それから2時間後、裏通りに面したとあるホテ
ルの一室では、壁際の小さな丸テーブルに二つ
のワイングラスが並んでいる。
一つは半分程まだ残ったワインが赤黒く色を染
め、もう片一方のグラスは既に空っぽであっ
た。
それはまるで二人の始まりの違いを表すかのよ
うに佇んでいた。
床には乱雑に脱ぎ捨てられた衣服が散らかって
いる。
薄暗く狭い部屋に異様な熱気が立ちこめてい
た。
「ゥあああ―――っ、イイイイ――!
もうダメええ~~、あ゛あ゛あ゛あ゛――っ、
イっイグううう~~、イっちゃうよ~、
ヒイイィ―――」
狂ったような激しい喘ぎ声が突如狭い空間を切
り裂く。
「あ゛あ゛~っ、ひゃっ!、うぎゃあああっ、
うあっ、うあっ、おあっ」
いつものパートナーは聴いたこともない、蛙を
押し潰したような低い奇声がなおも続く。
部屋の3分の1は占めるであろうキングサイズ
のベッドが軋む音に合わせて、蠢く影がそこに
あった。
女刑事菊原敦子が、情報提供者水野夏菜のレズ
テクニックに半狂乱になってのたうち回ってい
たのだ。
頭が切れ、男性にも負けない仕事っぷりで周囲
から憧れや期待を浴びる普段の姿はそこにはな
かった。
底無しの快楽に錯乱寸前の痴態を曝し、泣き喚
いている。
その表情には誰にも見せたことのない女の顔を
浮かべ、だがどこか悲哀を帯びた悲しき女の性
を覗かせていた。
フィアンセを救うためとはいえ、愛する彼を裏
切り、嘗てないほどの悦びを感じてしまうこの
身が恨めしいのか?
若さ以外何も持たぬ惚けた顔をしながら、その
実、研ぎ澄まされた凶器を隠し持っていた女が
憎らしいのか?
敦子をこんなにも狂わせるレズビアンの舌は平
然ともう1時間も器用に動き続け、粘着質なイ
ヤらしい音を立てていた。
ピチャ、ピチャ、ズリュウ、ピチャ・・・
「ああ、もう・・・」
どこで間違えたのだろうか?
ほんの数時間だけ自分が我慢すればいいと、持
ち前の度胸と勢いも手伝い、この部屋に入っ
た。
だが、自分よりも明らかに若い、しかし時折見
せる不思議な妖艶さを併せ持つこの女性に、甘
く蕩けるようなキスから開かれた扉は、敦子の
知らなかったモンスターがその奥に潜んでい
た。
大きなエクスタシーの波にあっという間に呑み
込まれたと思っても、更に見たこともないより
巨大な波が浮上する間もなく敦子を攫い、もっ
ともっと深い底に沈められた。
壊れそうで狂いそうになる中、何度懇願しよう
ともその長く変幻自在に動く舌が止むことはな
かった。
終わらない快楽地獄に体が悲鳴を上げる。
だがもう一人の自分がもっともっとと、貪欲に
彼女の愛撫を欲するのだ。
仰け反る顔に背徳の官能に身を落としていく諦
めにも似た表情が浮かぶ。
「もう・・・駄目・・・」
モンスターはちっぽけな敦子を一飲みで食らう
と、さらに強大になっていった。
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