友達のお母さんの奴隷になった少年時代
19-08-15 01:28
|
東北の田舎に住むおやじです。
小学校6年生の夏休みの告白をします。 私は小学校4年生からオナニーを覚え、週に3回程度行っていました。 その対象は、近所に住む憧れのお姉さんの裸を妄想して行うものでした。 その内、段々妄想もエスカレートし、そのお姉さんのパンティーに興味を持ち始めたのです。 しかし、そのお姉さんの下着は二階の物干し場に干されていたので、盗みとることは叶いませんでした。 そういう悶々としている6年生の夏休みのある日。 町内を自転車でブラブラしていると、カラフルな下着が干してある家が目に入りました。 その時は友達の家とは知らずに、塀越しに見るとピンク・パープル・イエロー・ブラック・ベージュのパンティーがあり、そのおそろいのブラジャーも干してありました。 私はそれを見た途端に勃起してしまい、下半身が痛くなった事を記憶しております。 その時間帯は怪しまれるので、夕暮れを待って再度訪問することにした。 早めの夕飯を済ませ、友達に用事があるので、ちょっと出てくると言って自転車で出掛けたのです。 目的地に到着すると、まだカラフルパンティー達は干されてありました。 家の電気は居間についているだけで、住人の声は聞こえませんでした。 私は家屋と塀の隙間から忍び込みました。 ベランダに侵入し、ピンクのパンティーに手を掛けた時に、 「〇〇ちゃんじゃない!どうしたの?●●はお父さんと実家に魚釣りに行っていないよ!」 との声。 驚きと恥ずかしさで身動きが出来なくなりました。 何とその家は幼稚園から一緒だった●●君の新しい家だったのです。 すると、●●君のお母さんは、「今、何してたの?」と聞いてきたのです。 私はパンティー泥棒に来たなんて言えないので、 「おばさんがきれいなので、おばさんの物が欲しくなり、つい手が出た。」 と答えたのです。 ここで、おばさんを紹介しよう。 おばさんは18歳で結婚したらしく、当時30歳位だったと思います。 もちろん、近所でも美人で評判のお母さんでしたから、色目を使うエロおやじ達はいっぱいいたと思う。 私が黙っていると、とにかく中へ入りなさいと言われ、居間に通されました。 当時では珍しいソファがある家で裕福な家だったのです。 おばさんが、冷たい麦茶を出してくれて「おばさんのどこが好いの?」聞くので、「きれいだし、若いし、いいにおいがします。」と答えたのです。 確かに、いつも香水をつけていたように記憶している。 すると「〇〇ちゃんも大きくなったね!」と言うのです。 確かに少年野球をやっていて、小学校6年生で身長160cmでがっちりしていて、友達の中でもひときわ体は大きかったのです。 おばさんは、今度は「何でパンティーが欲しかったの?」と聞くので、正直に誰にも言わないで欲しいと言って「オナニーに使うんだ!」と言ったのです。 すると、おばさんは「まあ~~」と言って驚いていたようです。 それはそうですよね、息子の友達がオナニーをしていて、その対象が自分に向けられていると告白された訳ですから・・・・・ おばさんが落ち着きを取り戻してからは展開が早かったです。 その夜は、おばさんが一人しかいなくて大きい家に一人なものだから、おばさんは私の自宅へ電話して 「■■ですが、実は主人と子ども達が釣り出掛けたのですが、遅くなったので泊まると連絡があって、どうしようかなと思った時に〇〇ちゃんが●●を尋ねて来てくれたの、無用心なので〇〇ちゃんをうちに泊まってもらおうと思うんですが・・・」 と聞くと、 母親は 「それは無用心ですね!うちの子で用が足りるならいいですよ」 と答えたというのだ。 まんまとおばさんの策略にはまった訳です。 私にはとっては、貴重な体験になるのですが・・・・・ 夜7時となり、田舎で無用心なので雨戸を閉めて玄関に鍵を掛け、私はおばさんとお風呂に一緒に入る事になりました。 すでに少し興奮状態にあるチンチンは半立ち状態でおばさんに背を向け掛け湯をして、チンチンを洗おうとしたら、おばさんに「こっち向いて」と言われふりかえると大きなオッパイが目に飛び込んできました。 石鹸をつけたおばさんの手がチンチンに伸びてきて触ると、その瞬間にフル勃起状態になり、ペニスはそりかえりおへそにつくほどでした。 おばさんはびっくりしたようで、想像以上の大きさに「大きい!大きい!」を連発していました。 まだ仮性包茎でしたので、亀頭を触られると敏感で「おばさん出ちゃうよ!」というと、ちょっと我慢してねと立たされて、石鹸を流され始めてのフェチオを体験したのです。 おばさんの舌にころがされると我慢が出来ずに出そうになりました。 その時におばさんは察知したのかフェラチオを止めて、「〇〇ちゃん、もう女性との経験あるの?」と聞くのです。 もちろん童貞でしたので「ありません」と答えると、「おばさんが最初でいい?」と聞いてきたので、私はふたつ返事で「ハイ」と答えたのでした。 しばらく、私はおばさんのおっぱいをちゃぶらされて、フェラチオで楽しんだおばさんは、「おばさんのベベコ舐めて」(東北地方の方言で女性器をいう)というので、剛毛で覆われたベベコの説明を聞きながら奉仕させられたのです。 お風呂ではそこまでで終了し、場所を寝室がある二階へ移したのです。 二階の寝室はツインのベッドでした。 我が家は貧乏のせんべい布団だったので、ベッドは夢心地でした。 裸になり半立ちチンチンを添い寝した全裸のおばさんが優しくキスをしながら握ってくれました。 すぐに勃起状態になると、おばさんは私の顔をまたぎベベコを舐めさせて、チンチンをちゃぶったのでした。 すぐに我慢が出来なくなり、「出るよ!おばさん」というと、おばさんのベベコに入れなさいと言われ、手で添えて挿入させてくれたのです。 ベベコの中の気持ち良さは今でも忘れません。最高の気持ちでした。 おばさんに言われる通りに腰を動かすと気持ち良さが倍増し、我慢が出来ず果てそうになるとおばさんは少し考えて「いいや!あなたのこども産んじゃう!」と言って腰を突き上げてきたのです。 私の子どもサイズじゃないペニスの大きさに「主人と同じくらいあるわ!」と言い、それ以上に「あなたのは硬いの!」といい、中に射精してもいいというので、訳も分からず気持ちが良いので思いっきり白濁液をおばさんの膣内にぶちまけたのです。 おばさんは「逝く!逝く!」と連呼してグッタリしていて、私は射精したも関わらず、すぐに膣内で勃起したのです。 セックスはエロ本でしか知識がなかった私ですが、再度おばさんの膣の中で暴れるとおばさんは「また逝く!逝く!」と言って少しの間、気を失ったようです。 「おばさんは気を失ったのじめてよ!」と私にキスの嵐です。 キスも初めてだった私はおばさんに合わせて、ただ唇を重ねるだけでした。 その夜は当時では珍しいエアコンの効いた部屋で深夜までまで5回も射精させられ、私はおばさんのベベコを舐めさせられて奉仕させられたのでした。 流石に眠くなり、おばさんのオッパイに顔をうずめて朝まで寝たことを記憶しています。 翌日の朝は、勃起していたので、おばさんが優しくフェラチオしてくれて、発射しそうになると、おばさんはピンクのパンティーを脱いで私に跨り腰を下ろして、おそらくクリトリスを擦りつけてきたのです。 おばさんは意味不明な言葉を連発して「〇〇ちゃん、来て!来て!」というので、思いっきり腰を突き上げて、おばさんのベベコの中に大量の精液を吐き出しました。 チンチンを抜くと、ベベコから大量の白濁液が流れ出た映像が思い出されます。 その後は一緒にシャワーを浴びて、おばさんが作ってくれた朝食を食べて自宅に帰りました。 帰る際に、おばさんに昨夜の事は一生内緒にする事、〇〇ちゃんがパンティー泥棒に来た事は言わない事を約束してくれて、キスをして別れましたが、この関係は本当に内緒で今でも続いています。 もちろん、私にも家庭があります。 それからカラフルな下着ですがご主人の趣味のようでした。 何せ当時で10歳位年上だったと記憶しています。 そのご主人もそれから8年後に急性心筋梗塞で亡くなり、おばさんが会社経営を引き継いで、私の友人の●●が現在は社長となり、おばさんは会長で独身生活を楽しんでいます。 子どもの頃は私が奴隷だった私ですが、今では立場が逆転しおばさんが奴隷状態になっています。 当然私も成長とともにペニスが立派になりましたから、おばさんはその虜になってしまい、大学の頃は息子に会いに来るといっては、●●宅には1泊で友達のところに行くといって、私のところで3泊位して行く時もありました。 私の童貞を捧げたのは真実ですし、おばさんにお世話になった事も真実です。 おばさんこれからも大事にするよ!●●に代わってね! 長文になりましたが、お読みいただきありがとうございました。 初めて投稿なので不手際や、誤字脱字がありましたら、ごめんなさいです。
【オリジナル体験談更新案内】
|








コメント