四十二
佳子は、良明と別れて半年後、会社を退社して丹後の実家に戻り、地元の建設会社の後継者と見合いで結婚した。佳子は、専務夫人として、自由気ままな暮らしが続いたが、十年経っても子供が出来ず、田舎の退屈な暮らしに飽きて京都市内へ泊まりで遊びに行く事が頻繁になる。
鈴木良明は、すでに会社を辞め、由紀子と同居し一男二女を儲けて静かな日々を送っていた。
佳子は、三条河原町でかつての会社の同僚だった女性と偶然に出会い、懐かしさから食事を伴にした。その時、迂闊にも鈴木良明の家業について口を滑らせてしまった。その三日後には、その事が鈴木の耳に入った。
佳子が鈴木の事を口にして一週間後に鈴木の顧問弁護士から佳子に慰謝料の請求書が直接手渡された。その請求額は、二億円となっていた。
佳子は、請求額を見て驚き、当然拒否した。翌日には、良明の弁護士によって民事訴訟の手続きがとられた。しばらくして佳子に京都地裁から召喚状が届いた。
佳子は、夫に事の次第を自分の都合が良いように説明し、弁護士を立てて裁判に臨んだ。
第一回公判の終了後、佳子側が依頼した弁護士は、継続弁護を辞退した。夫からは離婚訴訟を起こされ、佳子は、十年連れ添った夫と離婚することとなった。
鈴木からの慰謝料請求訴訟は、調停不能で公判が継続し、被告である佳子に一億五千万円の慰謝料の支払いを命じる判決が出て結審した。
佳子の両親は、娘の過去の破廉恥な行状が暴露され丹後を離れ、田地田畑を安値で処分して京都市内に移り住む事になった。結局、両親は、佳子に代わって慰謝料の支払いを肩代わりする事をしなかった。
三十四歳で裸同然で放り出された佳子は、職を転々とし、行きつく所、良明の経営する清掃会社の派遣清掃員に収まり、慰謝料を一生支払っていく羽目になった。
良明は、佳子に対して、慰謝料を完済するまで『男爵の館』の一階にある宿直室に住む事と懲罰服一号のみを着用させて木屋町界隈の契約している歓楽ビルの派遣清掃作業を命じた。
懲罰服一号とは、鉄製の貞操帯であり、懲罰服二号より頑強に出来ている。直径四センチ長さ十三センチのエボナイト製の張型を女芯に埋め込み鍵を掛けて固定する物であった。また、それは、ステンレス製ではないので年月が経つと自然に錆びていく代物であった。排尿、排便は自由に行えたが、佳子にとっては、メンスの時が非常に辛く苦しかった。全裸に錆びた貞操帯のみを着けて清掃作業をしている佳子の姿は、端で見る人から痛々しく映った。それでも、佳子は、与えられた仕事をまっとうすることこそ、自ら犯した過ちに対する償いであると自覚していた。
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この物語は、これで終わりではない。
佳子が、三十九歳になった時、同じ清掃会社に七年間勤務していた三十七歳の男が、懲罰服一号のみを着けて一心に清掃作業している佳子の慎ましさを見るに見かねて、清掃会社の社長である良明に佳子の犯した罪を自分も一緒に背負っていくので、佳子の懲罰服一号着用を解いてほしいと嘆願した。良明は、佳子と一生添い遂げることを条件にこの申し出を受け入れ、佳子を束縛している全ての要件をこの男に委譲した。
その三年後、良明は、この男に清掃会社の労務管理業務を統括させた。
-完-
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