目、25歳の時には長男にも恵まれ、今じゃ平凡なお母さんです。主人とのセックスは快楽というより、落ち着いて愛を確かめ合う感じですね。サイズの違いもあるけど、慎一郎君みたいに全身を揺さぶる激しさはありません。何度もイッて気が遠くなることはありませんが、精神的には満たされますよ。こういうのって、やっぱり比較の問題じゃないと思います。主人の年齢もあって最近はすっかりご無沙汰ですけど、別に不満じゃありません。性的に満たされない主婦が不倫に走るなんて話をよく聞きますが、私とは無縁の世界。もともとそっち方面は淡泊なのかもしれません。高2の夏休みの激しい2週間は、特殊というか異常な時期だったんでしょう。息子は高校1年生。どっちかと言えば、主人に似てるかもしれません。近眼まで主人に似て、小学生時代からメガネです。それでも優しい子に育って、反抗期らしい反抗期もありませんでした。親ばかですが、素直な良い子ですよ。それでも中学に入った頃から、色気づいたのか髪を長く伸ばすようになって。本人はアイドルタレントばりのロン毛を気取ってるようですけど、何だかヘルメットみたい。いい加減、切りなさいと言ってるんですけどね。この夏、3年ぶりに実家へ帰りました。主人の都合が付く期間と、息子の部活の合宿が1日だけ重なったんですが、主人が気を使ってくれて、私だけ先に里帰りさせてもらいました。両親は70代ですが健在。久しぶりに親子水入らずの楽しい時間を過ごしました。帰省2日目、生まれ育った近所を散策しました。新しいビルが建ったり街はそれなりに変わりましたが、川辺の遊歩道はそのまま。懐かしい気分に浸って家に戻る途中、ふと神社の鳥居が目に入りました。高2の時、あの激しい夏を過ごした思い出の神社です。導かれるように、という言い方も変ですが、深く考えず足を踏み入れました。境内は昔と同じ。社務所もかなりボロくなってましたが、そのままです。1カ所だけ鍵の掛からない窓もあの頃と一緒。思い切って忍び込んでみました。奥の部屋は、さすがに畳は交換したらしく少し新しくなってましたが、神具が雑に置いてあるかび臭い雰囲気は、二十数年前と全く変わりません。ここで処女を失い、性の悦びを知ったんだと思うと、少し恥ずかしい気持ち。とはいえ、落ち着いて思い出に浸れるのも、月日が経ったせいなんでしょう。懐かしくてボーッとしてると、いきなり携帯が鳴りました。息子からでした。『今、お爺ちゃん家に着いた。どこにいるの?』「近所の○○神社って所。お爺ちゃん家から歩いてすぐよ」『神社? 行っていい?』息子に神社の場所と、ついでに社務所の鍵の掛からない窓も伝えました。こんな汚い物置部屋、子供に見せても仕方ないんですけどね。それから5分後、窓がガタガタと開く音がして、息子が入ってきました。「うわっ、きったねえ部屋。母さん、こんな所で何してんの?」「うーん、ちょっと思い出にね…」振り向いて息子の姿を見たとき、私は言葉を失いました。「へへっ、驚いた? 髪切らないと合宿に参加させないって、先輩に言われてさ」「‥‥‥」「ここまで短くしたのって、小学校のとき以来だよね。なんか涼しくなった」「‥‥‥」「ついでにさ、メガネもコンタクトに変えたんだ。練習の邪魔だったし」「‥‥‥」「度が合わなくなったって言ったら、父さんが買ってくれたの。似合う?」「‥‥‥」「母さん、どしたの? 何か変だよ」畳の部屋に立っていたのは、二十数年前に見た慎一郎君そのものでした。息子…いえ慎一郎君は、あの日と同じ笑顔で、ゆっくり私に近づいてきました。 ←クリックでランダムの記事が示されます
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