そんな梓を黙って見ていた良雄はそれ以上尋ねず、「まあいいや。これからいいだろ?」と言った。「うん」梓は良雄を見て笑顔で承知し、立ち上がって机の上を片付け始めた。その様子を文代は忌々しく見ていた。梓と川口の親しい関係がどうにも面白くなく、彼らに対して複雑な感情を抱いていた。今日の計画にとって邪魔な川口、その川口の心を捉えた末、自分に従おうとしない梓・・・・・。もはや彼女だけをアパートへ連れ去る事は難しく思われ、どうしたらいいかわからなくなってじっと椅子に掛けていた。そうしている間にも他の社員たちは、「お疲れさん」「さようなら」などと仲間同士挨拶して帰って行き、梓と川口もそれぞれ職場を後にしようとしていた。焦った文代は思わず川口の所まで足が向かってしまい!
「ねえ、これからどこかへ寄らない?」と誘った。川口はあっ気に取られて文代先輩を見たが、すぐに、「いや、今日はちょっと・・・」と苦笑して断った。「いいじゃない。鈴本さんも」梓の方を見たが、梓は射るような目で先輩を見据えている。文代はすぐに川口に視線を戻し、「ね?」と作り笑いを浮べて言ったものの、やはり川口は、「いや駄目です」と拒んだ。途端に文代はきつい表情になった。「すいません」川口は逃げるように言ってさっさとドアに向かった。梓も、文代と二人だけになるのを恐れ、急いで職場を後にした。文代は課長たちの視線を感じつつ自分の机に戻ったが、屈辱で気持ちの整理が付かない・・・・・。 こうなれば梓を無理矢理連れて帰ろうと更衣室へ急!
いだ。そして、自分のロッカーの前でスカー!
を履いている梓を目にするや、他の社員に聞こえないようにその耳元で、「逃げたら承知せんぞ!」と、凄みのある小声で脅した。梓は手を止め、顔を強張らせた。抑える力があったとして文代は自分のロッカーまで行き、こちらを見る梓に厳しい視線を浴びせた。彼女は顔を戻し、思い詰めた表情で唇を噛む。
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