牝獣(ひんじゅう)となりて女史哭(な)く牡丹の夜 ——日野草城
-
ホームページ
戻る
16-06-20 04:33
|
初めて告白します。
美沙子と言います、41歳の主婦です。 夫は47歳、商社に勤めていますが、一昨年の人事で単身赴任中です。 子供は一人息子の裕樹で17歳です。
私が夫の叔父に言い寄られる格好で関係したのは、6年前です。 その頃も、近県でしたが夫は単身赴任中でした。 叔父との関係は当初よりずっと頻度は少なくなりましたが、現在も続いています。
ただ、今回お話ししたいのは、叔父との関係の告白ではありません。 でもそれをお話しませんと、少し以前に起きた本題へ繋がらないのです。 本題の告白まで経緯が長くなるかもしれませんが、ご承知おき願います。
不動産事務所を経営している叔父には、今住んでいる家の紹介など色々お世話になっていたのですが、そうしたことから口上手に言い寄ってきたのです。 そうは言ても私に非がないわけではありません。 夫は仕事に多忙で、家庭を顧みる余裕もないようでした。 性生活なんて思いついた時に求めてくる程度で、それもおざなりでした。 だからと言って、叔父の口説きに応じた正当性にはなりませんが、熟年の叔父の技巧に抵抗できなかったのです。 私自身も性的不満から妄想ばかりが先立って、ネットで知り得た少し異常なセックスも夢見たりしていました。 そんな妄想を叔父は現実のものにしてくれました。
初めは待ち合わせて落ち合い、ラブホに行っていました。 1ヶ月くらいすると、叔父は息子が登校したのを見計らって家に来るようになりました。
「近所の人に見られたら・・・」
不安を口にしても叔父は意に介す様子もなく、「叔父のワシが来ても不思議はないだろう」と言いました。
家で叔父に抱かれるのは和室でした。 そこは客間で、普段は掃除するくらいしか使いません。 ただ、玄関を入ってすぐ左手で、窓から内庭やフェンス越しの通りが見えるんです。 抵抗できないまま叔父に抱かれ、やがてどうしても声が上がってしまうのですが、私は薄いカーテンを閉じただけの窓が気になって仕方ありませんでした。 そんな私の表情を見て叔父は、「不安そうな目が艶っぽいな」などと言ってニヤニヤ笑いました。
玄関で抱かれるようになったのは、そのすぐ後でした。 叔父はドアチェーンは下ろすのですが、ロックしないのです。 首を振って「困るわ」と哀願しても、叔父は「大丈夫さ」と言ってその場のセックスを強要しました。 壁に背中や胸を押しつけられ、片脚を抱えられて、前からも後ろからも立位でセックスしました。 もちろん玄関でセックスした経験などありません。 私にしてみれば異様な場所でした。 でも異様な場所でするセックスは私の妄想の一つで、憧れでもありました。
叔父のチンポは夫のよりも屈強でした。 その姿も、能力もです。 叔父に突き上げられる快感に上がる声を抑えられません。 私は口を手で押さえながら喘ぎます。 そんな私を見つめる叔父の目がすごくいやらしいと感じました。 でも本当にいやらしいのは私なのかもしれません。
その頃から叔父は私を『美沙』と呼び捨てるようになりました。 恥ずかしく悔しかったけれど、呼び捨ても含めて、叔父に支配されていく刺激を感じました。
息子が登校中、家でのセックスは日常的になりました。 そして、異常的な行為は徐々にエスカレートしました。 ドライブの途中、停めた車内でのセックスも私は初体験でした。 海沿いに点在する青空駐車場でした。 そうした場所ですから、当然他の車も数台停まっています。 叔父のセダンはフロントガラス以外濃茶のフィルムが貼ってあり、「まあ、中は見えないはずだが」と言うのですが、他の車からの目が気になって仕方ありません。 キスをされ、襟元に手を入れられておっぱいを揉まれるだけでも、恥ずかしくて息が上がりました。
「どうだ?覗かれるかもしれんぞ、どうする覗かれたら?」
私は助手席で首を振って背を丸めました。 でもシートに押しつけられブラウスの襟を広げられました。 カップが押し上げられて、おっぱいが露出した胸が晒されました。
「いやぁ・・・、だめぇ・・・」
露わな胸が叔父に揉まれました。 腕を押さえられているので隠せません。 他の車からの視線が気になり、恥ずかしくて仕方ありません。
「嫌がる割には乳首が尖ってるじゃないか、え、美沙」
「ちがいます・・・」
「違わんさ、それはな、美沙がマゾだからさ。お前はマゾなんだよ」
私がマゾのはずなどありません。 なのに、叔父の宣告するような言葉に心が揺れました。 背筋から腰まわり、下腹部までジンジンしました。 その日は車内の初エッチで、叔父の指であそこを掻き回されて何度もイカされ、そして叔父の性欲の処理に口を使わされました。
一度の体験は次へのエスカレートを意味していました。 玄関でのセックスも、外とはドア一枚でしか遮断されていません。 車も窓はフィルムで遮断されていますが、玄関以上の際どい空間です。 私の常識ではあり得ない行為でした。 それなのに、叔父に強要されて徐々に慣れている自覚がありました。 慣れるというより、心のどこかが求めているようでしたし、叔父の強要そのものに刺激的な興奮を感じていました。
小学校の夏休み、私の姉の子供たちが隣市に住む両親の家へ1週間泊まりに来た時でした。 姉から電話があり、「浩樹もこっちへ来たらいいのに」と言うので、私は息子を連れて行きました。 息子は従妹と久しぶりに会って喜んでいました。 その晩、私は一泊して帰りましたが、息子は姉の子たちが帰る日まで実家に残しました。
息子まで不在になったその日、叔父に求められて初めて夜に外出しました。 夜の外出は不貞と興奮に包まれましたが、叔父が家に迎えに来て指示した言葉はそれ以上の刺激をもたらしました。
叔父は、「下着を着けるな」と命令口調で言い、「前ボタンのワンピースはあるか?」と付け加えました。
春先に部屋着用にギャザーワンピを2着買っていました。 1枚は藍色、もう1枚はオレンジでした。 指示されてオレンジのワンピを着ました。 下着を着けずにワンピを着たのなんて初めてでした。 でも、叔父に強要される行為は想像できました・・・。
「ボタンを外したいだろ、美沙?」
叔父が言ったのは、車が大通りへ出てすぐでした。 時間はまだ8時前で走行する車は多く、流れはやや停滞気味で、しばらく止まってはゆっくり走り、そしてまた止まるの繰り返しでした。 二車線の道路で、叔父は右車線にいました。 私の側には左車線の車が繋がっていました。 乗用車もあれば背の高いワゴン車、トラックも見えます。
「お前のスケベな乳と尖った乳首、見せてやれよ」
心臓がすごい勢いで打っていました。 こんな場所でワンピのボタンを外せば間違いなく見られます。 救いは窓のフィルムの濃さでした。 私はワンピの前ボタンにそろそろと指を伸ばしました。 叔父の指示を拒んでも、結局は強制されるのはわかっていました。
(濃いフィルムだから見えないはず・・・)
祈りながらボタンを外したワンピを広げました。 胸の谷間にエアコンの涼風をひやりと感じました。 閉じた目をそっと開け窓の向こうを窺いました。 気づいている様子は感じられませんでした。 少しほっとして大きく息を吸った、その時でした。 先の車のドライバーが窓を開けて何かを投げ捨て、そして後ろを見ました。 フロントガラスは素通しです。 叔父の年代に近いドライバーのようでした。 その目線を感じて、私は襟を閉じようとしました。
「隠すなっ!」
低いけれど強い声でした。 フロントガラスの左先に見えるドライバーの表情がわかりました。 思わず横を向いて、それから俯き、固く目を閉じました。
「目を丸くして見てるぞ、美沙。お前、よく恥ずかしくないな、路上で乳を丸見せにして」
叔父が笑いを含んだ声で言いました。 車が動き始めたのがわかりました。 叔父は方向指示器を出して右折しました。 車の速度が上がっていきました。 そっと目を開けると、車は少なく、もう見られる不安はなさそうでした。 緊張が解けると改めて羞恥に襲われましたが、同時に悶々とした欲情が疼きました・・・。
その夜から三晩続けて露出ドライブに連れ出されました。 そして三日目の夜、海辺の砂浜前の堤防の脇に車を停め、叔父と二人で散歩をしました。 堤防下の道の横は防砂防風のための松林でした。 何メートルおきかに手作りのベンチが置かれてあったので人影は見えませんでしたが、無人だったとは言えません。 松林の中へ促されて入った時から私は覚悟していました。 その夜、家を出てすぐ叔父に言い含められていたからです。
「さ、決心できただろう」
ワンピースのボタンを外すと、叔父に毟るように脱がされました。 私が身に着けているのはミュールだけでした。 叔父は少し離れて私の野外全裸姿を眺め、「マゾ度が高くなったな、美沙」と言いました。 それから数メートル奥に入り、松の幹に両手をついてお尻を突き出す姿勢を命じられました。 野外露出だけでなく、青姦まで体験させられました・・・。
叔父との関係は次第に私の生活の一部になりました。 関係前にしていたオナニーの頻度は減ったのは、叔父のセックスで得られる快感が素敵だった証だと思います。 罪悪感がなくなった訳ではありませんが、叔父に仕掛けられて応じるセックスの快感の前に希薄になったのは否めません。 私は野外セックスを強いられた頃から、叔父へ服従している私自身を認めました。 実際それは事実でしたし、服従そのものが快感でした。 叔父とセックスは月日が経つにつれて間隔が空きましたが、月に1度は関係してきました。 日中のカーセックス、夜間の野外露出、青姦も自然な行為になりました。
夫が地元勤務に戻ったのは、叔父との関係が始まって2年が過ぎた年でした。 そして一昨年、再び単身赴任するまでの2年間、夜間外出はしませんでした。 月に1、2度、日中にホテルを利用するだけでした。 その2年間、夜間の野外露出、青姦行為が皆無だった分、夫の単身赴任後に叔父が求めた行為は激しさを増していました。 叔父は、叔父の友人を含めた男性との3Pを私に求めたのです・・・。
まとまりなく長くなりましたが、まだ本題の扉に辿り着きません。 あと少しなのですが、3Pも忘れられない体験でしたし、私がさらに淫らになった所以でもあり、本題の発端とも思います。 少し冷静になって、再び記したいと思います。
- 関連記事
-
|
Copyright © ハッピーライフ-官能小説(happylives-novel)All rights reserved.
コメント