牝獣(ひんじゅう)となりて女史哭(な)く牡丹の夜 ——日野草城
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15-06-14 10:09
俺は姉ちゃんの事が大好きだ。 そんな姉ちゃんとの話の一つ。
一つ年上の統子姉ちゃんは、昔から凄い人だった。 聡明で、運動神経抜群。弟の俺でもどきりとするほど整った綺麗な容姿をしていて、まさに死角無しという感じの人だった。 学校での成績は優秀、ピアノとか色々な習い事をこなしてもいた。
当然男に人気があり、俺の友人が家に来て一目惚れして、告白に走るくらいだった。 そんな統子姉ちゃんの口癖にこんなものがあった。
「あんたと私じゃ、命の格が違うから」
人前では決して言わない。俺と二人だけの時にだけ口にする言葉だった。 状況は様々だったが、テレビのチャンネル権、おやつの残りの取り合い、買い物の手伝いを俺がごねた時など、争いになった時は確実にこの言葉で心をえぐられた。
「どうせあんた大したことできないんだから、できる私の言うこと聞くぐらいはしなさいよ」 「何もできない人間は死んでもいいと思うけど。あんたは自分をどう思う?」 「悔しかったら、ちょっとはましなところ見せてみれば?」
普段は絶対見せることの無い人を見下した表情で、本当に冷たい声で、これらの言葉を言われたものだった。暴力などは決して振るわれなかったが、それでも中学に上がるころには、俺は統子姉ちゃんを「誰よりも怖い人」と認識していて、もはや頭が上がらなくなっていた。
俺が中三で、統子姉ちゃんが高一の時だった。 その頃俺は、学校帰りに毎日のようにゲーセンに寄って、当時出たばかりだったカードを使ってやるゲームに友人と共に精を出していた。のめり込むと結構お金がかかり、常時金欠になってしまった。
七月、期末テストが終わった頃、とうとう小遣いが完全に尽きて、どうしたものかという感じになってしまった。
当時俺は本当に馬鹿で、自分を抑えることができなかった。 どうしてもお金が欲しくて、親の財布から、気付かれないように千円ほど抜き取ってしまった。 ばれなかったのをいいことに、さらに同じことを二度、三度と繰り返した。
しかし、とうとう家族に見つかる時がきた。ある日俺が母の財布からまたお金を抜き取っていると、後ろから声がした。
「あんた、何してるの?」
統子姉ちゃんの声だった。振りかえると、厳しい目で俺を睨みつけている統子姉ちゃんの姿があった。
「え、の……」 「何してんのよ」
焦りと緊張で頭が真っ白になり、答えられずに居ると、統子姉ちゃんは俺の方に歩み寄り、手をがしりとつかんだ。
いつも怖いと思っていたけど、その時の統子姉ちゃんの顔は青白く、無表情で、でも目だけはじっと俺を見ていて、いつも以上に怖かった。 俺は何とか言い訳しなきゃ、本当にやばいと思った。
「いや、その……友達が何か急にお金が必要だから貸してくれって言ってきてさ」 「お母さんに言ってからの方がいいのはわかってたんだけど、そいつが早くしてくれって言うから……」
とにかく思いついた言い訳を必死にした。自分の遊びのためだと知られたらまず許してはもらえないのはわかっていたので、お金に困った友人のためということにした。
「ふーん……その友達ってどんな子なの? お金に困るような人?」 「いや、それは良くわからないけど、でも困ってたし」 「何で困ってるのか、言ってなかったの?」 「うん、まあ……」 「それで、何であんたが貸さなきゃならないのよ?」 「だって、友達だし……もしそいつが何か大変な目にあってたら、やばいだろ……」
統子姉ちゃんは俺をじっと見つめてきた。 さすがに無理かと思ったが、返ってきた返事は意外だった。
「……まあ、あんたがどんな人と付き合っていようが、私には関係無いからいいけどね」 「え?」 「ちゃんと後で母さんに返しなさいよ」
なるほど、統子姉ちゃんは考えてみると、例のごとく「命の格が違う」とまで言って人を切り捨てる人だった。俺や友人の都合がどうあれ、気にしないのも当然と思えた。
統子姉ちゃんには俺のことは、どうでもいいことの一つなんだと思うと、見逃してもらったのは良かったが、ちょっとむなしい気持ちになった。
次の日、結局俺はいつものように友人とゲーセンに向かった。 ゲーセンのあるアーケード街を、微妙な気分を引きずりつつ、友人たちと話しながら歩いていたら、突然手を引かれた。
「!?」
誰かと思って振りかえると、何と統子姉ちゃんだった。 統子姉ちゃんは俺の手を引っ張って後ろに退けると、 「健治(俺のことね)! 早く逃げなさい!」 と叫んだ。
俺がわけがわからず唖然としている前で、姉ちゃんは持っていた学生鞄を振りまわし、やっぱりわけがわからず驚いている友人二人に殴りかかっていった。
「ちょ、ちょっと、何を……」 「うるさい! 人の弟に手を出して! ふざけんじゃないわよ!」
それからは本当に大騒ぎだった。 友人たちは俺の姉ちゃんだと知っていたから手荒な真似はできなくて、統子姉ちゃんは学生鞄の角で友人たちを何度も殴り、二人が逃げ出しても追いかけてまた殴った。
結局アーケード街にいた野次馬たちが何人がかりかでようやく捕まえた。 警官はくるし、親や姉ちゃんの学校の先生も呼び出されるし、本当に大変だった。
「健治がいじめられていると思った」
統子姉ちゃんはそう言った。 何でも、俺がお金を脅し取られていると思い、俺の後をつけて今回の行動に及んだらしい。 前日の俺の怪しげな釈明を勘違いしたのだと、容易に推測できた。
当然俺の友人二人にはまったく覚えは無いわけで、俺は覚悟を決めて全部説明した。 親に殴られたのは言うまでも無い。 動機はどうあれ、一人は顔面を切って血を流す怪我をしてしまっていたので、厳しい高校に通っていた姉ちゃんは停学処分となることが決定してしまった。
統子姉ちゃんは何時間かぶりに解放されて家に戻ってきても、ソファーに座ってずっとうなだれたままだった。 母さんが話しかけても返事をせず、ただうつむいて、肩から流れる長い髪に隠れて表情も見えなかった。 俺は謝るために、ソファーの前に正座した。
「姉ちゃん、ごめん……」
謝ったけれど、反応は無かった。 そのままずっと姉ちゃんの前に座り、何度目か口を開こうとしたとき、いきなり姉ちゃんが俺に飛びついてきた。
最初は怒ってタックルをかましてきたのかと思ったが、違った。 統子姉ちゃんは俺に抱きついてきていた。
「よかった……何もなくて、よかった……」
震える声でそうつぶやき、肩を微かに震わせていた。 統子姉ちゃんはそのまましばらく泣いていた。 俺は本当に申し訳なく思い、ゲーセンなんかにはまっていた自分に後悔しまくりだった。
統子姉ちゃんは、いつもあんなきついことを言っていたけれど、本当は俺の事を気にしてくれていたんだなと、このときようやくわかった。 優しくするだけが愛情じゃないというけれど、姉ちゃんのはその超過激版といったところだろう。
この一件で統子姉ちゃんにますます頭が上がらなくなったことは言うまでもないが、それからの俺は姉ちゃんが怖いわけでなく、純粋に憧れるようになったのであまり問題はなかった。
ちなみに統子姉ちゃんは、あれからしばらくの間は変に優しかったが、すぐに元通り厳しい人となりました。
[体験告白][姉]
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