; 佳子の調教 第十三章 その後の佳子 39、40、41_ハッピーライフ-官能小説(happylives-novel)

牝獣(ひんじゅう)となりて女史哭(な)く牡丹の夜 ——日野草城

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; 佳子の調教 第十三章 その後の佳子 39、40、41

18-07-03 11:11

三十九

佳子は、この一ヶ月間に自分の身に起きた奇妙な展開に驚いていた。自分の心と身体が大きく変化していると思った。
晴れて良明の借金は棒引きになったものの『男爵の館』の『館主』とは、どういう人物なのだろうか。佳子の主人に当たる男は、良明と考えるべきなのか、『館主』と呼ばれる人物と考えるべきなのか。
この一ヶ月間に女としての喜びが理解できたように思えるのが不思議であった。佳子は、女としての喜びについて、自分の全てを男に委ねることによって得られる充足感が幸福感なのではないかと考えるようになった。『島原』で出会った葉山由紀子のあの落ち着いた表情と『仕事』とは言えあの献身的な言動がどこから沸き起こってくるのか。葉山由紀子の主人とは、いかなる人物なのであろうか。
約束した一ヶ月は経過して、今後の自分の身の置所をどのように考えればよいのであろうか。良明は、自分にとってどういう立場になるのであろうか。結論の出ないことばかりが頭の中を駆け巡った。佳子は、そのままベッドの上で眠っていた。
佳子は、午後二時に目が覚めた。それは目が覚めると言うより夢から醒める感覚であった。
彼女は、ベッドから起き上がると、着ている服を全て脱ぎ、洗面所に行って顔を洗った。タオルで顔を拭い鏡で化粧の落ちた自分の素顔を見て、穏やかな表情をしていると思った。以前よりも、自分の素顔が直視できるのに驚いた。
佳子は、部屋の戻ると、十二時を過ぎていることに気付き、昼食をとることにした。彼女は、冷蔵庫を開け、買い置きのクロワッサン二個を袋から出し、ラズベリーのジャム、牛乳、ハムとレタスを出した。
それらソーサーに乗せると一緒にメルヘンチックなグラスをとり、小さな食卓に置いた。
彼女は、席に着いて牛乳をグラスに注ぎ、一杯を一気に飲んだ。空っぽのエナジーが補給されるように感じた。もう一度、牛乳を注ぎ足した後、ブルーベリーのジャムをクロワッサンに塗って食べ始めた。いつものように一人だけの食事ではあったが、何処となく落ち着いた気分で食事を取ることができた。
佳子は、昼食を済ませると、ソファに座って今週火曜日に買った女性月刊誌をめくり始めた。化粧品メーカーの秋冬の広告を数ページ見ていて紙面の色使いに刺激の強さを感じた。今までこのように感じることは一度もなかった。
佳子は、何故か、全てが今までと違うように思えた。
東京から戻って二日間の休日を自宅で過ごした。良明からは、何の音沙汰も無かった。

四十

月曜日の朝、佳子が会社に出社すると、良明はすでに出社していて課長席に座り、パソコンのディスプレイに見入っていた。佳子は、出社の挨拶を済ませると、良明にメールを打った。
「[資料作成依頼の件]
to:営業第三課 鈴木良明
from:営業第三課 西川佳子
ご主人様
柴田さんから要求された仕事は、全て完了しました。晴れてご主人様の借金は帳消しになりました。
それと、この一ヶ月の仕事を通じて、私自身に大きな変化がありました。
今、私は、女としての喜びが分かりかけてきたように思えるのです。それは、自分の全てを男に委ねることによって同化することなのではないかと思います。この充足感が最高の幸福感なのではないかと思うのです。
しかし、あのような仕事は私には辛いことでした。
今後も、ご主人様の言いつけ通りに従いますので、私を繋ぎとめておいて頂きたいのです。
宜しくお願い致します。
ご主人様の奴隷 佳子」
佳子のE-メールを受け取った良明は、佳子の心身の変化に大いに満足した。しかし、あえて、佳子にメールを返信することをしなかった。
佳子は、良明からの返信をずっと待ち続けた。
一週間が過ぎ、二週間が過ぎようとしていた。
週末の金曜日の午後三時に良明は、佳子にE-メールを返信した。
「返信:[資料作成依頼の件]
from:営業第三課 鈴木良明
to:営業第三課 西川佳子
佳子へ
このところ、忙しくて返信できなくて申し訳なかった。
私の借金の後始末をして頂いてありがとう。本当に感謝している。
お礼と言っては、何だけれども、一緒に食事でもしよう。
今日、午後六時に四条木屋町の喫茶店「ミューズ」で会いたいのだが、都合はいいかい。
良明」
佳子は、待ちに待った良明からのメールにほっと胸を撫で下ろし、すぐに承知するメールを返信した。
その日佳子は、終業のベルと同時に会社を後にして高島屋へ向かった。
久しぶりに良明と二人だけになれると思うと、良明の好みそうな装いにしようと考えたからである。
佳子は、高島屋でセクシーなシースルーの白のブラウスと黒のデザインパンストを買いトイレで着替えた。また、着けてきたブラジャーを外した。
スーツの上着を着ると、高島屋のトイレを出て、「ミューズ」へ向かった。
佳子が「ミューズ」に着いた時にはまだ良明は着ていなかったので、佳子は、席に着く前に備え付けの女性月刊雑誌「JJ」を取った。
佳子は、席に着くと、ブレンドコーヒーを注文してから上着を脱いで良明を待つことにした。こうすることで良明に絶対服従の姿勢を示すことが出来ると信じた。待ち合わせの六時を三十分過ぎても、良明は来なかった。その間、シースルーのブラウスから透けて見える佳子の乳房に周囲の客の視線が集まっているのを佳子は、自覚せざるを得なかった。
佳子は、左腕に嵌めているオメガのレディース・シーマスターを何度も見直してやきもきしていた。
良明が現れたのは、六時四十五分過ぎであった。
「お待たせ。急に仕事が入って、すぐに出られなくなってしまった。待った。」
佳子は、
「いえ、いいんです。」
ウェイターが注文を聞きに来たので、良明は、
「ブレンドコーヒーをお願いします。」とウェイターに言った。
「怒ってない。」
「少し。」
良明は、佳子が、何処かで着替えたことが分かった。
「ごめん。ごめん。コーヒーを飲んだら、飯を食いに行こう。」
「メールがなかなか来なかったので、心配しました。」
「このところ仕事が立て込んでいたんだ。許しておくれ。」
佳子は、しばらく黙っていた。ウェイターが良明のコーヒーをもってきた。
良明は、コーヒーカップにフレッシュを入れ、スプーンでかき混ぜてから飲んだ。
「それにしても色っぽい格好だなあ。」
「ご主人さまに喜んで頂ければと思って。」
「満足しているよ。随分、気持ちに変化があったようだ。」
「何故こんな気持ちになったのか、不思議です。きっと、ご主人様のせいでしょう。」
「俺は、最近、お前の相手をしていないのになあ。」
「きっと、あの館に行ってからです。」
「佳子には、申し訳ないことをしたと思っているよ。金輪際借金はしないことを誓うよ。」
「いいえ、そのことはいいんです。」
「あそこで何があった。どんなことをしたんだ。」
「ここでは、言えません。」
良明が、核心に触れだしたので佳子は、口を噤むしかなかった。
良明は、飲み残したコーヒーを飲み干すと、
「それでは、そろそろ飯を食いに行こう。」と言って、良明は、伝票を持って立ち上がった。
佳子は、スーツの上着を着て、良明の後を追った。
周囲の客は、佳子の格好といい、話の内容から、二人に興味を抱いたようだ。
喫茶店を出た二人は、四条木屋町まで出て、タクシーに乗った。
良明は、タクシーの運転手に「円山の『幸楽』へお願いします。」と言った。
タクシーの中では、二人は終始無言であった。

四十一

佳子は、『幸楽』と言うところどんなところか想像がつかなかった。
タクシーは、四条を東に向かい、正面の八坂神社を見て右折し、次の角を左折し、八坂神社の壁沿いを東へ坂を登っていった。
タクシーは、長楽館がある円山公園の入り口を右折し、また左折して円山の奥へ進んだ。道が狭くなったところで右手に料亭の玄関が現れた。
車を降りた良明は、佳子を伴って、打ち水された玄関を入ると、
女将らしき女性が、
「おいでやす。お待ちしておりました。」と言って良明達を迎えた。
「鈴木です。」
「さあ、どうぞお上がりやす。」
「どうぞ、こちらへ。」
玄関で待っていた仲居が、迷路のように曲がりくねった長い廊下を先導して部屋へ案内した。
「どうぞ、こちらのお部屋どす。」
「ありがとう。」
良明達が案内された部屋は、こじんまりしていたが、内装に建材は北山杉の正目で床柱は絞りの上物が使われていてしっとりとした和室の佇まいを醸し出していた。坪庭には、水琴窟があり、涼しそうな音色を奏でていた。また、地面は綺麗に苔むしていた。
佳子は、華美ではないが、この部屋が相当良い部屋であることが分かった。
仲居は、
「ただいま、お薄をお持ちいたします。しばらくお待ち下さい。」と言って、下がった。
良明は、
「佳子には、随分嫌な思いをさせたから、罪滅ぼしのつもりだ。今日は、ここでゆっくりと食事をしよう。」
「罪滅ぼしだなんて、そんなことおっしゃらないでください。」
仲居が、
「失礼いたします。お薄でございます。」と言って、茶菓子とともに二人の前に置いた。
良明は、茶菓子を竹の楊枝で二つに切った片方を食べ始めた。
仲居が、
「お食事の時のお飲み物は、いかがなさいますか。」と良明に聞いてきたので、良明は、
「私は、この店の冷酒をいただくことにします。佳子はどうする。」と言った。
「私も同じ物で結構です。」
「承知いたしました。『幸楽』を御用意させていただきます。お薄が済まれましたら、お食事をお持ちします。」と言って、下がった。
良明は、
「上着を脱いで寛ごう。佳子も脱いで。」と言って、自ら上着を脱いだ。
そう言われて、佳子も躊躇することもなく上着を脱いだ。シースルーのブラウス一枚になると、佳子の綺麗なバストがくっきりと見えた。
「素敵なバストだ。いい眺めだ。」
「そんなに見ないで下さい。恥ずかしいから。」
「いい物にはつい目を奪われるのは男の本能だから、仕方がない。」
「もう、上着をきますよ。」と言って、佳子は、上着を着る振りをした。
「着ないでくれよ。」
そこへ、仲居が、
「失礼いたします。」と言って、部屋に入って来て、一瞬、佳子のエロチックな格好に気付いたが、取澄ました表情で、
「お薄は、お済ですか。」
良明が、
「はい。」と言うと、
「それでは、お食事の準備をさせていただきます。」と言って、薄茶の茶碗を引くと盆の上に食前酒の杏酒と付き出しを乗せてセットし、冷酒を二人に注いだ。
「それでは、食前酒からお召し上がり下さい。それではごゆっくり。」と言って下がった。
「佳子、『男爵の館』では、どういうことをさせられたのだ。ひどい仕打ちをされなかったか。」
「初日以外は、拷問まがいのことはされませんでしたが、男性を喜ばせる仕事をさせられました。」
「どんなことをさせられた。」
「最初の二週はキャバレーで働かされました。男性がどのようなことをされると喜びを感じるのかが少し分かったのです。」
良明は、佳子に冷酒を勧めながら、佳子の話しを聞いていた。佳子も食事をしながら、話を進めた。
「それじゃあ、辛い思いをしたんだねえ。」
「一週目と二周目は、こんなことをして生活している人がいるのがどうしても理解できませんでした。何とか、言われたことはこなさなければという一心でやりました。」
「俺のせいで嫌なことをさせられたんだねえ。本当に申し訳ないことをした。」
「いいえ、それはいいのです。ご主人様に頼まれたのですから。ただ、最後の週は、東京の『島原』と言うところへ行かされました。そこでは、『トルコ嬢』の仕事をさせられました。」
「トルコ嬢までさせられたのか。それは、すまなかった。」
「それはそうとして、そこでその仕事を指導してもらった女性が素晴らしい人だったのには驚かされました。その方を見ていると、『女』とはこうあるべきと言うことが分かったような気がします。」
頃合を見て、仲居が、入ってきて先付けを持ってきて、向付けの皿を引いて行った。
「佳子、その女性は、どんな女だった。」
「私には、このような場所で働くような女性ではないと思いました。何かの理由があってのことと思いました。その女性を見ていて女神のように見えましたし、このような女性に満足しない男性はいないだろうなと思いました。私は、あの女性と同じ男性を奪い合ったとしたら到底勝てそうもないと思いました。」
「そんな女がいるのか。俺も是非会ってみたくなった。」
「会いたいのでしたら、私と別れてからにしてください。」
「佳子、ごめん、ごめん。お前という女がいながら、申し訳ない。」
二人とも、冷酒の酔いが回り始めてきた。焼き物、吸い物、煮物と食事も順調に進んでいた。箸休めが出てきたところで、二人は、冷酒を三本空けていた。
良明が、
「佳子は、最近何か本を読んだか。」
「この間、『O嬢の物語』を読みました。」
「そうか。どうだった。」
「女が男に隷属するがごとく、物語は進みますが、読んでいて男に女の心身の全てを預ける事は、束縛されることが苦痛ではなく、逆に全てを開放することで深い安心感を持てるのだと思いました。通俗的には、マゾヒズムというような苦痛そのものが快楽と言うような解釈がなされていますが、それとは違うように思います。私が感じたことは、強い男に全てを与えることで女の本能が始めて開花するのだと言うことが読み取れました。」
「それで佳子は、O嬢のようになれるか。」
「私は、相手が強い男であればなれるかも知れませんが、私にはまだ自信がありません。ご主人様と仲を何とか成就させることしか頭にありませんわ。」
「『俺との仲を成就させること』とは、どういうことだね。」
「ご主人様と結婚したいと思っています。貴方しか私には結婚は考えられないのです。」
「そうか。」と良明は、一言言って、押し黙った。
「そうです。あのお勤めが終わって、ご主人様のことで頭が一杯になったのです。いろいろと考えました。やはり、ご主人様といっしょに暮らしたいという結論に達したのです。お願いです。」
佳子は、精一杯、良明との結婚を懇願した。
揚げ物が出され、食欲も七分目まで満たされた頃、良明は、
「結論として、君とは、結婚は、できない。」
「何方か、心に決めた方がいらっしゃるのですか。」
「結婚など考えたことが無いのだ。まだ遊びたいのだ。」
「喫茶店でも、『金輪際借金はしない。』とおっしゃったじゃないですか。」
「借金は、しないと言っただけで、女遊びを止めるとは言っていないよ。」
「それでは、あの借金の肩代わりのお勤めは何だったんですか。」
「それは、その通りだ。そのために君が替わりに清算してもらったのだよ。」
「それでは、私は、貴方の何ですか。」
「付き合っている一人の女だよ。」
「俺の性格は、結婚などと言う、型にはまる様なことには向いていない。」
「私は、貴方を愛しています。貴方とならどんなことにも耐えられると思っています。」
「俺は、最近の佳子が神々しく見える。嘘ではない。大人の女というか、男にとって自信がないと近寄りがたい存在になったように思う。」
「私は、そんな女ではありません。そんなことをおっしゃらないで下さい。」
「気楽にエッチのできる女には思えなくなった。君は、俺の手の届かない所へ行ってしまったように思う。」
仲居が、ご飯と味噌汁と漬物を運んできた。二人の雰囲気が怪しくなっていることを察知して、
「お食事が、お済になられましたらデザートとお濃茶をお持ちします。」と言って早々に引き下がった。
「私の何処がいけないのです。借金の肩代わりまでさせておいて。」
「それでは、その分の金を払おう。いくら欲しい。百万か、二百万か、三百万か。」
「借金は、いくらだったんですか。その額を払ってください。」
「大した額ではない。」
「それならば、私にあんな事をさせずに最初から、払えばよかったじゃないですか。」
「金はその時には無かった。」
「それでは、三百万円ください。」と佳子は言ってしまった。
良明は、佳子の本心ではないと思ったが、冷静さを保てない女であると認識した。背広のポケットから、三菱東京銀行のパーソナルチェックを取り出すと、漢数字で金参百万円也と金額を記入し、鈴木良明のサインをして佳子に差し出した。
「申し訳なかった。今までの俺のわがままを許してくれ。これで今までの一切を清算してくれるね。」
佳子は、小切手を受け取り、それを見つめながら言った。
「ほんとですか。小切手帳をいつも持ってらっしゃるのですか。」
「偽物ではない。明日でも換金できるよ。領収書を書いてくれ。」と言って、良明は領収書を朱肉とともに佳子に差し出した。
「書かなければ、上げない。宛名は私、三百万円の金額と今日の日付、但し書きに『但し、手切れ金として』と書いて、それに君の署名と拇印を押してくれ。」
「そんなあ。」
「言われた通りに私は三百万円の小切手を差し出し、君は、その手でそれを受け取ったではないか。書きなさい。」
佳子は、引くに引けなくなり、領収書に良明に指示された要件を記入して拇印をついた。
良明はそれを受け取ると、
「驚いているようですね。やはり、君とは、最後は金の話になりましたね。金の話を出さなければ、私の女にして上げても良いと思ったのですが、残念だ。佳子さん。貴方は、親の勧める男性とお見合いでもして結婚した方が良いと思います。」
仲居が、デザートと濃茶を持って入って来て、置いていった。
良明は、『男爵の館』の柴田に携帯電話を入れて、
「二十分後に『幸楽』へ車を回してくれ。」と言った。
「私を騙していたのですか。」
「騙していたなどと人聞きの悪いこと言うのは君には似合わないですよ。」
「こうやって小切手が切れる人が、借金をしたなどと言って、私の心を弄んだくせに何を言うの。」
「そろそろ幕を引いたらどうでしょうか。弄ぼうとしたのは私ではなくて君の方だったのではないか。胸に手を当ててよく考えて下さい。君は、僕と言う人間をほとんど理解せずに非常に危険なアプローチを僕に掛けてきた。最初に僕は君に一度だけだよと断ったはずだが、君は、一度肉体関係を結んだことでその関係を継続することを要求した。いつも早く分かってくれないかなあと思って君に分かるように話してきたつもりだ。僕もサラリーマンを辞めたくない。君自身が大人になってくれたら、事は簡単だった。」
「課長である貴方が会社を辞める必要はないわ。出来れば、私と結婚すればいいでしょう。私は、地主の一人娘ですし、結婚するとなったら、親が、新婚用のマンションぐらい買ってくれますわ。お盆に里帰りした時も、お父さんが、『いい人がいるんだったら、連れてきなさい。結婚したいのなら、市内にマンションでも買ってやろう。』と、言ってくれたんです。」
「それは凄いお父さんだ。ところで、親御さんは、資産は何億あるの。」
「郷里は、田舎だけど、一億以上は、あるでしょう。」
「それは、すごいね。しかし、私が会社を辞めて貴方と結婚して丹後に住んで私が働かなければ、その一億以上の資産も一年で無くなってしまうよ。」
「どうしてですか。そんなにお金を使うんですか。」
「そう。私は、一年でそれぐらいの金を経費として使ってしまう。だから、君と結婚しても一年ですっからかんだ。」
「信じられません。」
「佳子さん。男と女の『えにし』と言うものは、お金で計る事ではありません。君が辛いと言った仕事をしている女性達だって、苦楽を共にしている男がいるものが多いのです。それぞれの『分』の中で精一杯生活しているのです。あのような店に来る男達だって同じです。男も女も幸福と世の辛さの両方を味わいながら人生を送っているのです。君が『勝てそうも無いと言った葉山由紀子』は私の女です。彼女とは、今は一緒には暮らしていませんが、別居している『内縁の妻』です。いずれ彼女と一つ屋根の下で暮らすことになるでしょう。数ヵ月後にも私の『女』だった女性が別の男性と幸せな結婚をすることになりました。他にも私の女はいます。そして、貴方は、私と『えにし』のある女ではなかったということです。現!
も未来も貴方が、由紀子に勝てますか。」
「あの由紀子さんが貴方の女。とすると、貴方が、『男爵の館』の館主。」
「そうです。由紀子からの報告では、『佳子さんは、早く普通のOL戻して上げることを望みます。』との事でした。由紀子は、現在も大企業のOLをしていて、夜の仕事と『二束の草鞋』を履いています。年間収入は、貴方の十五倍弱と言ったところです。副業の方が八割を占めますが。私は、由紀子とはいずれ一緒には暮らしますが、入籍することはありません。これは由紀子も同意の上のことです。私達は、そういう暮らし方をしているのです。それは、貴方の考えている暮らしとは相容れないものなのです。私の暮らしのことについては、極秘ですが、会社のごく一部の上層部も容認していることです。貴方が、私の暮らしについて周囲に誤解を招くような言動をすることで、会社の社会性に傷が付くようなことになれば、!
は、退社せざるを得ません。つまり、私は私の家業に戻らざるをえなくなるのです。その場合の貴方に対する慰謝料の請求額は、会社と私個人から訴訟を起こしますが、貴方の御父上でも払いきれる額ではないと思われます。私が必要とする交際費を貴方が全て払い続けていただけるのなら、私は貴方に束縛されて貴方と結婚できるかもしれませんが、それは、あり得ない事はお分かりいただけるでしょう。貴方が先ほど受け取られた三百万円は、『手切れ金』であることをくれぐれもお忘れなく。軽率な行動は、貴方と貴方の家を滅ぼすことになります。」
佳子は、良明の話を聞いて恐怖に震えた。
「はっ、はい、承知しました。」
「承知しましたとは、どういうことですか。」
「他言は、しません。」
「そうですね。死ぬまで他言してはいけませんよ。裁判所に召喚されるようなことになれば、貴方がしたことが全て暴露されますから、経済的にも社会的にも今後の貴方の暮らしに支障が生じることになります。死ぬまで他言しないと約束できますか。」
「死ぬまで他言しない・・・とお約束します。」と唇を震わせながら答えた。
「分かりました。明日からは、今まで通り何も無かったような顔をして会社に出社してください。それから、業務上以外のE-メールを私に送信しないで下さい。一度でも禁を破れば、普通の花嫁として幸せな結婚が出来なくなると思っておいてください。また、『男爵の館』で会った人物のことは、一切忘れなさい。その方が貴方の身の為です。さあ、それでは、引き上げましょう。」と言って、良明は立ち上がって上着を着て部屋を後にした。
佳子は、良明の後に従った。
玄関で、女将が、
「毎度、おうきに。お父さんは、よくお見えになるんどすえ。」
「ありがとう。女将にはお世話さまでした。また、来ます。父には、元気で何よりですと伝えておいてください。」
良明と佳子が、玄関を出ると、メルセデス・ベンツのAMGリムジンの側に柴田が、立って待っており、ドアを開けて良明を迎え入れ、佳子を後から乗せると、リムジンを出発させた。それを女将と部屋付きの仲居が深々と頭を下げて見送った。
AMGリムジンは、八坂神社前を左折して四条通りを西へ向かい、四条木屋町を越えた所で左に寄って停まった。
良明が、
「佳子さん、ここで全てを忘れて車を降りてください。」と言って、佳子に降りるよう促した。
柴田は、左の後部ドアを開け、佳子をリムジンから降ろすと、ドアを閉めて運転席に戻り車を発信させた。
良明のリムジンは、四条通を直進して見えなくなった。
佳子は、しばらくの間、夢から醒めることなく、四条河原町の阪急百貨店前に佇んでいた。
-つづく-


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